saihate no henkyo >> 地球へ…小説



イデアイントキシケーション / Sugito Tatsuki







彼は人々に、身近に植物を置くことを推奨する。元来、我々の船は、幾度にも及ぶ改造と改装によって、つとめて乗員に有機的心象を抱かせるようにコーディネートがなされている。精神の安定を図るためだ。常に移動を続ける限られた空間内での暮らしにおいて、出来るだけ閉塞感や不安を取り除くようにと、室温、光量、色彩、装飾、調度品配置に至るまで、理想的とされる状態を保っている。植物もその一環だ。緑は心の平穏をもたらす。それは色彩の効果もそうであるし、またその自然な(・・・)形態、曲線の構成する葉や茎、そして香りが――地上を追われた我々に懐かしい安らぎを与える。気付かぬうちに忘れてしまいかけた、大地に抱かれる感覚が、呼び起こされる。地球を思い求める程に望みが叶わぬことを辛く実感する日々に、せめてもの慰めとして、その象徴たる緑に触れる。


彼はヘデラをはじめとする常緑のツル性植物を特に好んだ。長く伸びるそのツルのうねり、絡まる様が、無秩序であり且つ秩序だっていて、この上なく美しいのだと、手ずから水を与えつつ、そっと葉に触れ、何かを感じ取るように目を閉じる。緑に包まれ一体となるその様はまるで一枚の絵画のような調和を醸し出している。



彼の崇高さは見る者に詩人の霊感を与え、その姿を――何かに喩えずにはいられなくさせる。


この上なく丁重に展示された美術品のように、常に薄闇に身を置く彼の静けさは、柔らかな乳白光をまとうオパレッセントガラスの優美な調度品にも喩えられよう。
淡く輝く白い表層が様々な光のスペクトルを内包し、角度によって変化するきらめきを見せる様は実に幻想的な趣があり、彼を喩えたくなるのは誰もに共通した発想といえる。何せ我々の身近に要所要所の照明装置のシェードとしてその繊細な装飾が使用されているから、無意識のうちに目に入る機会が多く、白を基調とした船体同様、我々の象徴と感じるようになっている。指導者たる彼と結びつけるのは自動思考とさえいって良い。

ガラスは確かに美しい。
だが自分はむしろ、遠い過去に地球に存在した、今は失われし分類体系では被子植物門単子葉植物綱に分類される多年草――その純白の花を想起する。データでしか知らないその花が、より彼に相応しいと感じる。

それは何故か――生きているからだ。


彼は殆どの時間を寝台で過ごすことが多くなったから、彼に接する機会の少ない多くの者たちにとっては既に、先を歩み人々を導く力強いリーダーというより、精神的支柱、心の拠り所、結束の象徴とみなされている。だから彼を喩えるに無機物が相応しくとられる――それは彼の人格を全く無視しているというのに。
同様に、植物のひとつの種の観賞用に遺伝子操作を重ねられた結果としての花に喩えようなど、極めて不遜であることに変わりはないが、それでも、彼は似ているのだ。

それぞれ3枚の外花被片と内花被片は限りなく白く、茎から繋がる細い花柄(かへい)に対して大きめのそれは次第に外側に反り返り、自らの重さによって首を曲げた様な角度で花開くと、風を受けてその身をしなやかに揺らすという。記録映像を見ると、それがかつて神聖さを象徴するモチーフとして好まれていたことにも頷ける。俯き思索に耽る横顔の様な儚さが、それを守られるべきものと感じさせる。

そして、その花は見た目の美しさを愛でられるばかりではない。花被の根元から溢れる植物精油は、時にむせ返るほど濃厚な芳香を放つ。自己保存に必要とする虫を引き寄せる術たるそれは、嗅覚においてはるかに劣るヒトにとっても同様の効果をもたらし、多くの者を魅了してやまない。
ただ崇高な美しさを持つだけではない――愛でられるためだけの飾り物ではなく、周囲を引きつける強い力を、生きるための力を、備えている――それが、彼と重なった。



植物と思念を交わすかのように沈黙を守っていた彼が、いつしか長い眠りから覚めるようにゆっくりと目を開ける。その表情は、心なしか憂いが払われた穏やかな様子に見える。

「本当に、植物がお好きですね」
「お前もそうだろう、さっきから頭がユリのイメージで一杯だ」

彼はその花の名を口にした。特に必要な知識でもないのに、これ程多様なイメージを記憶しているなど、余程の関心をもってデータベースを読み漁ったのだろうとでも思われているに違いない。



自分は、ええ、好きですから、と応えた。




End.















アニメのタイトル画面やEDでの植物は意味あり気だという思いです。
ブルーを喩えるならば是非カサブランカで。そしてハーレイ、完全にただのブルー崇拝者です。


2007.05.22


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