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「薬はちゃんと飲んでいるようだな」
「はい」
「検査結果も問題ない」
少年の健康状態が、ではなく、この老博士は自分の予測どおりの数値が出たことに満足しているのだということは少年にも分かっていた。
その夜、彼の自室に呼び出された少年はどこか落ち着かなさを感じていた。先ほどから特に意味を持たない短いやりとりが続いていて、その間ずっと観察するような目を向けられるのが耐えがたく、顔を伏せていた。
老人は不意に、今まで手に持っていたが見もしなかった書類を机に置いた。ようやく解放されるのかと少年は一つ安堵する。しかし彼は、椅子から立ち上がると、少年に近づき、そしてその肩に手をかけた。その意図するところが、少年には最初分からなかったが、反射的に顔を上げ目を合わせた時、突然に理解し、身体が強張る。
知っている。
この目を。これから何が行われるのか、よく知っている。
一瞬にして瞳に恐怖の色を浮かべたのを確認し、老人は少年の首筋に顔を埋める。幾度も経験してきた、生々しい感触。混乱したままで、何とか震える声を振り絞る。
「や・・・めて、くださ・・・っ嫌、嫌だ!!」
渾身の力で押し返すと、老人はあっさり身を退いた。瞳を濡らし、速く荒い呼吸で、震えの止まらぬ指先を胸の前で隠すように握っている少年を見遣り、老博士は薄く笑みを浮かべた。過剰な反応が、自分の過去についての確証を相手に与えてしまったことに気付き、少年は思わず握った手に力を込めた。
「嫌だ、か・・・だがそんなことが言えた立場か?既にお前は私に買い取られた、私の”物”だ。分かるだろう」
呆然としたまま少年は、引き摺られるようにして寝室に連れられた。
老人は冷静に、衣服を落として寝台に横たわる少年の身体の至る所を、確かめるようにゆっくりと撫で、掴み、爪を立てることをしつこく繰り返した。屈辱と嫌悪感に苛まれつつ、少年はされるがままだった。やがて老人は、手よりも舌や歯を使いはじめ、行為の趣が変わったことを感じた少年は、これから起こる展開を想像して一層強く拳を握った。指先の痙攣は、ずっと、止まなかった。
嫌だ。もうこんなことは、したくないのに。
こんなことが、あるはずがなかった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
襲い来る痛みに、ひたすら耐えていた。いつか終わる時だけを希望にして。声をこらえ、顔を背けたけれど、固く閉じた瞳からこぼれる涙だけはどうしようもなかった。
貶められ、侵されて、無力な自分を思い知らされて。
何があっても、何も感じないでいられたら。いっそ完全に壊れてしまえたら。
そうにもなれず、どこにも逃げ場はなく、ただ日々が過ぎていった。
これが、真実なのか。とても理解できなかった。そこには、自由で美しい世界があるのだと信じていた、それなのに。
少年は、人気取りに奔走するヒーローの、その何より人々を惹き付けるためだけの「戦略」にローディー見習いとして加担させられていった。
汚れた世界を見せつけられて、抗う気持ちは、しかし、次第になくなり、ただ受け容れるようになった。そうしなければ、ここで生きていけなかった。
自分は完全に、支配されて、何も自由にはならないのだと。否応なく、受容を強要され、無防備な心はそして、引き裂かれたまま、抱えて生きることを要された。
2年後、人体実験に関する規制法令が成立。それまで黙認されていた、自由意志に伴うそれの制限。これに従わず、陰で旧来の実験を継続していた老博士は、連邦評議会外部監視組織の強制調査により失脚。被験者、主に貧しいタウンの住民は早急に保護された。しかし、頂点の者を処分してしまうと、後の調査はおざなりだった。その最大の研究テーマの被験者となった少年について、薬物投与は既に終了していたこと、法令成立以前の時点において違法となる実験の事実が認められないことから、詳しい調査は打ち切られた。少年はそのまま、職員としてキャンプに残った。
そして、欠員の出た別のキャンプへ、ローディーとして配属されることになる。