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「・・・参ったな」

遠征を終え、仲間と合流しようと帰路についてすぐ、戦闘の影響だろうかライドボードのエネルギー供給回路が突然に停止した。動力源を同じくする通信も途絶え、仕方なくボードを抱えて近くのシティを目指すと、スラム化したタウンに阻まれた。
ジャケットを流れるエネルギーも切れかけ、無用の長物となった装備を取りボードと共に目立たぬよう隠すと、どうしたものかと思案を始める。見たところ、このタウンの状況は非常に悪い。通常のタウンにあるべき施設も期待できそうになく、中心部に見えるシティまでこのまま、スラムの中を歩いて通過するしかない。


暫く周囲を歩いて様子を伺い、ボードを置いた元の場所へ戻る。と、数メートル離れた所から子どもが一人、こちらをじっと見つめて立っているのに気づく。物乞いだろうか。構っている暇はない、手早く荷物をまとめる。

しかし、ゆっくりと近づいて来た少年は、施しを願う代わりに言った。

「それ。動かないんですか」

予想外の台詞に、思わず手を止め顔を上げる。
少年のまっすぐな視線の先には、沈黙したままのボードがあった。





それを見つけたのは、偶然だった。
金属回収の帰り、滅多に通らない路を行く途中、目の端に鋭い光を捉えた。スラム外周からほど近くに、隠すように、それは置かれていた。
近づいてみると、見覚えのある形状のそれは、しかし自分の知るような淡いエッジ部の発光はなかった。エネルギーが切れているのか―――いや、内部に故障が発生していると、直感で分かった。


このボードの持ち主はヒーローの一人なのだ、修理してみせれば報酬は相当期待できそうだが、何より、その内部構造を見てみたいという思いに駆られた。初めて実際に目にするそれには、シティの最新技術が結集されている筈で。

時折良い状態で見つけるシティの電化製品に、いつも心惹かれた。それらは直したところで、動かすだけのエネルギーを得る術がないのであったが、分解し緻密なつくりを実感するので十分だった。
徹底的に効率化されたそれは、一つの完結した美しい世界だった。


このボードに乗ってきたヒーローはじきに戻るだろう。修理を掛けあってみようかと考える、ふとその前に、自分の薄汚れた姿に気付き、盗人と間違われぬよう少し離れた場所へ移る。
果たして、目的の人物はやって来た。ヒーローを目の前にして、感じるべき緊張や興奮といったものは、ボードのことで一杯となった頭には存在しなかった。自然と歩み寄り、声をかけた。





シティまでこのスラムを抜けて行くというのは自分としてもやや乗り気でないところであったのと、悪意がうかがえないことから、少年の言う通りその場に留まる。

暫くして、少年は両手に何やら工具類を抱えて走って来た。誰か技術者を呼んでくるものとばかり思っていたため意表を衝かれる。やや不安になるが、どうせ自分はボードを叩いて直そうと試みるようなレベルなので、任せてみることにする。

内部構造を知る筈もないのに、少年の手が止まることはなかった。手早く、かつ慎重に、年季の入った何種もの工具を駆使して分解を進める。そして、使用者本人にもどこをどうしたのか分からないうちに再構築が終わり、少年は汗を拭って一つ息をつくと、試してみてくれと言う。 正直、半信半疑であったが、驚いたことにそれは元の機能を完全に回復していた。その様子を見て、少年は安心したように微笑んだ。
「エネルギー切れだったら、どうしようもなかったけど。こっちの分野の問題だったから。良かった」




後日必ず礼をすると言ってシティへ向かったヒーローは、約束通りに料金を持って戻ってきた。再び、あの時は助かった、と感謝の意を述べる。
「お前はすごい才能を持っているよ。俺にはよく分からないんだが、うちのローディーがえらく感心していたな」
少年は、ヒーローをサポートする存在を、この時初めて知った。
とても興味深そうにする少年に、ヒーローは笑って言った。
「目指してみるか?その腕前だ、もう数年もしたら、きっとなれるさ」

ヒーローと話をしている、という実感は、少年にはなかった。何より、自分のような人間を、真っ当に評価して対等に扱っているということを感じ、嬉しかった。


別れ際に、ヒーローはある張り紙に目を留めた。最近このタウンでよく見られるようになったもので、内容が気になっていた少年はそれを尋ねた。ヒーローの表情が険しくなる。

「この近くのキャンプが募集している、新薬実験の被験者について・・・勿論許可された成分だけ配合されていて危険は全くない、と、表向きそう言っているが・・・研究所の奴ら、貧しいタウンの住民を大金で釣って、法に触れる危険な実験をしてるって噂もある。人身売買と何も変わらない・・・間違ってもこんな話、乗るんじゃないぞ」

言って、それを剥がした。





再びいつもの日々に戻っても、後から思えば奇跡のようなヒーローとの出来事は少年の頭を離れなかった。いつか、自分がヒーローのキャンプで働けるようになるかも知れないというのは、夢のような話だった。


少年を横目で見遣り、店主は呟いた。
「・・・あいつらがヒーローなものか」
そして、作業に戻る。