アルミンの誕生日プレゼント
※お人形の小芝居画像あり
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森の中の小さなおうちに、アルミンという、ひとりの少年が暮らしていました。おうちには、大きなソファとふかふかのベッドがあり、棚には、たくさんの本や、アルミンにぴったりのお洋服が収められています。お気に入りの服を着て、温かいお茶を飲みながら、大好きな本を読んで過ごすのが、アルミンのいつもの午後です。
そんなアルミンの手元を覗き込んだり、足に乗ったりしているのは、可愛いワンダミンたちです。アルミンは、彼ら三人のお世話をしながら、一緒に暮らしています。小さいワンダミンたちは、組み体操をしたり、追いかけっこをしたりと、やんちゃで、毎日がにぎやかです。
しかし、そんな日々の中で、アルミンはどこか、もの寂しさを感じていました。このおうちには、何かが足りないのです。
ここには、食べるものも、着るものも、眠る場所もあって、なにひとつ不自由はありません。甘いお菓子は、ひとりでは食べきれないほどですし、ティーカップは2つもあるので、うっかり割ってしまっても安心です。十分に恵まれた暮らしをしているというのに、何かが足りないと思うなんて、わがままなことだと、アルミンも分かっています。それなのに、広いベッドでひとり眠るときや、大きなソファにからだを預けるとき、その空白はいっそうに、アルミンの胸に迫るのでした。
いったい、何が足りないのか、アルミンには分かりません。ただ、一度気になりだしてしまうと、何をしていても、心から楽しむことができないのです。それが、このところのアルミンの悩み事でした。
足元では、ワンダミンたちが三人仲良く遊んでいます。僕にも、こんな友達がいれば、悩みを相談することもできただろうにな、とアルミンは少し羨ましく思いました。
確かに、ワンダミンたちは、アルミンと一緒に暮らす、大切な家族です。しかし、彼らとアルミンはからだの大きさがだいぶ違いますし、使う言葉も別のもので、お喋りをすることはできません。アルミンはワンダミンを抱き上げますが、ワンダミンはアルミンを抱き締めてはくれません。アルミンはワンダミンに話し掛けますが、ワンダミンは首を傾げるばかりで、何も応えてはくれません。仲間と過ごすほうが楽しいのでしょう、そのうち、ワンダエレンたちのほうへと、戻っていってしまいます。
そんなことを考えつつ、お茶を注ごうと、立ち上がって一歩踏み出したところで、アルミンは、足元にいるワンダミンに気づかずに、蹴躓いてしまいました。
咄嗟のことに、受身も取れませんでした。すねを思い切りぶつけて、アルミンは声もなくうずくまります。必死に痛みを堪えていると、ワンダエレンが、心配そうに寄って来ました。
涙目になりながら、大丈夫だよ、とアルミンは笑ってみせました。それから、ごめんね、とワンダミンを撫でました。少し蹴とばしてしまったのに、ワンダミンは泣くでもなく、平気そうな顔をしています。彼らは、よく背中に乗り合って、ピラミッドを作って遊んでいるくらいですから、からだは頑丈なのです。ぶつかって痛い思いをするのは、たいてい、アルミンのほうです。
小さな三人に寄り添われ、しくしくと痛むすねをさすりながら、アルミンは、僕と同じ人はどこかにいるのだろうか、と思いました。
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そうしているうちに、ワンダミンたちは、連れ立って、どこかへ出かけていきました。
今日は、アルミンのお誕生日です。カゴを持ったワンダミンたちが、森でこっそり、お花や木の実を集めようとしてくれていることを、アルミンは知っています。そんな彼らに、アルミンは、ケーキを焼いてあげようと考えています。そうして、皆でささやかなパーティーをする予定でした。
訪れてくるお客もいないので、それは、普段より少し豪華な食事になるというだけのことでしょう。たくさんの人たちにお祝いされる自分を、アルミンは思い描いてみようとしましたが、そもそもアルミンは、他の人というものを知らないので、うまくいきませんでした。自分には、ワンダミンたちがいてくれれば、それで十分だと思いました。
けれど、アルミンには、一つだけ、憧れがあります。それは、誕生日に誰かから、プレゼントを貰うということです。
アルミンには、プレゼントをくれるような人は、誰もいませんから、それは本の中のお話で知った習慣です。お祝いの言葉と一緒に、何かを贈られるのは、なんてわくわくとして、すてきなことだろうと思いました。
食べるものにも着るものにも、不自由していないアルミンですから、具体的に何かを欲しいという気持ちになったことはありません。中身は、何でもいいのです。ただ、それがアルミンのためのプレゼントであるという、それだけで、贈り物はかけがえのない宝物になるでしょう。
お誕生日は、特別な日ですから、何か特別なことが起こっても不思議ではありません。それならばと、アルミンはひとつのお願い事を、胸の中で唱えました。アルミンの、初めてのお願い事でした。けれど、それは叶わないことだと、アルミンは知っていました。お願い事といっても、アルミンには、それを誰に言えばいいのかも分からないのです。
だから、悲しくなる前に、そっと封じ込めました。気持ちを切り替えるように、ベッドの上で、お気に入りの本を捲り始めました。
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何かの音がして、アルミンは目を覚ましました。枕元に、読みかけの本が放り出されています。どうやら、本を読みながら、眠り込んでしまったようです。んん、と寝返りをうっていると、また、音がしました。こん、こん、と、それは、窓に何かが当たるような音でした。
嵐かな、と思いましたが、雨音も、逆巻く風の音も、聞こえてはきません。ただ、こん、こん、と音は繰り返します。窓は高い位置にありますから、ワンダミンたちではありません。きっと、鳥が、いたずらでもしているのでしょう。アルミンは、引き続き、温かいベッドの中でからだを丸めました。
しかし、音は鳴り止みません。どころか、次第に大きくなって、もう、ばん、ばんと窓が軋むほど、強く打ち付けてきます。いよいよ、アルミンは、これは普通ではないと思い至りました。眠い目をこすって、もぞもぞと起き上がります。カーディガンを羽織りなおして、靴を履き、アルミンは窓辺を向きました。そして、大きな青灰色の目を丸くしました。
そこには、一人の少年が立って、窓に拳をぶつけているのでした。年頃は、アルミンと同じくらいでしょうか。ワンダミンたち以外の人と会うのは初めてで、アルミンはびっくりしてしまいました。なにより、少年の背丈は、アルミンと同じか、少し大きいくらいだったのです。
少年は、何かを訴えるように、何度も窓を叩きます。アルミンは、おそるおそる、窓辺に寄りました。見知らぬ相手に、どうしてそんな風に近づいていったのか、アルミン自身にも分かりませんでした。ただ、こちらをまっすぐに見つめる少年の瞳は、アルミンを害そうとしているようには見えませんでしたし、その真摯な面立ちに、アルミンはなぜだか、懐かしいような心地を覚えたのでした。
窓の鍵を外すと、待ちかねたとばかりに、少年は窓枠を押し開いて、室内へと身を乗り出しました。
「今日からよろしくな」
少年は、気持ちの良い笑顔でそう言うと、そのまま窓枠に足を引っ掛けて身体を引き上げ、家の中に軽やかに着地しました。その動きのひとつひとつに、アルミンは目を奪われ、ほとんど立ち尽くしていました。勝手に家の中に、それも窓から這入るなんてと、相手を咎めることも思いつきませんでした。
引き寄せられるように、アルミンは一歩を踏み出していました。とくとくと鳴る胸を押さえて、躊躇いがちに声を紡ぎます。
「君は、誰? どこから来たの?」
「ここに来ればいいって、お前が教えてくれたから、来たんだ。これからは、一緒に暮らすことにする」
オレはエレンだ、と少年は言いました。アルミンは、その名前を、小さく繰り返して呼びました。それは、ずっと前から知っていて、何度も音に紡いできたかのように、しっくりと胸に落ち着く響きでした。
初めて会ったばかりの相手に、一緒に暮らすと言われて、普通であれば、突拍子もないことだと、びっくりしてしまうでしょう。しかし、アルミンは、エレンがここで暮らすのは、当たり前であるような気がしました。だから、よろしく、と言って握手をしました。エレンの手は、少し硬い手触りで、温かくアルミンを包み込みました。
気づけば、アルミンは、ほろほろと涙をこぼしていました。悲しいことや、痛いことなんて、何もない筈なのに、どうしたことか、アルミン自身にも、わけが分かりませんでした。
こんなことでは、目の前の少年に、おかしな奴だと思われてしまうのではないかと、アルミンは心配になりました。やっぱりやめた、といって、エレンは出て行ってしまうかも知れません。想像して、アルミンは、ぎゅ、と胸が苦しくなりました。折角、やって来てくれた彼を、うまくもてなすことも出来ない自分は、まるで役立たずだと思いました。こんな自分には、エレンと一緒に暮らす資格なんて、ないのだと思いました。
そんなアルミンを、エレンはばかにしたり、あきれたりすることは、ありませんでした。アルミンの頬を伝う滴を、エレンは指先で拭ってくれました。そうされると、アルミンは、ますます溢れ出すものを堪えることができませんでした。
触れられて、いやだったからでは、ありません。その反対です。優しい指先を感じた瞬間、もっと、触れて欲しいような、しかし一方で、そうされるのがこわいような気持ちで、アルミンは一杯になりました。
何も言えないアルミンを、エレンは無造作に抱き寄せました。引き締まった少年の胸に、アルミンは躊躇いがちに、からだをもたれました。自分のものではない、熱と匂いに包まれます。
かちりと、何かが噛み合ったようでした。アルミンは、おそるおそる腕を回して、エレンがしてくれたのと同じように、彼を抱き締めてみました。お互いが、お互いの腕の中に、ぴたりと収まりました。
途端に、アルミンは理解しました。このおうちに欠けていたのは、エレンだったのです。一人には広いベッドも、大きなソファも、ペアのティーカップも、二人で使うならば、これほどぴったりのものはありません。このおうちの、何もかもが、アルミンとエレンのためにこそ、用意されたものでした。
「ここは、君の家だよ」
アルミンは、か細く紡ぎました。エレンは力強く頷きます。
「ああ。オレたちの家だ」
エレンの言葉を聞いて、鼓動を感じていると、アルミンは、温かいベッドの中よりも、落ち着くような心地がしました。からだが素直になり、どこかこころもとなく、ふっと手足の力が抜けてしまいそうになります。アルミンは、少し高い位置にある肩に、そっと頬を擦り寄せました。エレンの骨ばった手が、包み込むように頭の後ろにあてがわれるのが分かりました。軽く髪を梳かれて、アルミンは微かに背筋を震わせました。
エレンに、もっと、何かを上げたいと思いました。このおうちの、何もかも、エレンのものです。アルミンの中にあった、もの寂しい気持ちも、エレンのために、用意されていたのだと、今ならば分かります。そう思うと、かつて感じた小さな胸の痛みも、かけがえのない愛しいものに感じられるのでした。
もう、ひとりではありません。僕は、エレンのものだ、とアルミンは思いました。初めてのよろこびが、アルミンを満たしました。どこからか、甘い花の香りが過ぎります。ワンダミンたちが、集めてきてくれたのでしょう。窓を通して、穏やかな木漏れ日が、皆を包み込みました。
誕生日、おめでとう、と、エレンが耳元で囁きました。それは、アルミンが欲しかった、一番のプレゼントでした。
[ end. ]
アルミンお誕生日おめでとう! 我が家のお人形遊びにエレンさんを投入しました、という話。
2014.11.3