――城/地下牢――
地下牢に響くのは、衣擦れの音に、時折の鎖の奏でる硬質の金属音、そして僅かに乱れた息遣いである。
先頃までの、沈殿した地下の空気を切り裂くかのような鋭い擦過音は、既に止み、役目を果たし終えた鞭は牢の隅に転げられている。
今や、その場に在るのは城を統べる絶対者、および、鎖に繋がれた隷属者である。
隷属者の在り様は無惨であった。
仮面舞踏会では、その繊細にして重厚な装飾が誰しもの目を惹きつけ、主の美を高めて犯し難く構成していた優美な衣装も、この地下牢では何ら価値を持たぬ。
かの者の衣装は、振るわれた鞭によって、既に体を為さず、辛うじて薄布を残すばかりの姿で、細い手首を鎖に囚われる。
色素の欠落した隷属者の肌を覆うのは、揃いの黒の下着であった。
細い肩紐で吊られ、胸元から腹部を隠す絹の下着は、豪奢な寝台のシーツの上で暴かれるに相応しい上物であったが、冷え切った石畳の地下牢では、痛ましさを強調する役割しか持たぬ。下腹部を包み護る繊細なレースをあしらった薄布も同様であって、鎖に繋がれた囚われの身にそぐわぬこと、この上がない。
細い腰に装着したガーターベルトは、舞踏会でこそ鮮やかな橙色の靴下を吊っていたが、間もなくその存在意義を失うだろう。繊細に扱われるべき薄手の長靴下は、石畳に直接に膝をつくことなど想定されている筈もなく、哀れにもあちこち大きく破れて、長靴(の脚にまとわりついていた。
最早、地上の華麗なる宴の余韻はどこにもない。
ただ、惨めな姿で拘束されてなお、あえてそこだけ乱されることなく頭部に豪奢な羽根飾りの帽子を被り、紫に艶めく絹の手袋を嵌めた隷属者の姿は、傷一つない白い肌とあいまって、冒涜的なまでに淫猥であった。
がしゃり。
鎖の音が、鳴る。
今一度、拘束の解けぬことを確認した隷属者は、せめてもの抵抗のつもりか、鮮烈な瞳で気丈にも自らの主を睨めつけた。
「王子、……放してくれ」
「……あなたは無駄なことは言わない、賢い人だと思っていたけれど。僕があなたを解放しなくてはいけない理由は、どこにもないよ」
応える絶対者──王子は、僅かたりとも動じた様子を見せぬ。自らは舞踏会の衣装を少しも乱すことなく、頭部には仮面(さえ、斜に装着している。鞭を振るっていたとも思えぬほどに、その立ち居振る舞いは整然として、平静であった。
「それに、自分の意思でついてきたのは、あなただ。まさか本当に、城の中を案内すると思ったわけでもないだろう」
淡々と述べられる事実に、隷属者は返す言葉を持たぬ。己の迂闊さを悔やんでか、唇を噛み締める、その様子を王子は何ということもなしに見つめて、更に続けた。
「むしろ、望ましいくらいじゃないか。あなたが今宵、この城を訪れた目的を考えれば──地上で僕と踊るにとどまらず、こうして地下でも、」
ここで初めて、王子の無感動な緑の瞳に、愉快げな光が灯る。彼は皮肉めいた微笑を浮かべると、「まあ、あなたが踊りたかったのは、僕じゃないほう(かも知れないけれどね」と、本人にしか分からない発言をして無意味な会話を閉じた。
鎖に繋いだ獲物のもとに、あえて石畳に靴音を響かせつつ歩み寄ると、対象は僅かに身を竦めた。そんな惨めな格好では、いくら睨めつけても何の威嚇効果もあるまいが、憤りを宿した瞳はいっそ深紅の色合いを濃くしたようで、王子は宝玉に似たそれをじっくりと鑑賞した。
それから、おもむろに隷属者の白い肩に手を遣り、頼りなく胸元を隠す下着を吊る細い肩紐を落とそうとして──しかし、触れる前に手を止める。
無意識の行動だったのだろう、あたかも純潔の肌に触れることを躊躇うかのような己の指先に、王子は不審の目を向けた。その指先は、確かに硬直し、微かに震えてさえいた。
思えば、この指がかの者の肌を知るのは、これが初めてとなるのだ。豪奢なドレスなど、自らの手でなめらかなベルベットのリボンを解き、シルクサテンのスカートを傷つけぬよう留意しながら、幾重にも重なるパニエの襞の中に手を潜り込ませて脱がせてしまうも容易かったものを、あえて指一本触れることなく、執拗なまでに鞭と短刀で切り裂くにこだわった。
──だから何だというのだ。
王子は今一度、己の指先を叱咤した。けれど、痙攣はやまず、彼は舌打ちをすると、無理やりに開いた掌で隷属者の細い両肩を掴んだ。乱雑な動作で、背後を向かせ、地下牢の石壁に縋りつく格好をとらせて押しつける。抗う力も弱々しい、華奢な背中から腰、しなやかな脚のラインが目に入って、王子は知らず息を吐いた。
改めて、拳を握って確認する。指先の痙攣は、既に止んでいた。
背を向けた隷属者の表情は窺えないが、おそらくは、背後から何を為されるか、不安に慄いていることであろう。その期待に応えてやるべく、王子は掌でそっと、隷属者の腰を撫でてやった。
触るな、と哀願する声が聞こえた気がしたが、構うことはなく、脇腹を撫で上げていく。拘束具が震えて、がちゃり、と音を立てた。
「……あ、っ……」
王子の指先が動くたびに、隷属者の唇からは吐息交じりの声がもれる。既に、下着の肩紐はずり落ちて用を為さず、裾からは無遠慮に侵入した手のひらが柔肌をまさぐっていた。
「ぅ、ん……っ」
背後から抱え込まれるようにされては、いくらもがいても、強引な愛撫から逃れる術はない。せめて声を堪えることも叶わず、隷属者は王子の指に翻弄された。気紛れに首筋に為される口づけに身を竦め、あるいは背を反らすたびに、惜しげもなくオーガンジーのリボンを重ねてボリュームを出した帽子の羽根飾りが大きく揺れ、手首から連なる鎖が無機質な音を立てる。
脇腹を撫で上げながら下着をたくし上げ、あらわになった胸元の尖端を、王子は手探りで丹念に愛撫した。隷属者のそこは、慎ましくも、ことのほか良好な感度を持ち、間もなく王子の指の間で硬く立ち上がった。
焦らすように胸元への刺激を与えつつ、高貴なる陵辱者のもう片手は、獲物のしなやかな大腿を執拗に撫でまわしていた。優美なラインでまっすぐにのびた脚は、常ならば上等の靴下に覆い護られたうえ、幾重にも重なるドレスの襞に隠れ、決して目にすることは叶わぬ。人はせめて、その厚い布の向こうに護られたものの美を想像しては、嘆息するばかりである。
それが今や、脚部が付け根から惜しげもなくさらされ、本来ならば傷ひとつあってはならぬ靴下は哀れにも破れ引き攣れ、最早脚にまとわりつく布切れに相違なく、痛々しい様相を呈するばかりである。
靴下留めはすでに存在意義を失って久しく、それでもなお、律儀にも腰を巡って固定され、四本の細ベルトは先端の留め具に辛うじてぼろぼろの靴下を挟んでいるか、あるいは固定すべきものを失って宙を揺れ動いていた。
白い肌に映える漆黒のガーターベルトは、あたかも拘束具の一環であるかのように見えた。
胸元を責め立てるに満足した指先は、楽しむように獲物の肌をなぞって下降し、いよいよ、最後の領域に征服の矛先を向けた。下腹部を覆う薄布に、場違いなほど冷静な王子の手がかかる。
既に、執拗な愛撫に息を乱し、石壁に縋りつかなくては己の身を支えられぬほどに高められた隷属者は、しかし、ここに来て健気な抵抗をみせた。身を捩って、最後の砦を護らんとする。
「やっ……嫌だ……」
震える喉での懇願は、哀れにも、王子の呆れ声を買うに終わった。
「嫌じゃないだろう。何を言うんだ」
たくし上げられた肌着にしても、破られた靴下にしても、その身に着けるものは細部に至るまで、手ぬかりなく上等であることが一目で知れた。星の欠片めいた小粒の紅玉(を散らし、黒の絹糸で複雑な意匠の縫い込まれた下着一枚で、おそらくは馬車(を買えてしまうだろう。
この靴下留めなどは、華美でこそないが、肌に密着するものだけに上質の素材を使用し、着用者の快適性と見た目の優美さを絶妙に両立させ、決して締めつけることなく、なめらかな肌を万が一にも傷つけたり、無粋な跡を残すことのないよう、丁重に創られた一品とみえる。
ただ、実用品にしては不必要なまでの繊細な装飾が施されているのは、これがあくまでも、第三者に鑑賞された上で取り外されることを想定して身につけるべきものであることを教える。
それらの下着に為したのと同じように、王子の手が、腹から臍を辿って、下腹部の布の間に潜り込む。もう一度、いや、と弱々しい拒絶の声が上がった。
構わず、王子は強引に腰を引き寄せると、逃れられぬよう、己に重心を預けさせる体勢に固定する。下着の中をまさぐり、脚の付け根に指を絡ませる。堪らず、隷属者は脚を閉じて抗った。
頑なな抵抗に、王子は一つ溜息を落とすと、羞恥に染まる隷属者の可憐な耳元に、触れんばかりに唇を寄せて囁く。
「僕に見せるために、身に着けてきたんだろう? 僕に脱がせてほしくて、穿いてきたんだろう? こんな、揃いの靴下留めまで準備して、本当に、あなたという人は──」
「違う……ちが、う、」
「違わない。──いや、違うか。そうか、そうだ。違うんだった」
王子は独りごちると、何事かを承知したように、軽くうなずいた。腕の中の脊椎に沿って、丁寧に口づけを落としながら、呟く。
「あなたは、僕のことが好きなんだ。だからここへ来た。僕に愛されるために。けれど、それは僕のほうじゃない。あなたが好きなのは、ダンスが下手で、ろくにドレスを脱がし方も知らない、あなたに触れることもままならない、そちらのほうの僕だ」
自ら鎖に繋いだ、隷属者の華奢な肢体を、背後から抱きすくめる。それは、これまでの技巧的な愛撫とは様相を異にしているようで、囚われの者は、首を回して肩越しに様子を窺おうと試みた。しかし、己の背中に額をつけるようにして王子は面を伏せていたので、その表情を見て取ることは叶わなかった。
ただ、その豪奢な衣装に包まれた肩が、震えているような気がして、思わず隷属者は声を紡いでいた。
「王子、……」
「いいよ。ジョミーと呼んでも。本当は違うけれど、別にもう構わない。どうだっていい」
「……ジョミー」
仮面はもう、要らない。宣言すると、王子は眩い金糸に彩られた華美なマスケーラを、惜しげもなく石畳に放り捨て、いよいよ自らの襟元に指をかけた。
「あっ……だめ、そんな…っ」
「駄目じゃないよ。もうこんなに、」
今や、腰を抱え込まれるかたちで、ブルーは背後のジョミーに身を預けていた。ジョミーの指が秘所を攻め立てるたびに、その腕の中で細い肢体がびくびくと跳ねる。
大腿に手をかけて、大きく開脚させられても、最早抗うことは叶わない。ただ、羞恥に頬を紅潮させ、小さな嗚咽をもらすのみである。
「……あ、ぅ…!」
熱を持って疼く己の内側に、ジョミーの指遣いを感じて、ブルーは背を反らした。探られるごとに、未だ長靴を履いたままの脚が勝手に跳ね上がり、役割を失って久しいガーターベルトの留め具が内股を打つ。
密着する肌と肌は、熱く火照って汗ばみ、どちらのものとも知れぬ荒い息遣いと嗚咽が、高揚を加速していく。
「……そろそろ、いくよ」
十分に働かせた指を、ブルーの内側からそっと抜き取り、ジョミーは宣告した。明瞭な応えは返らなかったが、豪奢な帽子の羽根飾りが揺れて、小さくうなずいたのが分かったから、安心してジョミーはブルーを膝立ちの体勢にさせた。
これが紛れもなく優雅な舞踏会の続きであることを証する、優美で華麗な帽子と手袋をつけたブルーの腰を愛しく支えて、ジョミーは今宵の始まりに思いを馳せた。誰にともなく、言葉を紡ぐ。
「あなたは、誰よりきれいだったよ。夕闇のような紫のドレスが、とても似合っていた。僕は思わず目を奪われて、ぼうっと見惚れて、たとえ鐘が鳴ってもこの人を帰したくないと、シンプルにそう思ったんだ。仮面も、ドレスも、靴も、あなたが今夜のために選んで、身に着けてくれた僕への贈り物だと思ったら嬉しくて、だから、全部欲しいと思ったんだ」
目を遣れば、地下牢の石畳には、鞭と短刀によって引き裂かれた衣装の残骸が、あちこちにわだかまっていた。濃紫を基調に、鮮烈な橙色を合わせた優美な生地の切れ端に目を留めて、ジョミーは懺悔するように面を伏せた。
「折角のドレス、駄目にしてしまってごめん。でも、こんな格好のあなたは、なんてきれいなんだろう、……」
それ以上は、言葉を紡ぐことなく、ジョミーはゆっくりと、愛しい人の背中に覆いかぶさった。
石壁に縋って、背後からの衝動に耐えるけれど、所詮は気休めに過ぎない。奥まで突かれるごとに、乱れた声と、鎖の打ち鳴る耳障りな音が反響する。
限界まで追い詰めて突き落とそうというかのような、あまりの烈しさに、呼吸が追いつかない。揺さぶられるたび、無闇に涙がこぼれ落ちる。
力強い律動で追い詰めながらも、優しすぎる指先が、巧みにブルーを誘い、より高みへと導いていく。息を切らして、ブルーは必死にジョミーを呼んだ。そうすれば、確かに縋ることが出来るとでもいうかのように、幾度も続けて、名前を呼んだ。
「ジョミ、っあ、ジョミー…!」
「ブルー……!」
舞踏が最高潮(に至る際の高揚に似た、焦燥感と快楽が背筋を駆け上がり、そして、望むままに、二人は頂点へ達した。
「ブルー、……こっちを、向いて、」
まだ互いに切れ切れの息で、それでも耳に届いた言葉に従って、ブルーは肩越しにジョミーを振り返った。
思いを遂げた余韻のままに、ぎこちなく唇を重ねる。石壁の明かり取りから、二人を祝福するかのように、いつしか清廉な朝陽が射し込んでいた。
絡めた舌が名残惜しげに離れると、ブルーは切なげに溜息を吐き、濡れた瞳で眩しげに、朝陽の射す方を見上げた。可憐な唇が開いて、何事かを伝えんとする。愛しい思いで、見守るジョミーの耳を打ったのは、掠れ気味の声で紡がれる、
「……地下牢に朝陽は射さないな。明かり取りはやはり、塞いでおくべきではなかっただろうか」
という、至って冷静な指摘であった。同意を求めるように、そうだろう? と言って首を傾げるブルーに対して、ジョミーは今すぐ石畳に倒れ伏したくなるのを堪えるのに精一杯であった。
「どうして、あなたはそう、雰囲気をぶち壊しにすることを……ここまで上手く演(ってきたのに、最後の最後に……」
「そうだね。君はよく演っていたよ。実に気高く、美しく、冷徹な王子だった。図らずも倒錯的な興奮を覚えてしまった。こういう行為も、たまには良いものだね」
「それはどうも。僕は、いつあなたがシチュエーションを台無しにする台詞を吐くかと、心配で気が気じゃなかったけれど」
さっきみたいにさ、と愚痴を言うジョミーを宥めるように、ブルーは優しくその頭を撫でてやった。
「だから、殆ど喋らないようにしたじゃないか──もっとも、何か言おうとしたところで、君の指遣いは、僕にまともな言葉を紡ぐのを許してはくれなかっただろうね」
さりげなく、告げられた言葉にジョミーは、ああ、悦かったんだな、と分かって、とりあえずひと安心した。いつも寝台の上では芸が無いと、わざわざ舞台、衣装、小道具を用意し、設定を組み上げて挑んだだけの甲斐は、一応あったらしい。
そんなジョミーの思いを知ってか知らずか、感慨深げに瞼を下ろして、ブルーはしみじみと慨嘆する。
「下着まで奪っても、あえて帽子と手袋と靴には手をつけず、中途半端に靴下を破るのが君の趣味なのだね。また一つ、理解が深まった気がするよ」
「ああそうですよ大好きですよ、萌えて悪かったな」
「すまない、勘違いしないで欲しい。僕はただ、腰に装着して吊り下げるタイプのガーターベルトを身に着けたけれど、もし君が、大腿に巡らせて固定するいわゆるガーターリングに性的倒錯を抱くタイプであったら、と思って少しばかり不安だったんだ。靴下留めを目当てに、もどかしくドレスを剥いたというのに、結果、好みでない方が装着されていたら、きっと萎えてしまって可哀想じゃないか。そんな君の姿を見るのは辛い。だから、君が僕の靴下留めに萌えて、喜んで靴下を破ってくれているのを見て、嬉しくなってしまった」
「……僕はそんなレベルのこだわりはないんですが」
「そうか。それは失礼した。確かに、例えば初心者にはガーターベルトでストッキングを留めたものと、いわゆる一体型のサスペンダーストッキングは同じようなものに感じて萌えられるものかも知れないが、中級レベル以上になれば分かるように、ストラップに留め具そしてそこに被せるリボンが付いているか否かでは、まったく意味が異なってくるといえる。ガーターベルトの大きな魅力の一つが、体勢を変えたときのストラップのたわみ具合である以上、より細分化されたレベルでのこだわりを持っていて当然だ。ただ、正直言って、さすがにそこまでの嗜好になると、僕も少々ついていけないというか」
「レベルを上方修正しなくていいから! ガーターベルトもなんとかストッキングもガーターリングも大好きだから!」
開き直ったように宣言するジョミーを、ブルーはいたたまれないほどまっすぐに見つめ、そして何事かを承知したようにうなずいた。
「それなら、良いものをあげよう」
何かと思う間もなく、ブルーは鎖を鳴らしつつ己の長靴に手をやると、それを脱ごうとする。さして行動の自由を奪うものではないといえ、拘束されたままの手首では手間取るだろうとみて、ジョミーは手を貸して長靴を脱がせてやった。もう片方も、と手を伸ばすが、「こちらだけで良いよ」と押しとどめられる。
いったいどうするつもりか、と訝しむジョミーに、ブルーは長靴を脱いだ己の足首を軽く持ち上げて示してみせた。
その足首には、二本の円環が巡らされている。それだけ見れば、何であるか分からなかったかも知れないが、先程までの遣り取りを思い起こして、ジョミーはすぐに納得がいった。
「そう、ガーターリングだ。念のため、着けておいたのだが、使わないのも勿体ない。折角の機会だ、ちゃんと大腿に装着してくれないか」
押さえるべき靴下ももう無いというのに、ジョミーは神妙に、言われるままガーターリングを取り上げると、ブルーの大腿に巡らせて固定した。濃紺の布地に、上品な金の刺繍が施された靴下留めは、ブルーのしなやかな白い大腿に実によく映えた。これならば、実用的な役割が無くとも、装飾品として十分に用を為すだろうな、とジョミーは感想を抱いた。
興味深げにガーターリングを眺めるジョミーを見て、ブルーはふと、思いついたように口を開くと、
「そうだ。着けたそばから何だけれど、良かったらこれを外してみないか」
と言った。さらには、「それが、装着した者の責任ともいえる。遠慮することはない」などと続けて、妙に熱心に推奨する。
その意図の裏にあるものは分からなかったが、大腿から靴下留めを外すという作業が単純に魅惑的であったために、ジョミーは誘いに乗ることにした。改めて、ガーターリングに手をのばす。
「それでは遠慮なく」
「ああ、待ってくれ。これは指ではなく、口を使って外すものと聞く。僕はてっきり、行為の最初の段階で君がドレスのスカートを捲り上げて中に潜り込み、これを探り当てて口で外すというシチュエーションを要望されると思って覚悟していたくらいだ」
「そんな変態的な行為は嫌です」
応えながら、ジョミーはブルーの大腿に唇を寄せると、律儀にそれを口で外しにかかった。
「……ん、ぅ…」
脚の付け根にほど近い内股を吐息が撫ぜて、ブルーは軽く身を竦めた。石畳に手をついたジョミーが、ひれ伏すように頭を垂れて、己の大腿に口づけている。その様相を、揺れる瞳で見つめていようと試みるが、弱い箇所をジョミーの髪や吐息が掠めるたびに、思わず目を閉じて切ない息をもらしてしまう。
そんなブルーの反応は、顔を上げて確かめるまでもなく、明瞭にジョミーに伝い知れて、いっそうに行為への熱を煽った。外そうと思えばすぐに出来るだろうに、ジョミーは焦らすかのように、ガーターリングに沿って口づけ、あるいは内股を舐め上げ、たっぷりと時間をかけてブルーの大腿を堪能した。
もう片脚も同じようにして、かちゃりと音を立てたガーターリングが外れると、ジョミーは内股に一つ口づけた後、誇らしげに面を上げた。どこか陶然とした様子で目を細めるブルーに向き合い、不敵に微笑んで見せる。
「でも、あなたが望むなら。喜んで」
ブルーは苦笑すると、そんな変態的な行為は嫌だよ、と首を振った。
[ fairy tale. ]
衣装は二人で手作りしました。お部屋も二人で手作りしました。そんな学園祭的なノリでも、本人たちにとっては本物のお城だったのです。めでたしめでたし。
*ppod.いちい様開催のハロウィン絵チャにて繰り広げられた、素敵な情景をノベライズさせていただきました。ご快諾いただきまして心より感謝です*
2010.10.17