お人形エレンmeets千値エレン









おうちを飛び出したお人形エレンとアルミンは、何もかもが大きな世界をさまよい歩いていました。
(HARU新刊『ドールハウス』未収録部分です)

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きょろきょろと、辺りの様子を窺いながら、エレンは巨大な机の上を進みました。腕の中のアルミンを、しっかりと抱きかかえます。
何もかもが大きな世界では、目の前に現れた鉄の柱や、行く手を阻む木のブロックが、いったい何の家具の一部であるのか、見当もつきません。机でさえ、行けども行けども果てのない、この大きさなのですから、これを収めた部屋、あるいは、家全体となると、どれほどのものか、想像がつきません。途方に暮れるような、あきれるような心地で、エレンは丸太のように横たわる万年筆をまたぎました。
「本当に、何でもでかいんだな……っと、危ねぇ」
足元に気を取られて、危うく、目の前のものにぶつかるところでした。壁際に向けて、エレンの身長の倍ほどもあろうかという本が数冊、無造作に立て掛けられています。アルミンに、しっかり首に掴まっているよう促した上で、その本の脇を、エレンは慎重にすり抜けました。うっかりぶつかって倒し、下敷きにでもなってしまったら一大事です。それでなくとも、大きな音を立てて、かみさまに見つかるわけにはいきません。
エレンに大人しく抱きかかえられながらも、アルミンは、本の方へと軽く首をのばします。
「かみさまも、本を読むんだね。何の本だろう……」
もしかすると、外の世界に関する何らかの情報が書かれているのではないかと、アルミンはその中身を確かめたそうな顔をしていましたが、ここは我慢して貰うことにしました。アルミンが、一度本の頁を捲りだしたら、止まらなくなるということを、エレンはよく知っていたからです。そんなことをしていたら、それこそ、すぐに見つかって、ドールハウスに連れ戻されてしまうでしょう。行くぞ、とエレンは足早に、そこを通り抜けました。

エレンたちが、すっぽり納まりそうなガラス瓶。風呂ほどもあるティーカップ。壁のように聳え立つ置時計。次々に現れる、見たこともない奇妙な品々に、つい気を取られていると、腕の中のアルミンが、あ、と声を上げました。
「前を見て……エレン」
小声の指示に従って、エレンは正面に向き直りました。目と鼻の先で、何かが光を反射しました。よく見ると、行く手を遮るように、大きな透明の板が立っています。アルミンに言われなければ、そのまま気付かずに進んで、ぶつかってしまっていたでしょう。
「ガラス板か? なんで、こんなところに……」
「展示ケース……じゃないかな。だって、ほら、中に……」
アルミンに促されて、エレンは、ガラス板の向こうに目を向けました。台座の上に立つ、ブーツを履いた足が目に入ります。どうやら、ガラスケースの中には、一体の像が立っているようでした。エレンの視線の高さに、ちょうど腰のあたりがありますので、背丈は、だいぶ大きいようです。
何の気なしに視線を上げ、その顔を仰ぎ見て、エレンは声を失いました。ぎゅっと目を瞑って、もう一度見上げます。やはり、見間違いではありません。茫然として、エレンは掠れた声を紡ぎました。
「オレ、だ……」
そうです、ガラスケースの中に立っていたのは、他でもない、エレンの像でした。戦いに赴く姿を切り取ったものでしょうか。兵服に身を包み、濃緑のマントを颯爽となびかせ、両手には一点の曇りなく研ぎ澄まされた刃を構えています。正面を見据える眼差しは、強い決意を感じさせて鋭く、思わず、背筋を正したくさせられます。闘志のみなぎる、精悍な面立ちといい、しなやかに筋肉のついたからだつきといい、お人形エレンよりも、いくらか年長に見えます。大地を踏みしめて立つ、それは、立派なひとりの兵士の像でした。
「格好良いね、エレン……」
腕の中で、アルミンは像を見上げ、陶然とした様子で呟きます。頬をほのかに染め、瞳をきらきらと輝かせているように見えるのは、エレンの気のせいでしょうか。素直な憧れに満ちた表情は、もしエレンがそれを向けられたのであれば、少しくすぐったくも、悪い気はしなかったでしょうが、今アルミンがそれを向けているのは、エレンであってエレンではないものです。複雑な心境で、エレンは自分と同じ顔をした像を睨め上げました。
「でも、なんだって、オレがこんなところに……」
仰ぎ見ていると、立像の彼の方も、こちらに気づいたようです。正面を見つめていた緑瞳が、ふと、足元へと視線を動かしました。二人の姿を認めて、ん、と訝しげに眉を寄せます。
「なんだ、お前ら。ずいぶん、ちっこい奴らだな」
「ちっこくねぇよ! お前がでかいんだ!」
「ぴーぴーわめくなよ、ちっこい奴」
わめいてねぇよ、とエレンは声を荒げました。自分自身に向かって怒鳴るというのも、不思議なものです。食って掛かるお人形エレンに対して、大きなエレンは、まるで取り合わない態度です。大人ぶりやがって、とエレンは歯噛みしました。
そんなエレンたちをとりなすように、アルミンが控えめに口を挟みます。
「あの、いきなりすみません。あなたは、エレン……なんですか?」
「ん? ああ。そいつと同じ、エレンだ。それで、お前はアルミンなんだよな? なんで、女の格好してるんだ? 抱きかかえられて、どうした、足をくじいちまったか?」
大きなエレンは、アルミンに対しては、からかうことなく、ちゃんと応えてくれました。心なしか、声は優しく、アルミンを見つめる眼差しも、気遣わしげです。どうやら、このエレンも、アルミンには甘いようです。やっぱりオレだ、とお人形エレンは確信しました。
一度に色々と言われて、困った様子ながら、アルミンは一生懸命に答えます。
「えっと、こんな格好ですけど、僕はアルミンです。身体が傷んでしまって、自分では歩けないので、こうしてエレンに連れてきてもらいました。僕たち、かみさまのドールハウスで暮らしていたんです。今日は、初めて、そこを出てきたところで……」
大きいエレンは、ふんふんとそこまで話を聞いたところで、あきれたように溜息を吐きました。
「家出か? おいお前、アルミンを巻き込むなよ」
「巻き込んだんじゃない、二人で決めたんだ!」
どうして、同じエレン同士のはずなのに、そりが合わないのでしょうか。また言い合っていると、どこからか、高く澄んだ声が耳を打ちました。
「どうしたの、エレン? 何かあった?」
エレンは、反射的に、腕の中のアルミンを見ました。彼が喋ったのかと思ったのです。そのアルミンは、目を瞬いて、エレンを見上げています。僕じゃないよ、というように、首を横に振ります。
「今の声……」
戸惑うお人形の二人をよそに、大きいエレンは、ああ、と応じます。
「なんか、ちっこいオレたちが、家出してきたんだとよ」
大きいエレンは、背後に向かって話をしているようです。影になって、よく見えませんが、そちらにも、誰かいるのでしょうか。
声の主は、どうやら、小さな来客に興味をそそられたようでした。
「へえ。ねえ、こっちに回り込んできてくれないかな? 僕も、会ってみたいよ」
「……だとよ。お前ら、オレの後ろ側に回っていけ」
大きいエレンは、顎をしゃくって、背後を示します。何でこんな奴の指図を、とお人形エレンは思いましたが、腕の中のアルミンが、行ってみようよと言うので、しぶしぶ、そちらに足を向けました。それに、あの声の主のことが、少し気になってもいました。
回り込んだところで、エレンたちは、ガラスケースの大きなエレンと、ちょうど背中合わせに、もう一体の像が立っているのを見つけました。その顔を見上げて、ああ、とエレンは声を上げました。思ったとおりです。そこに立っていたのは、アルミンでした。エレンとお揃いの兵服にマント、両手には刃を装備した格好で、凛々しく佇んでいます。柔らかな金髪は風に煽られ、青灰色の瞳は、決意の眼差しで地平線を見据えています。それは、刃に心臓を捧げた、誇り高き兵士の姿でした。
「格好いいな……」
そう呟いてから、エレンは、それが先ほどのアルミンの感想と同じであることに思い至りました。腕の中のアルミンはと見れば、どう反応すればいいのか困った様子で、気恥ずかしげに苦笑しています。
そんな二人へと、大きなアルミンは、青灰色の瞳を向けました。ああ、と嬉しそうに口元をほころばせます。
「本当だ、小さいエレンと僕だね。はじめまして」
大きいアルミンは、やはりアルミンでした。二人に優しく語り掛けてくれます。大きなエレンよりは、小柄で、身体つきもほっそりとしていますが、それでも、お人形の二人にとっては、十分にお兄さんに見えます。アルミンに見下ろされるなんて、不思議な気持ちになりながら、エレンは少し大人っぽいアルミンを見つめました。
大きなアルミンは、お人形の二人に問いかけます。
「君たち、これから、どこへ行くの?」
「外の世界に行くんだ」
胸を張って、エレンは答えました。それが、何もかもを捨てて、二人が家を飛び出した理由でした。その答えは、大きなアルミンも、予測していたようです。そっか、と彼は静かに頷きました。
ガラスケースの中の大きな二人を見上げて、お人形アルミンは尋ねます。
「あなたたちは、ずっとそこにいるんですか?」
「僕たちは、着せ替え人形じゃないから。君たちみたいに、自由に動く関節がないんだ。こうやって、刃を構え続けるのが、役目だよ」
そう語る大きなアルミンには、ガラスケースから出られない自分たちの身の上を嘆く様子はありませんでした。彼らには、彼らの居場所があり、役割があります。背中あわせに立った二人は、どんな巨大な敵にも、果敢に立ち向かって行く決意を感じさせました。それは、お互いに、支え合い、信頼し合う、強い絆で結ばれた同志の姿でした。その場から一歩も動くことはないのに、大きな彼らは、ドールハウス暮らしのお人形よりも、もっと広い世界を知っているように見えました。
憧憬の眼差しで、アルミンは呟きます。
「僕とエレンは、一緒に戦ってるんだね……」
そして、エレンの首に、きゅ、としがみつきました。俯いたアルミンが、何を思っているのか、エレンにはだいたい分かりました。きっと、また、自分を役立たずだの、お荷物だのと思っているのです。そんなことはないのだと、エレンは伝えてやりたいと思いました。だから、黙って、アルミンを抱え直しました。
そんな二人を、穏やかな眼差しで見守りながら、大きいアルミンは語りかけます。
「君たちだって、同じだよ。二人で一緒に、戦ってるじゃないか」
その言葉に、え、と俯いていたアルミンが顔を上げます。戸惑う小さな自分に向けて、大きなアルミンは、優しく頷いてみせました。
「お前たちも、しっかりやれよ」
後ろの大きなエレンも、二人を激励してくれました。お人形の二人は、顔を見合わせて、それから、しっかりと頷きました。いってきます、と、ガラスケースの中の彼らに別れを告げます。
大きな二人から貰った言葉を胸に、エレンは、力強く、一歩を踏み出しました。




[ end. ]
















エレンさんお誕生日おめでとうございますヽ('〜')ノ HARU新刊『ドールハウス』未収録部分でした(→offline

2015.03.30

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