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少年が配属されたキャンプ・リトルウィングは、あの面識あるアムドライバーの所属であり、どうした訳かそのユニット担当にまわされた。
数年前と変わらぬ容姿の少年との再会に、彼―ダーク・カルホールは素直に驚きを表現した。
「お前・・・どうして、」
「嫌だなあ、あなたが言ったんじゃないっすか、目指してみろって。本当に採用されたんすよ」
真実は言わずに。自然と、作り上げたでまかせの過去を口にできた。恐らく彼は、自分の姿を、ろくに栄養も取れないでいた貧しい幼少期の影響だとして哀れんでいるのだろうと思った。それは、少年にとって、どうでもいいことだった。




しかし青年は、次第に、少年がどこかおかしい、何か隠していると思い始めたようで、コンテナルームに二人きりとなった時、おもむろにその疑問をぶつけられた。
「あれから2年で、もともと素質があるといったって、どうやってその技術を身につけた?スクールにはいつ入ったんだ?確か最低4年は通わないと資格は取れない筈だ・・・あれから何があった?」
過去を知る彼には、隠し通せない。それも分かっていたことだった。ただ、真実を語って、自分のした事とその代償が同情されるべき自己犠牲などと評価されるのは耐え難かった。そんなことじゃない。決して、そんなことじゃない。

「この前採用されたと言ったが、」
「ああ。それ、嘘です」
青年は沈黙した。少年は、何も思うところはなく、真実と虚構を織り交ぜて、ただ機械的に次第を話す。
「自分がそんな大金と等価なんて意外でした。その上今、こうして働けている。全部、上手くいった。・・・そう、規制が出される以前、志願しました。新薬実験の、被験者に」
「・・・お前・・・!!」
「・・・何か?ああそうか、あなたはそういうのには反対でしたっけ。だって、簡単なことでしょう。スクールに行ったって、ローディーになれる確証はない。タウンのあの、落ちぶれた生活から、確実に這い上がれる手段があった。だから選んだ。それだけのことですよ」

瞬間、その首に手をかけたのは衝動だった。
両手で、少年の細い首を押さえつけ、気道を圧迫する。軽く力を込めるだけで、その身体は強張り、苦悶の表情で、食い込む青年の指から逃れようと抗う。青年はその様を、どこか遠くから、妙に冷静に眺めている自分を認めた。
―――何だ、ただの子どもじゃないか。
それでは、先ほど感じたものは何だったのだろう。その外見に似合わぬ物言いに感じた、空恐ろしさは。

力を抜くと、少年はそのまま、身体を折って床に崩れ、激しく咳き込み息喘ぐ。青年は暫く見下ろしていたが、呼吸が整わないうちに、その腕を掴み強引に引き寄せる。
「痛い・・・!!」
「・・・どうしてだ、どういうことか分かっていただろう!自分の未来も自由も、全て差し出して得る、そんな価値がどこにある?何の意味があるって言うんだ!!」
少年は、一気に怒鳴った青年を目を見開いて見つめ、そして、視線を逸らして言った。
「俺には・・・意味があることだった」
一変して、泣きそうな顔をして。
「それしかなくて、それが正しいんだと思った。・・・あなたは、どうして・・・あなたには、関係ないのに、どうしてそんな風に・・・それがあなたの”正義”だから?」
そして再び咳き込む。青年は、掴んでいた腕を放した。

長い沈黙。

青年は一歩、足を踏み出す。少年は無意識に身を引いたが、確かな力で、幼い子どもにするかのようにその腕の中に引き寄せられる。
「すまない」
静かな声。
「人を、救っていると思い上がっていた。俺はお前一人、助けられなかったのに。小さな世界で自分に酔っているのに気付かなかった・・・挙句にこんなこと、すまない、本当に・・・すまない」
「・・・でも、俺、毎日仕事出来て、嬉しいし、やりがいあるし、薬だって特に問題は、」
背に回る腕に力が込められ、少年の言葉を遮るようにする。


あの時、出会わなければ。
あの時、余計なことを言わなければ。
変わっていたのかも知れないのに。

少年は、どこも身体に問題は出ていないと言うけれど、あのマッドサイエンティストの所業をニュースで嫌というほど知っていた青年には、それで安心できるはずもなかった。
少年は、自分で決めた道だからと、正しい選択をしたのだからと言うけれど、青年にはそれを受け容れることは出来なかった。自分の勝手な価値観なのだと、分かっていても。


もう、取り戻せないのだけれど。




少年は少しずつ語り始めた。数年の間の胸中を。
「俺は、いつだって、何も感じないように、もう、いちいち悩んだり苦しんだりしたくなくて、」
「でも、いつまでたっても、完全にそうはなれなくて、どうしても、ここに慣れなくて、」
「だけど、ここに居るしかなくて、どうしたらいいのか、分からなくなって、」
「・・・俺の方が、変なのか、おかしいのか・・・分からない、」


少年はあの時の、純粋で、とても優しい少年と何も変わってはいなく、それが一層、悲痛だった。
かつての彼がアムドライバーに抱いた理想とその現状の落差に、折り合いがつけきれず、その大きな矛盾に苦しめられながらしか生きることができなかった。―――それは、これからも、抱えていかなくてはならない。決して、いつまでも、軽くはならず。




青年は常にアムドライバーとして、ローディーである少年と共に行動した。確実に、少しずつ、内包する矛盾に引き裂かれていく彼を目の前にして、それでも、どうすることも出来なかった。その心が、読み取れない。その心を、捉えておけない。
全て壊れてしまうこともできず、ただ、歪んだ世界で歪んでしまった彼を、歪んだ方法でしか、繋ぎ止めることができずに。見ているのが辛くて、守るようにしたところで、それは自分の身勝手な行いに過ぎない。自分もまた、彼を苦しめる要因の、アムドライバーの一人であることに変わりはなくて。
今更、何もかも、遅すぎた。




いつでも楽しそうに、嬉しそうに、笑顔を絶やさない。少年は無理をしてそれを演じているようなのではなく、「自然に」「常に」そうだった。だからこそ、傷は底知れなかった。本心が読み取れないでいるうちに、どこかへ遠く離れて、戻らなくなるのではないかと思わせた。


少しばかりクレイジーで、一方驚くほど鋭い、青年のチームメイトは一言、こうコメントした。

「死んでいるみたいだ」

それが、少年が環境に適応して「生きる」ための唯一の手段だった。