episode b
少年が薄暗い倉庫内でギア類の点検をしていると、同デポの新人アムドライバーが二人、入って来た。現行のギアの効果がいまひとつで、なかなか実績を上げられないので、適当なものを見せてくれ、と言う。幾らかのギアを取り出し、ひとしきり少年が説明を加える、ということを暫くして、話がまとまる。
後片付けをする少年の、少なくともこのキャンプ内ではエキゾチックな容貌を物珍しげに眺めて、一人が言った。
「出身はどの地方?サウス・エンド辺りのシティか?」
「シティじゃなくて・・・」
タウンの出であると少年が答えると、ふぅん、と言って、更に問いを重ねる。
「で、どこのスクールを出たんだ?」
少年が答えずにいると、彼らは、やっぱり、といったように互いに目配せをする。
「コネもなしにスクールも出てない、こんなガキがそんなんで採用されるわけがないよな」
「それは、俺の技術が認められたから、特別に、」
「あぁ、成る程。あっちの技術で」
何がおかしいのか、仲間同士で下品に大笑いをして。少年が黙っているのをいいことに、アムドライバーに羨望と憧憬の眼差しを送る人々が聞いたら世を儚みかねない下卑た台詞を浴びせる。調子に乗った一人が少年の顎に指をかける。
「なぁ、JOYHOUSEで磨いたそのテクってので俺らも楽しませてくれよ、ジョイ君?」
言われた少年は、その手を払いのけた。普段とは一変した表情で、激しい怒りを湛えて鋭く睨めつける。
「・・・俺はお前らの捌け口になるためにここに居るんじゃない、この下衆野郎!!」
激しい言葉を投げつけられた二人が一瞬、鼻白んだ。
―――つまらないな、本当に...つまらない連中だ―――
少年はうって変わって彼らに笑顔を向けた。
「ああ、それと言い忘れてたけど。戦果が上がらないのはギアのせいじゃないっすよ。明らかに戦略センスないし、実力不足っていうか、やっぱりスクール出たからってクズはクズってことで」
「っこいつ・・・!!」
ただのローディーで所詮は子ども、と見下していた少年に戯れにちょっかいをかけて予想外の反撃を受け、頭に血が上ったらしい。つかみかかる一人の手から身をかわした少年は、しかしもう一人に胸部を強く突かれ、衝撃に息を詰まらせる。その勢いで鉄の柱に背をしたたかに打ちつけ、よろめく少年の胸倉が掴まれ、振り上げられた拳が正に迫った時、
「・・・ギアを見たいんだが」
暴行は、突如加害者の背後、倉庫入り口からの声によって中断された。
「ダーク・・・先輩・・・いや、こいつが、なあ?」
話を振られた相方も、動揺で何も言えずにただ繰り返し頷く。
「行け」
青年が一言、低く言うと、二人は慌てて逃げ去った。
特に新人に多いのだが、自分が人々を救うヒーロー・アムドライバーであることに自惚れ、スタッフを面倒事を任せる雑用係程度と見下す。権力者にはひたすら忠実なそうした連中は、自分より弱そうな者を相手に日々の憂さを晴らそうとするわけで、今回はこのローディーの少年が標的にされた。
まあ、目的は達し得なかったのだがと思い、青年は、座り込んだまま胸を押さえて苦しげな表情の少年を見遣る。
「立てないのか?」
少年は僅かに首を縦に動かす。呼吸のたびに痛みが走るのだろう、忌々しげに顔をしかめつつ少年は答えた。
「ちょっと・・・休めば多分・・・大丈夫、」
そう言う声も切れ切れでか細く、時折痛みに身をすくめる。
青年は一つため息をつくと、少年の隣に膝をつき、衝撃を与えぬよう慎重に、その悲しいほどに軽い身体を抱き上げた。
「・・・ダークさ・・・」
「黙ってろ。辛いんだろう、無理するな」
「・・・・・・」
デポトレーラーに入ると、何だ何だと言ってしつこく寄ってくるチームメイトを無視し、青年は自室へ向かった。何を勘違いしたのか、「無理強いはよくないぞ」などというハイテンションな声をドアで遮り、少年をソファに下ろす。その呼吸はまだ不規則で、もう暫くすれば落ち着くだろうが、骨を損傷している恐れもないわけではない。早急に確かめる必要があった。
青年は、少年が胸元で爪が掌に食い込むほど強く握っている手を引き剥がすと、衣服の裾から手を差し入れる。驚いてか、何か言いたそうにこちらを見上げる少年に、念のためだ、と言って。
シャツを上までたくし上げると、静かに上下する胸の中央に、そっと指を這わせる。その感触に、少年は息を呑んだようだった。薄い身体は骨の固さがそのままに伝わるほどで。次に肋骨を辿っていく―――どうやら無事なようだ。
衣服を整え、ふと見ると、少年の背けた顔は僅かに紅潮していて、苦痛に耐えるかのように歯を食いしばっていた。自分の診断の手際が悪かったのだろうか、他にどこか負傷しているのだろうか、などと思い巡らすも、何故だか自分が責められているような感覚があって、無言で椅子に腰掛ける。
「お前、今いくつだ?」
少年の、先ほど見た貧弱な身体を思い起こしつつ、袖口からのびる細い腕や、首筋、襟元からのぞく鎖骨に目を遣って。
「・・・いくつに見えるっすか?」
大分落ち着いたのだろう少年は、いつもの調子で笑ってみせる。
12、3くらいだろうかと思った。しかし彼がここに来て、もう2年は経っており、初めて出会ったのは更にその数年前だった。その時彼は、いくつくらいに見えたものだろうか。
「16っすよ。多分、だけど。見えませんか?12くらいに見える?」
青年は正直に肯定した。16といえば、最近シティの人々の間で人気上昇中のアムドライバー、第1デポのスカした男と熱血気取りの男、第3デポの華やかな彼女と同じだ。
「だから、それなりに大変だったりもして。子どものくせに、生意気言うな、とか。アドバイスも聞いてもらえなかったり」
確かに少年の外見は、いつもへらへらと笑っているためもあろう、幼い。だがその技術は確かなもので、実のところ恐ろしく頭が切れる。
それでいいんじゃないか、と青年は思った。自分達は、実際どう見えるのかということに、ことさら気を遣うのだけれど。
「今度からナイフでも持っておけ」
「持ってるっすよ・・・これくらいじゃ使わないけど」
人と人との間の、いかなる規模の争いごとも回避するために過剰なまでの罰則が定められた今、正当防衛の認められる条件も非常に細かく厳しい規定がなされている。素手でかかってきた相手に下手に刃物を出して、過剰防衛で逆に加害者扱いされたらたまらない、と少年は言う。全く法の及ばぬ治安の悪いタウンも存在するというのに、どこかおかしい世の中だと、青年は疑問を持ちつつ、少年に少しは身体を鍛えておくように言った。
もう大丈夫だという少年に飲み物と、そして自分用に酒とツマミを取りにリビングに入ると、大音量でアムドライバーの特集番組を見ていたチームメイトが振り向いてクレイジーにけたたましく笑った。
「お前さあー、結構守備範囲広いんだなあー?ダーク・カルホールさんよう」
「は?」
言われた青年の頭には戦闘場面しか思い浮かばず、何のことだろうかと思い悩む。
「お前あれだろ、ほら、あーこれこれ。第3のパフ・シャイニン。こーゆーのが好みだー、たまらんー、って、なあ?」
テレビ画面を指して、怪しげに手を動かして言う。確かに彼女のファインな戦いぶりは、近距離肉弾戦型の自分にはないスマートさだ。
同僚はテーブルの上のフライドチキンを食い千切ると更に続ける。
「それだってのに、いきなりあんなトリガラ連れ込んじまってよ」
ここに至ってようやく意味が分かった青年は、どーゆーことだー、と一人ブツブツと頭をひねりつつ呟く赤毛の頭を一発はたくと、その場を去った。