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目的地は、キャンプに併設されたラボラトリだった。地球上のそこかしこが、人類の敵の脅威にさらされている今、最も安全な場所はアムドライバーを常時配備可能なキャンプだった。そのラボラトリはアムテクノロジーに基く各種研究を行う、連邦評議会直属機関のひとつだった。


新薬実験被験者への志願の意と、タウンの孤児であることを告げた少年は、そのままラボラトリ上層階の一室へ通された。椅子に座った、陰気な目をした白衣の老人―――マッドサイエンティスト、と陰口を叩かれるタイプの―――そしてその助手に迎え入れられる。

「あのタウンの出身か。そういえばこの前、どこかのアムドライバーがヘマをしてボードを壊したとかいう辺りだな」
「・・・ダーク・カルホール?」
少年は、ヒーローの教えた名を自然に口に出していた。
「ああ、確かそうだ、リトルウィングの・・・何故知っている?」

少年は、その時のことを詳しく述べた。老博士は感心したように、助手の若者は驚きを隠せない様子で聞いていた。

「それだけの腕があるなら、定職にもつけるだろうに」
「いえ・・・もう、駄目なんです。事故で手を」
興味を持ったらしい博士は立ち上がり、少年の手をとると、全くもって大雑把な治療跡に眉を顰めた。

席に戻り、老人は続けた。
「通常の実験でも参加者には相当の謝礼が出るが・・・君の家族を将来まで支えるのには無理な程度だ。一時しのぎにしかすぎないだろう。そこでだ。実験期間の長いだけ、謝礼は大きくなる。つまり、」
老人は少年の身体を眺め回して、言った。
「今すぐに大変な大金をやれる。シティへの移住許可が下り、一生満足して暮らせるほどの。それとその手、ここの設備と技術で再手術を行えば恐らく回復する。そうすれば君のようなセンスの持ち主、ここでローディーとしてやっていける筈だ。約束しよう。ただし、条件がある。簡単なことだ」


これから一生、実験体としてここで生きること。

拒む理由はなかった。


早速連れて行かれる少年の後ろ姿が見えなくなって、助手は言った。
「こんなことが、許されるのでしょうか?」
博士は言った。
「あれは私が買い取った。タウンの孤児だ、どこからも文句はつくまい。職員としておけば、万が一外部から調査が入ってもカモフラージュになる。長期的に観察するに丁度良い素材・・・あれこそ求めてきたモノだ」




店主と「家族」はシティの市民権を得て、満足な暮らしを送っていると聞かされた。もう、会えないのだけれど。


長時間に渡る手術を経て手に元通りの感覚を取り戻してから始まった少年の毎日は、いくらかの薬を服用し、数本の注射を打ち、検査を受け、空いた時間はローディーとなるための勉強をするということの繰り返しだった。
自分が何の実験台にされているのか、知らされてはいなかった。知る必要はなかった。ただ、成長期にも関わらず、いくら月日が経っても実験が始められた時から身体の発達が見られないのがその影響であることは明らかだった。




憧れのヒーローを支える仕事が出来るというのは、少年にとって喜ぶべきことだった。しかし、少しずつ、何かがおかしいと違和感を持つようになった。ヒーロー達は、人々を救うというより、その華麗な活躍をアピールするために戦っているように見える。カメラの前で最高の条件を求め、そのためには現場に着いても多少機を待つこともする。その間にも怪物による破壊活動は続けられているというのに。そしてシティの人々は派手な戦闘に狂喜し、カンパニーは支援金を出す。

いつか、珍しくノイズだらけの画像を映し出したテレビでヒーローの活躍ぶりを見た時、あの店主が言っていたことを思い出す。
「画面の向こうで何が起きても、それは自分とは関係のない、ゲームのようなものだ。そこに居た人間のことを省みもせず、見た目の派手さだけを追い求め、騒ぎ立てる。見ず知らずの誰かの現実は、娯楽にすぎない・・・奴らにとっては」