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ヘイトクライム / Sugito Tatsuki







タイプ・ブルーは欠陥品だった。

それ(..)は思った。
とはいえ、それ(..)にはヒトで言うところの意志があるわけではなかった。
それ(..)を何と表す術もなかった。
それ(..)は姿を隠し、命名者たる人類に見出されることを巧妙に避け続けてきたからだ。
だから、それ(..)に名前はなかった。

ある者は、それ(..)の存在を仮定し、それ(..)を便宜上ウイルスと呼んだ。 そう仮定することで、様々な事象がうまく説明されたからである。 ただ、それは未だ概念にとどまり、いかにして実際に観察し証明するか、手探りで解析が進められている最中であった。

それ(..)は、ある論に従って言えば、一定の傾向を持つヒトに寄生するウイルスである。 感染の条件として、身体が虚弱であること、欠損のあることが第一に挙げられるが、 これは必要条件でもなければ十分条件でもない。事例の観察から帰納的に導出した仮説に過ぎない。 言うなれば、ヒトの全てはこれに感染する可能性があると考えるべきである。

それ(..)は、あたかも宿主の欠損を補うかのように、ヒトにヒトの持たざる能力を与える。 他者の思考を読み取る、感情を共有する、触れず物体を移動する、宙に浮く、瞬間移動する、防壁をつくる、衝撃波を放つ。 誤解を恐れずに言えば、ヒトをヒト以上の存在へと高める。
一方で、それ(..)は宿主の精神を次第に侵蝕する。その途中段階にみられるのが、感情過多という特徴である。 宿主は知らぬ間にそれ(..)に思考を乗っ取られる。 それ(..)の望むように動く駒となる。あるいはそれ(..)の堅牢な乗り物となるのだともいえる。

それ(..)に意志を仮定するならば、すなわち、それ(..)の勢力の拡大が第一の、そして唯一の目標である。 それ(..)は宿主を巧妙に操作し──それこそ乗り物のように──、数を増やし、更なる発展を目論む。 それ(..)に寄生された者の行動は全て、それ(..)にとって利己的である。

それ(..)に寄生されたヒトの発現する能力は、現在のところ、個体差が広くみられた。 中でも突出した能力を持つ者は、タイプ・ブルーと分類された。
タイプ・ブルーこそ、それ(..)の望む最終形態であり、最高傑作であり、今後増え続ける成功例なのだと思われた。 しかし、その例があまりに少ないのは、それ(..)の組成が未だ不安定であるために由来するのではなかった。

タイプ・ブルーはそれ(..)にとって望ましいものではなかった。 そのために自ずから、発現する個体数が限られたのである。
そもそもタイプ・ブルーはそれ以外と比較して何か特殊な因子が突然変異的に備わっているわけではない。 逆に、因子が欠落していることこそ、その突出した能力を生む要因なのである。
タイプ・ブルーの備える能力を発現する因子は、それ(..)に寄生された全ての宿主に与えられている。 だが同時に、それを発現させない阻害因子も与えられるために、大抵の宿主はある程度までの能力しか持たない。 タイプ・ブルーの個体はこの阻害因子が何らかの理由によって欠落している。 ゆえに制限を受けることなく、特殊能力中の特殊能力を発現する。

タイプ・ブルーの誇る力は、あたかもそれ(..)が勢力を拡大するに役立つようだが、現実にはそうではない。 むしろ、あまりに突出した力は、それ(..)全体の自滅の恐れをも孕むからである。
それ(..)は、宿主に与える能力を制限することによって、上手くその精神に侵蝕する術を得る。 ゆえに、制限を受け付けないタイプ・ブルーは、それ(..)にとって意識を制御し難い、厄介な個体なのである。
その能力はウイルスをばらまき感染を拡大させるには実にふさわしいものの、それ(..)の乗り物としては扱い辛く、いつ暴走するとも知れぬ諸刃の剣なのだ。

最初のタイプ・ブルーとなった個体は、それ(..)にとって、よくやったと評価されるであろう。
その優秀な乗り物を経由することで、それ(..)は一つの星全体に勢力を拡大することが出来た。 また、星の崩壊から逃れ、宇宙へと手を広げることが出来た。 300年の間、滅ぶことなく着実に、それ(..)が数を増やし得たのも、タイプ・ブルー・オリジン──個体名『ブルー』──の働きのゆえであった。

一方で、この個体は、時にそれ(..)にとって望ましくない行動をとるという問題点があった。 それ(..)は長い時を経てもなお、『ブルー』の意識レベルの底まで到達し得ず、その精神を侵蝕出来なかったのである。
例えば、それ(..)の勢力拡大には役に立ちそうもない失敗作たる個体について、己を危険に晒しても抹殺場面から救おうと試みるなど、『ブルー』の行動は、確かに大筋としては利己的なそれ(..)の目標と合致しつつも、明らかに異なるところがあった。
この問題点さえなければ完璧な乗り物となる『ブルー』に対し、それ(..)は何度となく自由意志を封じ込めようと試みたが、結局成功することはなかった。

『ブルー』はそれ(..)に抗い、勝手な行動を続けるので、それ(..)はようやく『ブルー』を欠陥品とみなし、見限った。

折しもその頃、それ(..)も予期せぬタイプ・ブルーが赤き星の上に続々と発現しており、事態は混迷していた。

それ(..)は、『ブルー』にセットした、緩慢な死のプログラムの加速を開始した。


   ◇   ◇   ◇


ブルーは、事の真相に薄々勘付いていた。己の、また他の仲間たちの行動を観察し、その背景にそれ(..)の存在を見出した。同時にブルーは、自分もまた紛れもなくそれ(..)に寄生されている以上、果たしてどこまでが自分の意志で、どこからがそれ(..)の意志であるのかを明確に意識しなくてはならないと決意した。
それ(..)が己の精神を侵略せんとするならば、対抗してみせると誓った。
自分たちは、それ(..)のための乗り物などではないと、証明しようとした。

ブルーは、どうやらそれ(..)は思い通りにならない自分を殺そうとしているらしいと察した。 ブルーの死はすなわち、ブルーに宿るそれ(..)の死であり、それ(..)の死はすなわち、ブルーの死である。 身体のあちこちに欠落を抱えた自分が、それ(..)を失えば、生き延びる術はないとブルーは理解していた。

決して逃れられない運命共同体に無理心中を図られているわけか、とブルーは苦笑した。
止めようもない最後の手を打たれてしまった。
──だが、そう思い通りになってやるつもりもない。ブルーは思った。
遠くない死の決定した今、それ(..)に対抗するのは最早ただの意地でしかない。 何を生み出すわけでなくとも、ブルーは、己の意志の最終的な勝利こそを求めていた。


   ◇   ◇   ◇


それ(..)の多くを滅ぼすであろう兵器を破壊するために、ブルーが単身で赴く行動自体は、既に『ブルー』の破棄を決定したそれ(..)の意志の通りであっただろう。 また、それは仲間たちを守ろうと望むブルーの意志とも合致していたから、ブルーはそれ(..)の計略に乗ってやることにした。
ブルーは、既に加減のきかなくなりつつあるその能力をある限り表出し、目的を達せんとした。

それ(..)の意志は、『ブルー』を代償としての、脅威たるメギドの破壊であった。
ブルーの意志は、これに加えて、もう一つの目論見があった。

国家騎士団メンバーズ・エリート、キース・アニアンである。


あの地球の男──利用させて貰おう。

他でもない、自分のために。
自分の望む、自分(..)への、ささやかな──復讐、あるいは

──反逆のために。


   ◇   ◇   ◇


思惑通り、自分を追ってメギド中枢に現れた男の姿を捉えて、ブルーは勝利の歓喜にうち震えた。 あたかも己の宿すそれ(..)が、動揺し、混乱し、敗北の屈辱に打ちのめされる様を感じ取れるようだった。

ブルーは己の内のそれ(..)に語りかけた。


──どうだ、悔しいか? そうだろう、お前は後悔している、僕を道連れとするために、己の死を絶対不可避にプログラムしたことを。残念だったな。

最早お前は、あの男に乗り換えることが出来ない(................)
僕を足掛かりにすると同時に乗り捨てて、あの男に、地球に最も近いあの男に、乗り換えることが出来ない。
ほら、実に理想的な、頑健な肉体と影響力ある地位を備えた乗り物候補が、食ってくださいと言わんばかりに警戒心なく近づいてくる! 
奇跡的なチャンスを、お前はこの場にあって目の当たりにしながら、為す術なく僕と共に滅ぶしかない。
もし死のプログラムを走らせていなければ、僕を使ってここであの男に接触し乗り換えられれば、お前たちはあっという間に地球中枢に蔓延し、勢力の全盛を謳歌出来ただろうに! 
メギドを止める必要すらなく、「一人でも多くのミュウが生き延びる」なんて、ささやかな目標に留まらず、ヒトの全てを支配出来ただろうに!

ああ、全く、傑作じゃないか。
僕は最後の最後に、お前に一矢報いることが出来たというわけだ。
僕にこの力を与えてくれたことには感謝するが、こちらも黙って侵略を受けるばかりではない。
これから滅ぶお前に警告してもまるで無意味だが、一応言っておこう。思い上がるな。
僕だけではなく、ジョミーも、他のタイプ・ブルーも、仲間たちも、大人しくお前たちの乗り物には留まらない、彼らは皆、何にも蹂躙されることない意志を携えている。

何だ? そっちも対抗する気か? やれやれ、本当にただの意地の張り合いだな。300年も共にしていたけれど、今はじめて、ほのかに親近感すら覚えるよ、お前には。
せめて苦痛を得て死ねと、僕に防壁を張るための力を使わせないというのなら、残念ながらそんなもの、つまらない嫌がらせ程度の意味しかない。
僕の痛覚は多くが失われているし、たとえ身体に穴が開こうと眼球を潰されようとも、今更何を拘ることがあるだろう。
それより気をつけたまえ、うっかり僕がメギドを破壊する前に殺されてしまわないように、適度な防壁は必要なのだから。


時と場面が許されるなら、声をあげて存分に笑いたいところだ。
己の果たすべき役割を全うし、自分の意志の存在を最後に確信出来た。
望み続けたかの地を瞳に映せなかった代償としては──十分だ。


   ◇   ◇   ◇


それ(..)の全体像は未だ不明である。
果たして、それ(..)に寄生された者が己の意志だと信じているものが、本当に紛れもない本人の意志で、それ(..)の影響を受けていないと、断言することが可能であるか、これは非常な難題であるといえよう。

ただ、問題を本人のみに限って言うならば、自分の意志を最後まで保ち得たと確信して逝った者は幸いである。

彼の世界は彼の認識の上にこそ存在する。
彼の信じたものこそ、彼の真実なのだから。




End.















#17ブルー補完しかし前置きが長い。適当な設定を作りましたが、結局要約すれば、「キスブルは一方通行」で!


2007.08.20


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