saihate no henkyo >> 地球へ…小説



Autophagy / Sugito Tatsuki







湧き起こる憎悪の念は已まず、激情を発散する先も抑制する術もない。 ただ途方もない憤りが支配する胸の内で、罪人を糾弾すべく咆哮する。 荒れ狂う情動を飼いながら、ソルジャー・シンは脳裏を過ぎる残像に小さく苦鳴をもらした。
確かめるように拳を握る。深淵を映す瞳が睨めつける先は空間ではない。射殺さんばかりの烈しい情動を向ける相手は目の前には存在しない、しかしどこに在ろうと今や思考の全てを占拠する、ただ一人だ。心の底から憎むべきはただ一人に集約される。最も思いを傾けていた、かけがえのない存在を奪われて、決定的な欠落を負ったその瞬間からだった。決して公には表出することなく完璧に遮蔽した内部で、ソルジャー・シンは己の正直な情動に従い、最も憎むべき者を確定した。以来途切れることなく、よく知るその憎々しい姿に囚われ、呪わしい名に苛まれては、衝動の赴くままに幾度も叫びを叩きつける。



お前のせいだ。
お前のせいで彼は失われた。
お前が手を下したのと同じだ。
いくら憎もうと全く足りない。
どうしてお前こそが生きている、 彼が死んだのに、どうしてお前が! 

お前のために全てが狂った。
何もかもがお前のせいだ。
お前がいなければ、彼はこんな惨めなことにはならなかった。
こんなかたちで終わりなどしなかった。

お前など、生まれなければよかったのだ。
生命のかたちをとる前に、消滅してしまえばよかったのだ、
失敗作として、人工子宮に入るより前に! 
罪人め、償え、
その汚らわしい身でもってしても足りないまでに、
罪を贖え! 

お前の下に生きる全ての者たちも同罪だ。
お前たちは彼が必死に生きた間、いったい何を為した? 
お前たちがのうのうとのさばり、
だから彼は已まぬ悲しみに沈み、苦しみ続けることになったのだ。

お前に彼を語ることを許さない。
誰にも許すものか。
彼のことを何も分かっていない愚者が、さも知ったように彼を語る。
そんな辱めには堪え難い。
黙っていろ! 
お前の勝手な都合良い思い込みに満ちた、そんな者は彼ではない。
お前が彼を語る毎に、その一言一句毎に、彼は汚され地に堕ちる。
彼はそんなものではない。
下らない妄言を撒き散らすな、気分が悪い、吐き気がする! 
お前の頭の中に封印して、腐った脳と一緒に墓まで持っていけ! 
彼を思い出すな! 
彼を考えるな! 
認識した時点で、記銘した時点で、想起した時点で、お前は彼を陵辱したのだ。

裁かれねばならない。
まずはお前からだ。
軍勢を率いる、お前からだ。
お前の信念はどこにあるというのだ。
お前にそんな高尚な概念が備わっているものか。
自分の犯した罪の重さも分からないのだから。
今もなお恥ずかしげもなく生を繋ぎ続けているのだから。

お前には頂点たる地位に立つ価値などない。
誰より罪深く、誰より愚かな者が、どうして高潔な冠を戴けよう。
冷静を装うお前の見苦しいあり様を暴露し嘲ってやる。
お前を世界から断絶し、追放してやる。
首を絞めてやる、
骨を外してやる、
あがけ、苦しめ! 

たとえお前が今更死んだところで何も変わらないだろうと構わない。
生起させられた情動は清算しなくてはならない。
せめてお前に己の罪業を認識させねばならない。
そのためになら直接この手を用いることも厭わない。
これは彼を継ぐための僕の義務であり、また、罪を犯したお前の果たすべき責務なのだ。



けれど、切望は叶わない。
彼はお前の死を望んではいないからだ。
何と酷い仕打ちだろうか。
彼は生きろと言うのだ、よりにもよって、その生命を断つ元凶となったお前に! 

まるで見当外れの遺志、しかし僕は従わざるを得ない。
今は彼の遺した望みこそが世界を測る絶対の基準だ。
どれほど望んでも、お前の首に憎々しく手をかけることが出来ない。
彼が愛したお前を、傷つけてはならないと自分自身が制止する。

そうだ、何より酷いのはその一点だ。
それさえなければ、お前など今すぐに、

ああ、何故なんだ、

彼は正に、お前を愛していた! 

だから僕は、お前を赦すことも罰することも出来ずに、
今この時も憎悪を募らせながら宙を見上げる。
ただ深い闇の向こうに、その姿が映り込むのだ。
中身の壊れた、何ら光を宿さぬ虚ろな目をした――

――お前(..)が見える。






ソルジャー・シンは、頬杖をついて物思いに耽るかの風情で自然と己の首にかけた手を、僅か力を込めた後、気だるげに外した。堪えるように握った拳を胸に押し当てると、沈痛な面持ちで目を伏せ、静謐な藍色の闇が支配する空間で独り嘆息する。

ああ、僕は全く、どうすることも出来ない。
彼が愛し、彼に生きることを望んだ者と、彼を孤独な死へと追い遣った者が同一で、
しかも自分自身(....)なのだ。

どうしようもない、愚かな話だ。
殺したいほど憎い相手を内に抱きながら、甘美な自裁の誘惑を振り払い、
最早この手の届かない彼を想って生きるのだ。
苦しみを取り去ることがあなたを忘れることに等しいならば、この苦痛こそが愛しい。
自分は捨てられない、彼の記憶の残るこの身は、
最後までとっておかなくてはならない。

お前(..)に囚われ、
自分自身(....)に囚われ、
そして僕は、

爪の先まで、あなたに囚われる。




End.















シン様の妄想&どこまでも自己完結シリーズみたいです。地球の男のことは眼中にないらしい。


2008.02.10


back