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合成の誤謬 / Sugito Tatsuki







ジョミーにとって、ブルーはもう幾度も死んでいる(.....)
深き眠りについた彼が、一体いつ、どのような形で、その命を終えるのか、ジョミーはいくつもの展開をシミュレートした。

例えば、自艦を敵襲から庇って、
例えば、最後の力で皆を退避させて、
例えば、敵陣の中心へ単身で飛んで、
あるいは、撹乱を図って、
あるいは、時間稼ぎに、
常の様に寝台で静かに、
もしくは銃撃による致命傷を、
または切り裂かれ、
ともすれば砕け散り、──

想像の中でブルーが結末(..)を迎えるたびに、ジョミーはリアルな喪失感に襲われて苦しむのだった。


メンタル・リハーサル──想像による事前練習──それはセルフ・マネージメントの一環として、成功場面を繰り返し思い描くことで、実際に同様の場面に立ったときに成功を収めることを目標とする。想像するほどに、実際に成功体験を繰り返したのと同様の効果が内的過程において生起するのだ。
逆もまた真である。 過去に犯した一回の失敗体験であっても、繰り返し思い返すことはそれを何回も体験したのと同様の効果をもたらす。そうしてより一層に恐れを抱き、再び似た場面に遭遇すれば回避を試みるようになる。


思念波を自在に操るために基幹となるのは想像力だ。具体的に、どういった行動を起こしたいのかを思い描く、その様式が実際に即して差異が小さいほどに、力を放出した際の威力は増す。 だから、特訓の甲斐あって、今や思念の制御の術をすっかり己の血肉とし、想像力を研ぎ澄ませたジョミーが、将来を予測する度に、その内面では、限りなく現実に近い痛みでもって、ブルーは死ぬのだ。


ブルーが昏睡に陥ってから数年、時間はあり余っていたから、ジョミーはいくらでも想像を働かせることが出来た。思い描いた世界では、いつだって、何らかの、本当にちょっとした、些細なすれ違いで、定められた結末へとひた走る。止めることは叶わない。その結末に関しては、現実と変わりなく、あくまで己は無力だ。
いくら想像に希望を織り交ぜて、強い自己像を夢想し、望むべき安寧な未来を思い描いたとして、暫し仮想世界に心を安らげることすら満足にいかず、ただ空しさばかりが残される。 現実でないと、よく分かっているからだ。 どんなに心地よい世界の中にあっても、それを想像している自分の存在を、一瞬でも意識から外すことが出来ないから、虚構に身を委ねることが叶わない。


何度も、何度も、繰り返し、微妙にシチュエーションを変化させて、 ジョミーは、ブルーの死を数え切れぬほどに体験した。 それなのに、少しもその痛みに慣れないのだった。
戦闘のシミュレーションならば、回を重ねるごとに目に見えて成績が向上して、適応していく筈なのに、いつも、初めて彼を失くしたように、耐え難く息苦しい情動が溢れ出る。当然だ、死は不可逆であり不可避、一度きりしか訪れ得ない。


ジョミーは、ブルーが生き続ける限り、そうして、初めて(...)彼を失くすことを、繰り返す(....)。 それから、いつかシミュレーションのいずれかのパターンに沿って、彼は死ぬだろう。 何度も見た展開の通りに。
そうして彼を失ったら、今度はその最後の瞬間が、繰り返し繰り返し、常に記憶の表層に留まり、再生され続けるのだ。何度失っても飽き足らず、慣れることなく、いつまでも、


──どれだけあなたを失えばいい。




End.















『沈黙の螺旋』に追加要素です。
運命の日を間近に控えて、どうしてもブルーの最期のありように意識を囚われます。


2007.07.08


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