王さまと3人の料理人 / Sugito Tatsuki
王さまだって、食べなければ、生きていけません。
あるところに、王さまがいました。まだ若いながら、立派で、強い王さまでした。
王さまはとても忙しくて、あれやこれやの仕事に追われ、ちゃんとした食事を摂ることもままなりません。心配した家臣たちは、せめて少しでも王さまに休んでもらって、楽しみを差し上げようと考えて、3人の料理人をお城に招きました。この3人というのは、それぞれ、てんでばらばらのところから呼びよせられたので、色々な料理で王さまを楽しませることが出来るだろうという考えでした。
「さあ、がんばって王さまを喜ばせて差し上げろ。王さまが一番気に入った料理を作ったものには、宝物をやるぞ」
第一日目、3人の料理人のうち、誰が作るかと家臣が問いかけると、一人が名乗り出ました。
この料理人はお金持ちを相手に料理を作ることが専門でしたから、自信満々で、宝物をもらって帰る算段をしていました。
料理人は、お城の誰も見たことのないような、あらゆる高級な珍しい材料を使って、それはそれは手の込んだ豪華な料理を作り、王さまに奉げました。
でも王さまは、「そんな時間はない」と言って、フルコースの料理をすべて見ようともしないままに、料理人を追い出させてしまいました。
第二日目、2人の料理人のうち、どちらが作るかと家臣が問いかけると、一人が名乗り出ました。この料理人は、一人目の失敗を聞いて、心の中で笑いました。(ばかだなあ、王さまはそんな贅沢品、食べ飽きているさ)
料理人は、自然のままに育てられた野菜を中心に、食材本来の味をいかして、質素で健康的な料理を作り、王さまに奉げました。
でも王さまは、その料理のトマトを一目見るなり、「これは本物じゃない」と言って、少しも口にしないままに、料理人を追い出させてしまいました。
最後に残った料理人は考えました。はじめから自分の出番はないだろうと思っていた料理人にとって、先の二人が追い出されてしまったのは、たいそう驚くことでした。
料理人は、食事に楽しみのない王さまはとてもかわいそうだと思っていましたので、何とか自分が喜ばせて差し上げよう、と思いました。
そこで、お城の人々に、普段の王さまのことを詳しく聞いて回りました。
王さまは王さまの仕事にとても熱心であることや、ほっと一息ついて心を休ませることもないことや、これは詳しくはわからなかったのですが、ひどく辛い思い出が王さまを悩ませているのだという話も聞きました。
「王さまはいつも、何を召し上がるのですか」
「そのとき一番早く出されたものを、何だろうとお取りになるよ。ああ、でも時々、ご自分でシリアルを用意なさることもある」
あの人は味覚が子どもなんだ、いつもいつも同じラズベリーシリアルばかり、と人々が嘆くのを聞いて、料理人はひとつのアイデアが閃きました。
王さまは食事にこだわりがないのではありません。王さまが自分で選んで口にするものに、王さまの本当の気持ちがあらわれているのだと、料理人は思いました。
料理人は早速材料を取り寄せると、支度にかかりました。
第三日目、3人目の料理人は、作った食事を持って、王さまの前に進み出ました。
料理人はここで初めて、王さまの姿を見ました。そして、噂に違わぬあまりの美しさに、一目で心を奪われてしまいました。
その麗しさは、着飾った美姫がいくら並んでもかなわないほどで、まぶしく光り輝いています。
王さまはまだ少年といっていいくらいに年若く、すらりとしたからだを赤いマントに包んだ格好は、いささか大仰すぎるようにも見えます。王さまの頭にいただく白銀の冠は、その細い首には少々重たそうです。
けれど、その身から伝わる迫力は、決して内と外が不釣合いだとは感じさせないのです。
王さまの立つ姿は堂々として勇壮です。その前には百獣の王すらひざまずくでしょう。
王さまはその整った顔立ちに、喜びも苛立ちも何ら表情を浮かべずにいて、それがまた、ぞっとするくらいにきれいなのです。
その瞳は、強く世界を見据えていました。
王さまの大きな瞳は深い緑色で、光を受けて輝くようすは緑柱石みたいにきれいです。まばたきするたび、長いまつげが影を落として、きらきらと不思議に光が揺れます。夢のようなその美しさは、きっと、ありとあらゆる財宝を集めて飾り立てた豪華な広間にあっても、ひときわ人々の目を引くに違いありません。
雪花石膏(ほどの白い肌に映える薔薇色の愛らしい唇も、陽光のようにきらめくつややかな黄金の髪も、王さまの姿はまぶしいくらいに清らかで優しく、まるで昔の人が描いた絵画に出てくる天の御使いのようです。
ただ、その瞳は、人を気安く寄せつけない高貴な威厳と、人々を導く強い力を宿していて、王さまを確かに王さまと感じさせます。その目はきっと、王さまの乗り越えたいくつもの辛いことたちが作ったのだろうと、料理人は感想を持ちました。
王さまは家臣に促され、面倒そうに席につきました。お疲れなのでしょうか、気だるげにため息をつく伏し目がちの王さまは、そんな陰のある姿もきれいです。
第一日目も第二日目も、欲しくもないものが出されて、王さまももう、あきあきしているのだ、と料理人は思いました。そして、自分の料理を王さまはどんな風に思ってくださるだろうかと思って、どきどきと緊張するのでした。
「消化吸収して必要なだけの熱量が得られれば何だっていいんだ」
こぼした王さまの声音は、木洩れ日の降り注ぐ静かな森の小鳥が遊ぶ澄みきった泉か小川のせせらぎのようで、若々しくもどこか深みのある落ち着いたものでした。
でも、何でもいいなんて、そんなことはないはずだと料理人は思いました。
(だって、ラズベリーシリアルをいつも召し上がるのは、そうでないといけない理由があるからなのでしょう)
王さまはちらりと料理人を見やりましたが、何も言わずに視線を卓上に戻しました。
料理人の差し出した皿はただ一つだけで、とても小さく、家臣たちは首をひねりました。料理人は、気持ちを落ち着かせると、覆いを取り去ってそれを王様へお見せしました。
周りの家臣がざわめきます。
それは、グラスになみなみと注がれた、ジュースでした。
黒すぐりと、5種類のベリーの新鮮なジュースは、紅玉(よりもざくろ石(よりも深い深い赤色です。たった今つぶされて混ぜ合わされたばかりの果実の甘い香りが、辺りにふわりと広がります。
あっけにとられていた家臣たちは、こんな料理があるかと料理人に詰め寄ろうとしました。しかし、何か思いふけるようにじっとそれを見つめる王さまの判断を得てからにしようと、思いとどまりました。
王さまが即座に判断を下さなかったのは、これが初めてだったのです。
料理人も、家臣も、固唾を飲んで、王さまの言葉を待ちました。
料理人は、王さまがそれを見て何か思いをはせているらしいだけで、嬉しく感じました。
そしてできることなら、王さまが少しでも喜びの表情をあらわしてくださったら、それはもう料理人として一番の幸せだと、心から願いました。
さて、ここで、王さまの大事な、そして少し辛い、昔の話をしなければなりません。
王さまは、生まれたときから王さまだったのではありません。王さまもずっと昔は、外で元気に遊びまわるやんちゃな少年だったのです。
王さまは今のような王さまになるまでに、たくさんの大切な人をなくしてきました。
大切な人をなくすごとに、王さまは王さまになっていったのです。
王さまには、王さまを慕うみんながそれぞれに大切でしたが、中でもひときわに、特別に大切な人がいました。
その人は、からだがうまく動かせないために、ほとんどいつも、その人のための大きな部屋のベッドに、ひとりでいました。王さまは、その人がさびしいといけないから、できるだけの時間を一緒にいてあげたくて、たびたびその人を訪れるのでした。
一緒に庭を歩いたり、かわいらしい花々を見て笑いながらお喋りをしたりといったことはできないけれど、王さまはその人を心からかけがえなく思いやっていて、大好きでした。
その人は、ずっとほしいものがありました。もう長いこと、さがし求めていたのですが、まだそれを手にしないうちに、その人は倒れてしまったのです。王さまは、その人のために、自分がそれをさがしあてて、その人にあげる約束をしました。
王さまはその人に喜んでほしくて、そしてどうにか、元気になってほしかったのです。
王さまは王さまとしてがんばって、その人の願いを叶えてあげようと決めました。
そのためなら、どんな辛いことだって乗り越えてみせると思いました。
その人に喜んでほしくて、王さまは一所懸命、がんばりました。
はじめのうち、王さまの仕事がまだうまく出来なくて、失敗をしてしまうこともたくさんありました。
思い悩むとき、苦しいとき、王さまはその人の前でだけ、正直な気持ちで泣くことができました。その人の隣でだけ、安心して眠ることができました。
いつだって、その人が、王さまの支えだったのです。
王さまがその人のところへ行くと、その人は王さまに、赤い血をくれました。
王さまはその人の全部が大好きで、中でもきれいな目をこよなく愛していましたので、瞳と同じ色のそれを、喜んで唇で受けて、ていねいに味わいました。
代わりに王さまは、愛しいその人に、王さまの特別な白いミルクを飲ませてあげました。
それは王さまの知っている、一番の好きな気持ちの伝えかただったからです。
お互いのさし出したものが、まじりあい、色を変えて、やがて一つになると、幸せで、王さまもその人も、どこまでも透明な涙を落としました。王さまはその人の瞳に、優しいキスをしました。そして、しっかりと抱きしめました。その人がよそへ行ってしまわないように、悪いやつにいじめられないように、守ってあげたくて、しっかりと抱きしめました。
そうして、二人はとても深いところで、強く結ばれていたのです。
王さまはその人がとても大切でした。
心の底から本当に、大好きでした。
それは今だってそうなのです。
大好きなその人が死んでしまったとき、王さまは泣きませんでした。
嘆いたり、悲しみにくれることもありませんでした。
なぜなら、王さまにとって、その人は死んではいないからです。
王さまは、その人をなくしてしまったら、自分はもうばらばらになっておかしくなってしまうと知っていたので、自分にうそをついたのです。
本当は、その人は死んでしまって、思い出の中で生きることもできないほど遠く、ひきさかれてしまったと、よくわかっているのに、王さまは、心の中にその人が生きていることにしてしまいました。
こうして王さまは、がんばってやってきたのです。
ただ、王さまは約束を守って、その人がほしかったものを今もさがしているけれど、あげたかったその人はもういなくて、さびしさに時々、たえられなくなります。そこで、その人を思い出して、たびたび食べていたのが、ミルクをかけたラズベリーシリアルでした。
長い沈黙のあと、王さまはふと長いまつげを伏せると目を閉じ、そしてまた開きました。
王さまは椅子から立ち上がり、ひとこと、
「赤は嫌いだ」
と言い残すと、真紅のマントをひるがえして立ち去りました。
料理人は、その優雅な後姿をいつまでも、いつまでも見つめていましたが、家臣たちによってお城から追い出されてしまいました。
このお話からわかるように、みんな生きるためには、食べるということがとても大事なのです。
[ おしまい。 ]
いろいろと夢見がちだけれどエセ童話だからまあいいやと思います。シン様が麗しすぎるからいけない。
2007.09.28