或る君主とその隷属者――謁見の間で――
白亜の宮殿である。清らかな光の注ぐ、気の遠くなるほど高い天井へとのびる円柱も、重厚な装飾の施された壁面も、艶やかな白大理石の床も、眩いばかりにきらめき、高潔にして荘厳なる宮殿を構成する。
宮殿の主たる王は全てを支配する。
黄金の玉座は優美な曲線を描き、品よく組み合わされたオパレッセントガラスの淡い輝きを纏い、君主の崇高なる美を高める。宮殿の中心、すなわち世界の最高位に君臨した王の緑柱石
の瞳はおよそこの世のあらゆる事象を見据え続ける。
王の心臓は冷徹にして感動を持たぬ。ゆえに、王は王であった。
奴隷は王の足元に跪く。御脚に接吻を寄せるを許されし、かの者は幸いである。かの者はその身に負いし罪業のゆえに身分を貶められ自由を剥奪されたものではない。自らの望みによりて、隷属者たる地位を得たのである。
下賤なる隷属者に目もくれぬ王の身は上等の衣装により覆い守られる。権威の象徴たる深紅のマントは力に満ちて王の背をしなやかに包み、一分の隙なく纏った衣は叛逆の術をことごとく撥ね退け、その骨は決して砕かれぬ。
対して、隷属すべき者には足を守る軍靴は不要である。腕を負傷より守る長手袋は不要である。肌を覆い護る布は不要である。奴隷はその守るべき理由も価値もない浅黒い肌の全容を晒してしかるべきだ。ゆえに、奴隷の身に与えられしは唯一、その首に廻らす首輪の拘束のみであった。
奴隷は王の若枝に似た脚を隠す純白の長靴の留金を咥え挟み込む。奴隷は王に手を触れることを許されぬ。用いるべきはただ唇である。身じろぎひとつせぬ王の足元で、奴隷は腰を上げた四つん這いでもって、丁重に唇と歯とを用いて金具を外していく。巨大な空間に響くは金属の擦れる微かな音のみである。
もどかしく長靴を外し、現れた白い御足に、奴隷はひれ伏した。畏怖の念に震える奴隷の身のみが、異なる質感でもって白大理石の空間に影を落とす。
奴隷に許されしは、御足の左の親指一本である。奴隷は己の領分に恭しく接吻を幾度か繰り返した後、口腔に含んだ。蕩けるかの滑らかな感触に、恍惚の面持ちを隠すことは叶わぬ。舌先でなぞり、かたちを追い求める。
王の身はひとつも歪なところなく、完全である。欠けるところない奇蹟たる美を誇る。その造形は爪先においてまでも完璧である。王の非情に冷え切った瞳は、幾多の死線をくぐり年月を重ねて君臨せし者の持つ勇壮な威厳に満ちるも、対してその身体は瑞々しい若さに溢れる。のびやかな脚はまっすぐに、爪は乱れなく見事に揃って、醜い変形も濁りもなく柔らかに、生まれたてのように肉のピンク色を透かして初々しい。
奴隷は今や夢中で王の指を吸い上げる。万が一その柔肌に愚者の歯の当たりでもすれば、瞬間、即座に首を刎ねられるは自明である。ゆえに家畜めいた体勢で唇をもって緩やかに締めつけ、舌先を絡ませてかたちをたどる。
啜りきれぬ唾液を見苦しく零し、息を乱す奴隷の痴態を、王は冷笑も軽蔑もなく、全く無感動に見下ろす。浅ましく昂りを覚える奴隷の滑稽な様子は包み隠さず晒される。高く上げた尻は次第に淫らに揺れ始める。
汚らわしいものとして虐げられ、無価値なものとして王の沈黙の視線を受けてこそ、奴隷は歓喜に打ち震え、悦楽に浸る。王の瞳こそが、絶頂へと導く要である。
淫らな水音を立てて指をしゃぶり、奴隷は大柄な身をくねらせた。
王によって己の身が貶められるのが望ましい。己の滑稽な痴態を、高潔なる王がその瞳に映しているのである。何ら情感のこもらぬ麗しき瞳に見下ろされる恍惚に、隷属者はますます肉の芯からの熱情を募らせるのであった。
王の前にあって、己のために手を使うことは許されぬ。肉体で行う動作はまた、その身体を所有する王のもの、その支配下にある。いくらもどかしく大腿を擦り合わせようと、衝動からの解放を許される筈もない。ただ一層に烈しく、王の指を吸い上げるばかりである。
「60秒経った」
頑なに閉ざされていた王の形の良い唇が、淡々とした調子で事実を告げる。天上の美声が発せられるや、控えていた兵士らは両側より奴隷を打ちすえ押さえ込む。下賜された時間を超えてなお未練がましく舌を伸ばす奴隷の汚らわしい唇の陵辱から、王の御脚は解き放たれる。そのまま奴隷は王の前より退場させられる。
続いて現れたのは、奴隷の唾液にまみれ汚された王の御脚を拭い、長靴で元通りに覆う大役を仰せつかり興奮と緊張に呑まれし者であった。
[ 繰り返す。 ]
シン様を褒め称える企画そのに。加えてハーレイが堪らなく愛しい気持ちで出来ています。
2008.01.12
追記::尊敬してやまない、
ppod.のいちい様から素晴らしい作品を賜りました…! 光栄至極ですっ。失った者に囚われるシンハレ、それぞれの失くしたものと欠けてしまった自己像を思わせて、切ない麗しさに打ち震えます。ありがとうございました!