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店主は回想していた。
あれは、何年前のことになるだろうか。
突然の避難警告に、タウンは混乱を極めた。一切の家財の持ち出しは許可されず、人々は身一つでシティ下層部へ収容された。あちこちに浮かぶ大画面スクリーンには、先ほどまでそこに居たタウンと、迫る怪物の映像が映し出されている。
怪物はやがて、タウンへ到達すると、その腕を地面と平行に構え、次の瞬間、それが火を噴いた。密集して建った家々は、簡単に吹き飛び、ただの瓦礫の山と化した。その上を踏み越え、怪物は次の目標へ向かう。次々に爆音が上がり、タウンが形を失っていく。その様を、瞬きも忘れて見ていた。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
人々が築き上げてきた全てが、こんなにも簡単に、あっけなく、崩壊する。それを見ていることしかできない。
「アムドライバーだ!!」
誰かが叫んだ。人々がどよめく。これでもう大丈夫だと、歓声をあげて。
ヒーローは、すぐに一撃のもと、怪物を破砕するものと思われた。少なくとも、タウンの住民達は、そう思っていた。
ヒーローは、何故か敢えて残存する区画へ回り、民家の上に着地した。怪物はその姿を認めるや否や、ヒーロー目掛けてビームを放つ。ヒーローは身を翻して別の家屋へ飛び移り、目標を失った攻撃は周辺の建物もろとも民家を破壊した。
ヒーローは更に、怪物を誘い込むように移動を続け、その影を狙った攻撃はことごとくタウンを犠牲とした。
今や人々は、沈黙したまま、自分の目が信じられないといった様子で画面を見つめていた。
ずっとその中で生きてきた、見慣れた景観が、崩れていく。
それでも、どうか、あの場所だけはと、手を固く握って願った。自分の全ては、あの場所にある。それさえ奪われれば自分は。
だが、現実は非情だった。
ヒーローを追って細い路地を一列になって進んできた怪物は、突如目標を失い、一瞬動きを止めた。怪物の死角に浮くカメラは、ヒーローがシールドを展開して建物の陰に隠れつつ現場を離れる様子を写していた。
画面が切り替わる。
先ほどとは別の、同じ色のスーツのヒーローが、重厚な砲身を担いで膝をついている。その背後に回ったカメラは上昇し、怪物の一団とヒーローとを結ぶ直線を示してみせる。
見覚えのある、傾いた建物に、心臓が大きな音を立てた。
汗が滲む。
―――そんな。そんなことが。
砲口が淡く光を放ちはじめた。みるみる輝きは強くなっていく。障害物を越えてそのエネルギーを感知した怪物が、首を動かした。
同時に、発射が行われた。
画面全体が白くなったと思うと、ノイズが走り、そのまま砂嵐を映すのみとなった。カメラが切り替わる。既にリポーターが駆けつけ、ヒーローインタビューを始めている。
それから暫くして、避難令が解除されるまでのことは、よく覚えていない。ただ、早く確かめたかった。自分の店の無事を。どうか、何かの間違いであるように、と。
戦いの痕は無残で生々しかった。家を失い、瓦礫を前に立ち尽くす人々。その間を抜けていく。目的地へ近づくにつれ、被害のない建物が増えてくる。希望がわずかに膨らむ。
角を曲がる。
そこには、何も無かった。
深くえぐられた地面が、むき出しになっている。残骸すら、残されてはいない。その場に、力なく座り込んだ。
全てを失い、最早家を再建する気力もない人々は、他のタウンへ移住していった。自分もまた、その中の一人だった。移住先はひどく荒れたタウンであったが、技術はどこででも共通に必要とされるもので、また店を構え生計を立てることが出来た。
そして月日が流れた。
今でも忘れてはいない。
強い刺激を求めるシティ市民を満足させるためだけに、英雄気取りの奴らの人気取りのためだけに、何もかもを奪い去られた、あの時を。