単純接触効果 スペクトル / Sugito Tatsuki
あなたは僕の支えだから、どうあっても失くせない。
あなたに僕を見て欲しい。
あなたに僕に触れて欲しい。
あなたに僕を感じて欲しい。
僕は、あなたの内に情欲を吐き出すのが目的でこうするのではない。
あなたを感じさせたいのだ。
いつだって不安だった、あなたはちゃんと感じているのかと。
あなたに、他の誰に対しても持ち得ない、特別な感情を、沸き起こらせたい。
僕のためだけの思いを、向けて欲しい。
奥底から溢れる熱を纏った、とめどない情動を抱いて欲しい。
そうして僕に、さらけ出して、ぶつけて欲しい。
口に出して言って欲しい。
"お前が嫌いだ"と。
どうしたら僕を嫌ってくれるだろう。
あなたは僕が何かするたび、それが何であろうと、心の底から喜びを得る。
飽きず感嘆し、その内は歓喜に満ち溢れる。
あなたは言う。
あらゆる行動――すなわち、「死体には出来ない」全てのこと――をするのは、
君の生命の証で、君がこうして存在することが確かに分かって、とても嬉しいのだと。
素晴らしく肯定されているようで、それは真実のところ、非情なまでの否定だ。
要するに、何をやっても同じなのだ。
あなたにとって、僕が何をしようと、いつも同じ感想しか持ち得ないと宣言されているのだ。
結局、僕の意志も行為もあなたの手の内にあって、その内容はどうだって良くて、僕はただ生きてさえいれば良い。
それであなたは満足してしまう。
何をするのも同等に無意味にして無価値と言われているのだ。
こんなひどい話があるだろうか。
例えば、僕があなたに特別な感情を向けられたいと願っても、どれだけ欲しても、
あなたが僕に与えてくれるものは、きっちりこれだけと決められていて、それ以上はどうあっても手に入らない。
決して僕に、近づかせてはくれない。
あなたは常に一定だ。
あなたはいつも同じだけ、僕を愛していると言うのだ。
僕の努力も働きかけも、あなたを変えるには至らない。
あなたは全てを受け容れる振りをして、全てをはねのけている。
あなたが怒らないのは、そういうわけだ。
僕は、あなたにひどいことをする。
あなたを気遣いもせず、きつく拘束して、力任せに押し拓いて、身勝手な情動を突き入れる。
そんな僕を、あなたは叱責しない。
身体的反射はあっても、あなたは決して、意志でもっては拒まない。
あなたが痛いとか、苦しいとか、一度でも口にするのを聞いたことがない。
あなたの様子を観察すれば、どれだけ察しが悪かろうと、そんなこと易々と見て取れるのに。
きっと感じている筈のものを、あなたは僕に見せてはくれない。
僕の行為に見合った反応をちゃんと返して欲しくて、これまでにないあなたを見せて欲しくて、
どうしたら良いのだろうと思いながらあなたに触れて、やり方が分からないなりに手探りで、
色々なことをしてやった。
けれど、それでも、あなたは変わってくれない。
僕を嫌って欲しいのに、強く憎んで欲しいのに、
他とは全く異なるベクトルで、僕にだけ、烈しい情動を、突きつけて欲しいのに!
僕をどう思っているんだ。
今の僕は、あなたにとって望ましいのか、そうでないのか。
あなたは本当は何を感じ、何を思っているのか。
上手く遮蔽しているのだと思った。
だから、その頑なな防壁を、理性を突き崩してやれば、奥にあるものが分かると思ったのだ。
少しだけ胸を痛めながら、あなたを傷つけた。
あなたが悪いんだ、あなたがちゃんと僕に開示しないからいけないんだと、
自己弁護しながら。
僕は焦っていて、そして飢えていた。
欲しくて欲しくて、貪欲にも求めて已まず、渇望のままに、あなたに迫った。
何でも良かった。
与えてくれるなら、何だって良い。
罵倒でもいい。
拒絶でもいい。
軽蔑でもいい。
苦痛でいい。
あなたの真の情動を、僕に、捉えさせてくれ!
◇ ◇ ◇
その頃の僕は、自分のことだけしか考える余裕がなくて、何とか楽になるために必死で、
だから、気付くことが出来なかった。
あなたが僕の背中に傷を残していたことなんて、知らなかった。
あなたがちゃんと、その時々で精一杯、僕に応えていたことなんて、知らなかった。
あなたが僕の切望を知らなかったわけがない。
あなたは全てを理解した上で、最も望ましい道をとっていたのだ。
一度だけ、あなたが「すまない」と言った。
その時は聞き流していた、ただ一言が、今こそ胸に突き刺さる。
あなたは既に、答を与えていたのだ。
――望む反応を返してやれなくて、すまない、と。
あなたに自らそんなことを言わせた、そして、それなのにずっと気付かぬまま、
理不尽な思いをぶつけ続けた、僕はあまりに幼かった。
今なら、今だったら、心からあなたを抱けるのに。
あなたを傷つけ、苛み、追い詰めてやろうとする衝動任せではなく、
ただ、欠落を埋めるように、思いを重ね合わせるように、指を絡ませることが、出来るのに。
あなたから奪って得ようとするのではなくて、
僕の全てを、あなたに差し出すことが、出来るのに。
あなたは僕を信じていた。
だから、僕の行動について何も口出ししなかったのだ。
僕が、あなたを基準としないように。
あなたの顔色を伺って、
あなたの意見に追従して、
あなたの影を追って、
そうして自己を失わないために。
僕を、突き放した。
僕にはそれが出来る筈だと、確信していたのだ、あなたは。
その通りだった。
だから僕は、今、こうしてここに、役割を果たす立場にある。
確固たる意志を備えていると、明言することが出来る。
僕がこうなる、そのためになら、あなたは、自分自身を犠牲にしても良いとしたのだ。
僕から、どれほどの勘違いによる不条理な情動をぶつけられても、構わないとしたのだ。
何も分かっていない愚かな子だと、蔑んだだろうか。
こんな者を選んで失敗したと、嘆いただろうか。
――辛かっただろうか。
失ってしまった、あなたにはもう、問うことは出来ない。
本当は、あんな僕を、どう思っていて、
あの時は何を感じていて、
どんな風に、僕を、
――愛していたか、なんて。
あなたは隠していたかも知れないし、それか、
元から何一つ感じていなかったかも知れない。
それでもいい。
あなたの優しい思いが、今はもうない筈の、あなたの温もりが、
今なお僕を包んで癒す。
あなたが僕を信じてくれた、ただそれだけを確かに知って、
僕はあの、とめどない欲求から解放される。
あなたがどれだけ与えてくれていたか、気付いたから、
僕は満たされて、もう決して飢えることはない。
僕は初めて、あなたとひとつになれた気がする。
無理矢理に繋がっても何一つ伝わらなくて、少しも足りずに乾いたままで、
悔しくて悲しいだけだったのに。
だから、この溢れる涙はきっと、喜びと、僅かな痛みとの、確かな証なのだ。
そして僕は、あなたを感じる。
あなたが、僕を、泣かせてくれているのだ。
End.
これもまた最終回を見て勢いのままに。全く内容が即していませんがっ。ジョミブルのつもりだけれどトニジョミでもいけるんじゃないかとか思いました。
2007.09.23
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