単純接触効果 プロトコル -master- / Sugito Tatsuki
静寂と薄闇に抱かれた寝台に、黒のインナースーツ姿のソルジャー・ブルーは随分と長いこと、身体を横たえていた。完全に外部からの働きかけを遮断して、寝室に独り、心身を休ませるための規定された時間を使って、ソルジャー・ブルーは確かめなくてはならない。
頑なに目を閉じ、仰向けになっていた身体を動かして、右肩を下とした横向きの姿勢をとり、交差した腕で両肩を掴み、強く己を抱く。
顔を埋め、──小さく呻く。震える指先は更に力が込められて白くなっている。
何かを堪えるように噤んだ唇が開き、わなないて、吐息とともに微かな声をもらす。
肩を掴んでいた指が、力を抜き、なぞるように二の腕へ、それから肘へと伝い移動する。
そのまま手をすべらせて──右手は再び左肩に、左手は強く握り締めてシーツに押し付けられる。
暫しその体勢をとってから、再び仰向けとなり、肩にかかる手はそのままに、左腕は身体の上を横切って腰の辺りに指がかかる。自らの腕の重みを確かめる意図でそうして、深く息を吐く。
肩にかかっていた右手がふと持ち上がり、指先が頤に触れる。そこから輪郭をたどり、手のひら全体で頬を包む。指先が瞼を撫で、未知なるものの形を捉えようとする動作で、額から唇まで、指を伝わせる。繰り返し、繰り返し、順序を変えて、ゆっくりと形をなぞる。
それから、指は首元へ遣られ──衣の留金に指をかけると、胸元まで引き下げ、自然光に晒されることも最早ない蒼白い肌をあらわにする。
露出した項から首筋を撫で上げると、びくりと肩を震わせ、短い声をもらす。その点を中心に指先を行きつ戻りつさせ、あるいは掠め、敢えて避けて焦らし、あるいは唐突に触れる。
その度に唇は震え、時に上ずった声を呑み込む。
胸の上下する間隔が、確かに早まっている。
右手は首に沿わせたまま、顔を背け、熱を逃がすように火照った頬を冷ややかなシーツに押し当てる。
唇を開いたままに、熱い呼吸を繰り返す。
ふと、今まで大人しく身体に乗せられていただけの左腕がなめらかに動き、着衣の上から、腰をなぞって脇腹を撫で上げる。
あからさまに背が跳ね、高い声が上がる。
これまで、ただ優しく愛でるように、あるいは躊躇いをもって扱うように肌の上を軽くすべらせるばかりであった指が、沿えていた首筋に爪を立てると、それが合図であったように両手が動き出す。
開いた手のひらで身体に密着した衣の上から、腕を掴み、手首を押し付け、胸を圧迫する。また、首元から衣の下に指を侵入させ、直接肌を探り、鎖骨をなぞり、気紛れに爪を立て、引掻く。
ぞんざいに身体を弄ぶ手の動きとともに呼吸は乱れ、吐息の合間には途切れ途切れに上ずった声が上がる。
肌は湿り気を増し、色素の欠落した薄い皮膚はその下の血管拡張を透かして紅潮し、それでも瞼は下ろしたまま、苦悶に息喘ぎ、押し殺した呻きをもらす。
何の前触れもなく、両手が、同時に動きを止める。絶えず続いていた擦過音が已み、訪れた静寂に呼吸音だけが響く。
深く息を吐くと、身体の力を抜き、熱を効率良く発散するために腕を投げ出す。
片手をぎこちなく持ち上げ、呼吸を鎮めようとするように、手の甲を唇に押し当てる。
自分自身を観察するソルジャー・ブルーの内心の目は醒め切っていた。
足りない。
これでは、足りない。
己を繋ぎとめるには、この腕はあまりに無力で頼りない。
触れたい、触れたいと求めるのに、
他者を自分の手足として、自分の延長として、また鏡として、自己を投影して、
そうして手助けとして、
ようやく感覚を掴む。
他者の腕を通して、己を抱く。
他者の目を通して、己を見つめる。
他者の指を通して、己を探る。
他者の耳を通して、己を聞き取る。
他者の舌を通して、己を味わう。
他者の瞳に映る自分こそが自分だ。
自らの瞳の奥を覗いてはならない。そうすれば、光を遮る術を持たぬ透明な瞳は、その奥に何も無いことを明らかにしてしまう。何も捉えられてはいないと。何もかも、ただ通り過ぎるばかりであると。それは自分自身についてすら例外ではない。
鼓動が鎮まったところで、ソルジャー・ブルーは緩慢な動作で腕を上げ、緩やかに己を抱く。
静かに、しかし確かな力を込める。
必要なのだ、おまえ(はまだ、終わって(はいけない、感覚をもっと!
ソルジャー・ブルー、
身体を震わせ、息喘ぎ、涙を流しながら、手をのばし、追い縋って、求めろ、おまえを(、
自分を!(
End.
ブルーにとって"自分"とは何だろう、という素朴な疑問から始まった一連の話の根底がこれ(=一人遊び)というのも相当にどうなのだろう。ブルーは対自分で鬼畜攻めだと思います。
2007.05.30
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