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フィードバック第N法則 / Sugito Tatsuki







何を見ても、あなたを思う。
何を聞いても、あなたを想う。
何に触れても、あなたを追う。

全てが、あなたを問う。

僕の内の全てが、あなたに帰結したいと、あなたを求める。

何もかもが、あなたに繋がりたい。
あなたを、何もかもでもって、とどめておきたい。


   ◇   ◇   ◇


このところ、ジョミーはともすれば頬杖をついて、どこということもなく遠くを眺めていたり、長い時間、腕を組んだままぼうっとしていたり、かと思えば忙しく指を組んでは外してという落ち着きのない動きを繰り返し、「人々の上に立つ者としての威厳がない」と長老たちに度々注意を受けていた。

その度にジョミーは、ああ、またやっていたのかと気付かされ、全く無自覚な己に内心で苦笑するのだった。
すなわち、接触の自己完結である。 無意識のうちに、その指は触れあうものを欲し、けれどそれを得ることは叶わないから、己を代わりとして満たされようとした。

ふと片手を上げ、もう片手でもって導いてそれを自分の頬に沿えると、ジョミーは目を閉じた。なめらかな材質の特殊性を思わせる長手袋の感触は、彼のそれと同じだ。 ジョミーは己の手を、彼の──ブルーの手の記憶と重ね合わせて、深く息を吐いた。

頬に触れるのは、彼の優しい手のひらだ。
腕にかかるのは、彼の頑なな指先だ。
組み合わせた指は、彼の懇願だ。


彼と触れ合った過去の感覚を思い起こしては、ジョミーは己の内より生起する情動に堪らなくなった。


   ◇   ◇   ◇


あなたに触れようとのびる手を直前で押し留めるのは苦しい。
あなたを見つめて愛するのは辛い。
あなたを讃えるのは痛い。


接触を躊躇うのは、耐え難い。


   ◇   ◇   ◇


いつも彼の姿を捉えたくて、ジョミーは赤い星の地上に設けた自室に立体映像を据えた。あらゆる角度から彼を眺めるのに飽きることはなかった。けれど、思わずのばした手を透過してしまう、決して干渉を受けず、汚れることない、きれいな映像を鑑賞するのみでは、すぐに足りなくなった。
だから、人形を作った。
ジョミーはブルーのかたちを全て再現出来るまでに知っていた。 触感もそっくりに出来たし、少しばかり細工を施せば、やや低い肌の温もりさえ与えられた。ただ生命だけは授けられなかったけれど、どうせ本物だって寝ているだけなのだから同じことだと妥協した。 しばらくはそれで遊んだが、間もなく、これでも物足りないと思うようになった。

だからジョミーは、度々、大した用事もなしにシャングリラへ上らなくてはいけない。そこに求めるものがあるからだ。水面にさざなみ一つない静まりかえったその部屋で、反応を返すことないブルーに触れながら、昂る情動を処理することが出来るからだ。

シーツに広がる、色素の欠落した髪を梳く。それから頬に触れて、性急に唇を重ねる。とめどない衝動が沸き起こる感覚を捉える。
イメージをいくら鍛えても、敵わないのだな、とジョミーは思う。どう抗っても、ここに戻ってきてしまう。同じに見えても、矢張り本物を使うのが一番良いと感じる。そんな前時代的な思想に囚われている。

(まるで偽薬効果だ)

ブルーの身体を丁重に覆い護る掛布を引き剥がし、その衣服の留金を外して、さらけ出された細い首筋から探るように指を這わせ、あらわにした胸を撫でる。 この場に横たわる彼こそ、唯一の本物と認識しているから、特別に感じるのだ。もしかすると、これは本物ではないかも知れない。いつの間にか、人形とすり替わっているかも知れない。確かめる手立てはない。
けれど、そんなことはもうどうだっていい。

全てを決定するのはジョミーの内的認知過程なのだから。

多分心臓があるだろう上に口づけた。


   ◇   ◇   ◇


力ない彼の身体を、起こしてやって、寝台に上がった自分の胸にもたれさせる。 頬をくすぐる柔らかな髪の感触が愛しい。 何度もこうして繰り返し、工夫を重ねるうちに、ジョミーは、うまく姿勢を保てる方法を見出した。 身体を密着させて、腕を回して支え、二人の骨と骨のうまくかみ合うところを合わせて、そうしたら安定を得られる。 ひとつに戻れる(...)気がするのだ。

ジョミーは、もしいつかブルーがその生を終えても、身体は残っていて欲しいと思う。
かたちだけでも、ずっととっておきたい。
確かに触れた、その身を、証としたい。












──だが、そのささやかな願いは儚くも潰えたのだ。

不意にジョミーは、触れている彼の装着している筈の補聴器が、自分の両耳を覆っていることに気付く。 ああ、そうだったとジョミーは回想する。忌まわしい記憶を蘇らせる。

あの日、彼は巨大なエネルギーの前に、醜悪なそれのもとに、粉々に砕けて、ばらばらに分解して、かたちがなくなってしまった。宇宙に食い尽くされてしまった。肉の一片さえ、体液の一滴さえ、果てない空間に陵辱された。あんなにきれいだった、彼のかたちは、ただの塵と、もう混じってしまって分からない。


けれどそれは嘘だとジョミーは思う。
何かの間違いだ。
混乱による偽記憶だ。
だって、彼はここにいるじゃないか(............)
まだ目を開けはしないけれど、ちゃんとこうして、寝台に眠っている。

だから──これが本物だ。


   ◇   ◇   ◇


誰にも否定など許さない。
そんなのは"本当"じゃない、お前は間違っていると、誰が決められようか。何と言われようと構わないし、そもそも、他者の定めた正しさに追従するつもりなど、はじめから、ありはしない。真実であるか、そうでないかなんて問題じゃない──必要なのだ、ここにある、自分が、生きるためには。

彼がいないなど、耐えられない。
何にも代え難い存在を、知ってしまった、だから、賭けていい、これから先、彼を喪失した自分は満たされることはない。欠落は、何をもってしても埋められない。

時と共に忘れていくなんて、
いつか乗り越えられるだなんて、
現実を見るだなんて、

欠落から目を背け、なかったこととして振る舞い、彼を、あたかも、もうその役割を終えた、必要ないものとして割り切る、そうなった自分は既に、自分ではない。それこそが──偽りの自己だ。


痛みは乗り越えられるわけがない。ただ受けるだけだ。

叶わぬ望みを抱き続け、
裏切られ続け、
痛みに苦しみ続け、
嘆き、
悔やみ、

そうして、代わりなどではない、彼を求め続ける他ない。


   ◇   ◇   ◇


ジョミーは願った。彼が目覚めるのは、自分が死んで3日後だと。定めたのだ。これは決して破られることない約束だ。揺るぎない前提だ。

だから、ジョミーはブルーの目覚めを確信して、そうして、もう本物か人形かなんて議論は意味をなさない、『ブルー』に触れて、繋ぎとめ続ける。自分はそれを見ることが出来ないことに決められているのが残念だけれど、たとえその時に自分はもう世界にはなくとも、あなたがいつか目覚めることを知っているのは、この上ない喜びだと、語りかけ続ける。働きかけて、返ってくるものがないだけ、より一層に、強く、何度も何度も、終わりを知らずに繰り返す。


約束なんて、一つしか要らない。




End.















耐えられなかった方のジョミー。
いい年して人形遊びとは何事ですか。


2007.07.28


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