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litchi sorbet / Sugito Tatsuki







ジョミーはブルーの頭部に何よりの価値を置いていた。
首より上か下か、どちらか選べ、と言われたら、少し迷ってから、頭をとる。
そこにはジョミーの大好きな、赤を透かす透明な瞳が、きれいに収まっているからだ。


あなたの髪に触れて、
あなたの頬を撫でて、
あなたの唇に歯を立てて、
あなたの瞳に舌を這わせて、
あなたの耳をなぞって、
あなたの首を包み込んで、
あなたの頭を抱きたい。

あなたの頭部を愛したい。

いつだって好きにしたいから、
いつだって傍において、
そうして、いつも愛したい。


だから、頭だけで良いから、いつまでも残せたらいい。



彼の瞼は下りていて、けれどその内にはあの美しい眼球が嵌って、しっかり護られているのだと思うと、ジョミーはとても愛しくなった。
かかる髪を払って、あらわにしたその上に指をすべらせると、弾力ある抵抗が、薄い皮膚の下のなめらかなかたちを思わせる。

もっと知りたくて、唇を寄せた。
閉じた瞼に舌を這わせてかたちをなぞる。それから、そっと、歯を立ててみた。痕などつかぬように本当に気をつけて、そっと皮膚を押した。



衝動は、否定しきれない。
ジョミーは心の底で静かに熱を保つ欲求を抱いた。


このまま、食い破りたい。



歯を立てたら、どうだろう。
表面がつるつるとなめらかなことはよく知っている。何度も舌先で触れたことがあるからだ。けれどその中身はどうだろう。噛み砕いたら、どうなっているのだろう。
真っ赤なライチゼリーのように、舌で押し潰したらなめらかにとろけるのだろうか。時折ふるふると揺れるあの瞳は、そんな気もする。
それとも、あるいは時間をかけて凍らせてシャーベット状にしてから、少し贅沢な心持ちで口にするときの、ざらついた食感なのだろうか。どろどろと、溢れるのだろうか。

そうだったら良いなとジョミーは夢想した。ジョミーは幼い時分からライチゼリーが好物だった。安っぽい色合いの、透明なパッケージに包装されたそれが、売り場に照明を受けて整然と並んでいるのを見ると、つい手がのびてしまうのだ。アタラクシアを離れて以来、久しくそれを口にしていないことを思い出して、途端に口寂しくなった。

ゼリーには果肉も果汁も入ってない。その香りの正体は低級脂肪酸と低位アルコールとのエステルに過ぎない。それがジョミーの知るライチ味の主成分だ。
ジョミーはライチの実を食した経験はない。それが小さな球体で、赤く硬い果皮に包まれ、白い果肉を持つということを図鑑的知識として持っているだけだ。
本当に果実から作られたゼリーならば、その色合いは少々黄味がかった白色になる筈で、鮮やかな赤色を呈すわけがない。しかし慣れとは不思議なもので、むしろジョミーは、その毒々しい赤こそが、独特の風味と相まって、抗い難い魅力を構成していると感じる。そうしていつも引き寄せられてしまうのだった。

それを口にする時は、毎回決まった手順を踏んだ。最初にまず、パッケージの上から、ひんやりとした感触を頬に当てて楽しむ。 それから、はやる気持ちを抑えて、ぺりぺりとフィルムを剥がしていく。フィルムを剥がすと、今にも零れてしまいそうに表面張力でもってその表層に留まった汁を啜り、唇と、あるいは舌先で、弾力ある柔らかな感触を楽しむ。口の中には甘酸っぱくて清々しく、少し喉に引っかかる、その風味が広がる。そうしてから、いよいよ歯を立てる。

少しずつ砕きつつ、じっくりと、生温くなるまで舌の上に転がして、全て知り尽くそうとするように細かく押し潰して、名残惜しく思いながら飲み下す。あるいは正反対に、荒々しく、無造作に、はじめから奥歯でもって噛み潰して、冷ややかな感触が内壁に沿って下っていくのをリアルに捉えつつ嚥下する。いずれの方法も、またそれぞれに魅力的だ。さて、どちらをとるか、手を止めて暫し迷ってしまう。

そういう時は、2つあれば何の問題もない。そうしたら、両方が試せるからだ。


もう手に入らないと思うと、何だかそれがとても価値あるものだったように感じて、ジョミーは無性にそれが欲しくなった。こんなことなら、飽きるほどに食べておけば良かった。後から悔やまぬよう、やりたいことは出来るうちにやっておかなくてはいけないのだと思う。



ああ、味わいたい。
合成着色料と化学調味料で作られた毒々しい下品な赤でなくて、正にあなたの血色の、欲しくて欲しくて仕方がない、それを、自分のものにしたい。

つき立てた歯でもって、薄い皮膚を、毛細血管を、眼筋を裂き、あの眼球を、大好きなそれを、
食いたい。




[ あなたを食いたい。 ]







2007.07.23


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