saihate no henkyo >> 地球へ…小説



ヘイトクライム / Sugito Tatsuki






※猟奇的およびグロテスクな表現を含みます。ご注意ください。







トォニィは、一度は美しく別れたものの、矢張り大好きなグランパをあんな所に残していくのは忍びなくて、最後に地球を離れる前に、再びそこへ舞い戻った。 グランパと最後のお別れをした時、既に崩壊が始まっていたそこは、最早ひどい有様で、辺りは瓦礫の山がひたすらに続いていた。 元の建造物の原型も窺い知れないその内部で、トォニィはグランパを探し歩いた。

そして、瓦礫の山の中で、間違えようもない、グランパの右手を発見した。 どうやらそれは、高い位置から落下した質量の大きい破片のエネルギーでもって身体から切断され吹き飛んだらしく、引き摺り出してみると肘までしかなかった。 トォニィは少しがっかりしたが、この近くにきっと残りの部分があるのだと、希望を持って辺りを丁寧に見て回った。

気付いたのは、既に赤黒い血液の固まった流れの筋道が、飛び散った脂分でてらてらと光る瓦礫の重なった表層に見て取れたからだ。 その源流が、ひときわ巨大な残骸の下にあることを突き止めたトォニィは、己の特殊能力でもって邪魔なそれをどかそうと意識を集中した。
それはなかなか困難で、ようやく少し動かせたと思った丁度その時、僅かな震動が伝わって崩れた破片がトォニィの頭上に降り注いだ。 トォニィは即座に己の上に防壁を廻らせたが、意識の逸れた一瞬に、せっかく少し持ち上げた瓦礫を取り落としてしまった。 ズリ、と硬いもの同士のすり合わされる嫌な音がして、トォニィはしまった、と舌打ちした。

焦燥を抱えながら、あらん限りの力でもって、急いで瓦礫をどける。 肩で息をしながら、その下を覗き込むと、果たしてそこには求めたものがあった。 ジョミー、とトォニィは感極まった声で呼び、その瞳は安堵の涙に濡れた。

元は壮麗な階段であった筈の残骸にぶちまけられ、へばりついた血肉はペースト状になっている割には量が多く、訝しんだトォニィは、 見慣れぬ布地の切れ端を目にして、ようやく、ここにいたのが愛するジョミーだけでなかったことを思い出した。

どこまで邪魔するんだと、トォニィはあの男と自分との深い因縁を思った。 いくらグランパに諭されたとしても、矢張りトォニィはあの男に良い感情は抱けない。 過去の話を別にしても、ジョミーが最後にその瞳で見て、そんなジョミーを最後に見ていたという、ただそのことだけで、トォニィは自分のものを横取りされた悔しい嫌な気持ちがして、憎々しいあの男への嫉妬で腹が煮えくり返るようだった。

トォニィは、その二人分の体組織の入り混じってすり潰されたものの上に降り立つと、躊躇いなくそのペーストに両手を突っ込んだ。 そして、割れた骨の破片があたって、硬い感触が混じるそれを、指先で丁寧に選り分けていく。

これはジョミー、
これもジョミー、
これは違う、

呟きながら、ジョミーでない不要な分は触れるのも汚らわしい思いでその辺りに振り捨てる。 かがみこんで、トォニィは一心にその作業を続けた。

どれだけ時間が経っただろう、しかし、あまりに細かくすり潰されて入り混じった彼らを完全に選り分けるのは 想像以上に難儀なことで、やれどもやれども終わりが見えない。 それに時折、上のほうから瓦礫の破片が落ちてくるから、その度に作業を中断しなくてはいけない。
トォニィは思った。
こんなこと、やってられるか。
単純作業に没頭するのはある面で楽しいことだけれど、それが無限に続くと思うと途端に苛々としてくる。

トォニィは若者らしい切り替えの早さで、すっぱりと諦めた。 ただ、最後に惜しむように、もうジョミーなのかそうでないのか分からない血肉のペーストを、泥遊びする子どものように かき回して、愛しく両手にこすりつけた。

それから身を起こすと、ひとつ伸びをして、さて帰ろうかと大穴の開いた天井を見上げる。 軽やかに地を蹴って飛翔したトォニィは、ふと目の端に気になる輝きを捉えた。 おや、と思い、方向転換してそちらへ飛んでみる。
そこにあったものを見て、トォニィは今度こそ、声もなく歓喜した。

それは、とても安らかな表情をして、まるで良い夢を見て眠るような、ジョミーの切断された首だった。

そういえば、さっきのあれにジョミーの眼球や脳の欠片は混じっていなくて、どこにいったんだろうと思ったけれど、 こんな離れたところに跳んでいたんだ、とトォニィは物体の質量と速度の生む力の公式を想起して 改めて感心した。 身体の方はあんな具合になっていたのに、首は殆ど傷もなくきれいなもので、トォニィは 奇跡的な確率をもたらした、その時のあらゆる物体の運動に心からの感謝を捧げた。

はやる気持ちで拾い上げようと手を伸ばし、しかしその白い頬を血肉にまみれた手で汚してしまうのも躊躇われて、 トォニィはその辺の岩に手をなすりつけてピンク色の軌跡をつけると、あとは適当に自分の服で拭った。

そうして、いよいよグランパの美しい首を持ち上げる。 指をくすぐる金髪は柔らかで心地よく、梳いてみればさらさらと流れ、こんな薄暗い所でもきらきら光って太陽みたいだ。 あの深い色で、悲しくも強い意志の光を宿した瞳は隠れていて、けれどそのためだろうか、 軽く閉じた瞼の長い睫毛、微かに笑っているような形の良い唇、こうしてみるととても幼い少年の顔だ。

戦いを終えて、重々しい補聴器も外して、もう心を痛めるものから、最後に解放されたのかなとトォニィは思った。 もう、泣いていなければいいのだけど、と思った。

そして、いま一度ちゃんと頭を支えると、薄く開いた唇に、そっと唇を重ねるのだった。



かくして、世界は次の世代へと受け継がれ、歴史は繰り返される。




End.















最終回は実に妄想意欲を刺激してやみません。そしてヘイトクライムシリーズがここまで続くとは思わなかった。 むしろサロメジョミー以降は単なるご遺体愛好会になってますがっ。


2007.09.24


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