The aim I decided / Sugito Tatsuki
時刻はまだ昼過ぎで、晴れやかな青空に輝く太陽は高く地上を照らしていたが、巨大トレーラーの窓にはシャッターが下ろされ、陽の差し込まない部屋で乗員は人工灯の下に集まり、行くあてのない不安を抱え無口に床を見詰めていた。枯渇しかけたエネルギー補充のための停車中にも彼らは、思い思いに過ごすこともなく一所にとどまった。
「これからどうなるのか?」答えのない問いが彼らの心中を支配していた。
重苦しい空気の中、しかしその場に乗員の1名の姿はなかった。
「皆と一緒に居ないんすか?」
独り、薄暗い通路で壁に背を預けていたジェナスに、乗降口へ続く方向から声が掛かった。
「あ、ジョイ・・・エネルギー、移し終わったのか」
「ええ。でも、なかなか厳しい状況で・・・実のところ相当まずいっす。どこまで行けるか」
言いながらその脇の部屋に入り、並べられたバイザーやギアの間に、空になったエネルギーパックを肩から下ろす。何となくその後に続いたジェナスは、最早完全に沈黙した自分のボードバイザーを見て、そしてすぐに目を背けた。
沈んだ雰囲気を気にしたわけではなかろうが、いつもの調子で、作業を進めつつジョイは言った。
「大丈夫っす。何とかなるっすよ」
何の裏もない、純粋で無邪気な笑顔を見せる。この状況でどうしてそんな風に笑えるのか、ジェナスには解らなかった。
「―――何が大丈夫なんだ?」
思わず口にしてしまった。不条理なことをしている、自分の無力さへの苛立ちで下らない八つ当たりをしていると、十分知っていたけれど。酷く傷付けてしまうと思ったけれど、止められなかった。
「今更、何が出来るっていうんだ、俺達に。現実を見ろよ。気休めの言葉なんて虚しいだけだ・・・お前に何が分かる」
突然に矛先を向けられた相手は、苛立ちを含んだ口調に最初、驚いて顔を上げたが、言われた内容を理解していないのか、困ったような顔をしてただ彼を見つめている。
暫くの間、そのままで沈黙が続いた。
もう何もかも、台無しにしてしまったように感じて、耐えられずジェナスがその場から立ち去ろうとした時、
「そんなこと、言わないで、」
静かな声が、引き止めた。
「ジェナ、言ったっすよね。守ってみせるって。俺達はまだ、終わってない。まだ終わらない。何でも良いけど、何かしなくちゃ。今の俺らの役目っしょ?」
革手袋を外した指を絡めたり離したりしながら、視線を落として微笑む。
「もっとやれる。一緒に頑張るっす。だから」
キャンプを脱出してから、自分の思考が次第に負の方向へと傾いていっていることを、ジェナスははっきりと感じていた。急激な状況の変化、次々に起こる予測の出来ない事態、悪夢に似たそれに、どう対処することも出来なかった。人々を救い尊敬と憧れのまなざしを受ける、勇敢なヒーローを気取り、狭い世界で思い上がっていたのだと思い知らされた。そして、そこで立ち竦んでしまった。
いつも通りの振る舞いをするジョイは、問題を軽視しているわけではなくてその逆であると、全て受け容れかつ確かな意思を持つその言葉は窺わせる。
自分の愚かさが身にしみて、ジェナスは強く拳を握った。
そこに、そっと、手が重ねられた。
「・・・・・・」
無言で近づいたジョイは、少し背伸びをするようにしてジェナスの瞳を覗き込むと、そのまま背に腕を伸ばし、肩口に頭を預ける。
「大丈夫。大丈夫っす・・・きっと何とかなる」
耳のすぐ近くで囁かれる、宥めるような優しい声。細い腕と鎖骨の感触は硬かったが、それでも包み込まれるような感覚を、ジェナスは華奢な身体のこの少年から受けていた。触れ合う部分から、特殊素材のインナーに遮られて伝わるはずのない体温が流れ込んでくるようで、呼吸を直に感じるようで、一つ鼓動が高鳴った。
立ち尽くして、力の抜けた両腕をぎこちなく動かし、ジェナスは黙ったジョイを抱きすくめる姿勢をとる。壊れ物を扱うかのように、触れるか触れないか位でまわした腕に、僅かに力を込め、
―――瞬間、肩にかかっていた手が重力に従って滑り落ち、腕の中の身体が揺らいで離れたと思うと、がくりと後方へ崩れた。
「ジョイ!!」
突然のことに、つられてバランスを失って倒れこんだが、咄嗟にその身体を引き寄せ頭を支えて守ったのはスクールの訓練の成果といえた。固い床に肩を打ちつけるも、すぐに上体を起こす。
「どうした!?」
覆い被さるようにして呼びかける。ジョイはゆっくりと瞳を開くと、状況を認識し、力なく微笑した。
「・・・はは・・・ちょっと力、入んなくなっちゃって・・・すみません。大丈夫っす」
長時間連続して、敵襲に注意を払い、仲間との通信を試みつつ巨大トレーラーの運転を続け、心身が誰より疲弊していることは明らかだった。キャンプ脱出時の強引な走行によって、掌はハンドルとの摩擦で皮膚が擦り切れ真赤になっている。
それから、とにかく休めというジェナスの言葉は頑なに拒まれた。平気だから、と。これは自分にしか出来ないし、自分の役目なのだと言って。
「だって俺は、ローディーだから」
その真っ直ぐな、強い意志を感じさせる姿勢が、ジェナスには眩しかった。
(結局俺は、臆病なだけだったんだな)
自分は何のために、ここに在るのか?人々を守るためだ。スクール時代から、そう信じていて、そしてそれは常に実現されるはずの目標だった。それ故に、改めて考えることもなかった。
トレーラーは再び、走り出した。
ハンドルを握る姿に目を遣る。守りたい、守らなくてはいけないと、確かに思う。世界のことだとか、真実だとかはまだ分からない。漠然とした集合体、『ピープル』よりもまず、目の前の仲間を守ろうとすることが、正義と呼べるのかも。
少なくとも―――ジェナスは思った。
少なくとも、自分にはそれが、自分達のあるべき姿なのだ。幼い頃から武勇伝を聞き憧れた、ガン・ザルディをはじめとする偉大な先人達の意志を受け継ぐ、一人のアムドライバーとして。
「やってみせる」
地平線から、目を射る強い光に、誓いを立てた。
End.
あとがきというか反省文。
皆を励ますジョイくんのセリフに突っ込み入れてごめんなさい。
ジェナスが嫌な奴がかっていてごめんなさい。自分がシーンとかに
新人いびりされているものだから、つい自分もジョイいびりを
してしまうのですね。
サイトに小説を載せるというのは初めてで、どんなものかなあと。
しかし単にジェナとジョイを接触させたいがための無理やりな展開ですな。
因みにジョイが倒れた理由は実の所、今構想中の妄想いっぱい過去話と関係
していたりもします。
どうでもいいこと。
・ラスト1文はややGLAYから。
・そして「だって俺は、ローディーだから」のセリフは
「火影は俺の夢だから」からヒントを得てます。(?)
創作活動、やらないと言っていたのに全くもって自分は意志が弱い奴です。
ああもう。
2004.08
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