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崩壊しゆくキャンプ・リトルウィングを脱し、少年は今や自由だった。
自分達を逃がすためにその場にとどまり行方の知れぬ、少年が数年間担当したユニットのことは、考えることを暫し停止していた。
ヒーロー・アムドライバーといっても人間であることに変わりはない。忘れられがちだが、その働きは常に危険と隣り合わせであって、4年前のあるヒーローのような例がまたいつ起ころうと不思議ではなかった。そして現在の、圧倒的に不利な状況に置かれたヒーローが侵略者の手にかかることは十分予測できたことだ。脱出を図るトレーラーを狙った敵の攻撃に巻き込まれ、2人のヒーローが命を落とした時も、衝撃は受けなかった。

それなのに、何故だか、彼のことを考えようとすると、どこか辛くて、苦しくて、思考を妨げられた。


その死を自分は、認めたくなかったのだと少年が気付いたのは、随分時間が経って彼と再会してからだった。


再会を果たしたのは、勿論喜ぶべきことだった。しかし、もっと早くに戻れなくてすまなかった、と言う青年に、少年は何も言葉を返すことが出来ず、いつものように笑ってみせることも出来なかった。
少年は、彼のいない間に言い知れぬ不安に襲われた自分には、彼を再び失うことを恐れる気持ちがあることを知った。失いたくないと思い、離れたくないと願ってしまう。自分がいかに弱い人間なのかを、思い知らされた。

青年は、沈んだ表情で俯いたままの少年の頭に、軽く手を乗せる。その幼い外見のために、つい子ども扱いしてしまっている自分に苦笑して。そのまま、髪を撫で、頬に触れる。
「・・・・・・」
瞳を閉じた少年の掌が重ねられる。伸ばされた手にすがるように、指を絡めて。
それだけで、少年は安らぎをおぼえた。あんな別れ方をして、掻き乱された心の内を全て、吐き出してしまいたくなった。
ただ、彼を失って、それなのに、皆の間でいつも通りに明るく笑っていることが出来てしまった自分は、そんな自分には、誰かに頼って泣くことなど赦されないのだと思った。そんな資格はないのだと。こんな風に、彼を、その優しさにつけ込むようにして引き留める、自分は何て汚れているのだろうと。

少年には、大きな恐れがあった。未だその内容は全く明かされていない、自ら被験者となった、あの実験について。キャンプなき今、その影響で何らかの障害が起きても、対処の術がない。キャンプに居た数年間、特に問題は起こらなかったが、自分を監視と同時に保護するそこに居ることは、自分にさえ身体に何をされてどうなっているのか分からない不安を軽減していた。それが、忘れていたかった現実を、突き付けられたようで。

自分は、どうなってしまうのだろう。

打ち明けてしまいたかった。
―俺、この前倒れたんですよ。ジェナスの前で。確かにあの時は大変で、状況が状況だから疲れてはいたけど、そのせいってわけでもなくて。どうしたんだろう、俺、どうなるんだろう―
けれど、話すことは出来なかった。
こんなことを言っても、苦しさを押し付けて彼を徒に困らせるだけで、何の解決にもならないと、分かっていたから。


青年は、このまま少年が泣き出すのではないかと思った。その本心を吐露するのではないかと。そして、それを望んでいた。
どんな態度が、どんな言葉が、その抱える痛みを楽に出来るのか、手掛かりを得たかった。ずっと、放っておけなくて、そのままの心に触れることは適わないから自分が良いと思うやり方で接してきたけれど、どこかすれ違っていて。ただ、無力だった。




二人の間にそれから言葉が交わされることはなく、暫くそうして、どちらからともなく離れた。何も変わらないまま、何も起こらないまま。

少年はバイザーやギアの性能を最大限に引き出すための整備を始めた。
青年は、彼が支援を受けた政治家への返礼のために、再びシティへ出発した。

どこにあろうとも、自らの存在理由を賭けて、未来を手にするように。




世界はまた、新たな動きを始めた。