Superiority / Sugito Tatsuki






-1-








ジャック・ホンジョーは、キャンプ・リトルウィングでローディを務めて10年近いベテランであった。異動により配属される新米ローディに仕事を教えるのは義務付けられたことではなかったが、彼は時折彼らの相談に乗り、助言を与え、手助けをしてやった。それは先達としての自分が当然果たすべきことであるように思えたし、スクールを出たての者に対して自分の蓄積してきた経験や知識を活用するのはどこか気分の良いことだったからだ。

だから、あの時、ローディとして新たにキャンプにやって来た少年――ジョイ・レオン、彼はジャックにとっては全く想定外の存在だった。

どんな仕事も笑ってこなしていく、その姿を間近にする程に、どこか焦燥に駆られた。感心する振りをして、年長者らしくアドバイスをするけれど。

その才能を羨んだ。

技術はそう変わりない。だが、長年の職務経験を以ってここまで到達した自分に対し、まだ十代そこそこの少年が同じレベルに存在している、この事実は否でもジャックの不安を掻き立てた。

追い落とされる感覚。


確かに、周囲からの信頼という点では明らかにジャックが勝っていた。だがそれも、「実際どうかということよりも、どう見えるかが大事」な世界において、いつもへらへらとしておかしな言葉遣いをするただの子どもにそんな技術があると思う人間がいないからというだけのことだった。
――それだけのことだ。
思うと、ますます危機感を覚えた。

「ローディとしては、自分の方が上だ」、この思い込みだけが支えだった。それは、譲ることの出来ない意地で。

少年の担当するユニットのベテランアムドライバー二人は、自らメンテナンスを行うと聞く。メカに入れ込むあまりに本来の仕事をおろそかにするような者はローディとは呼べない。これだから経験の浅い者は――
いつもの思考、しかし、本当はジャックにも分かっていた。少年は、自分には推し量れない才能を持っていて、それを試さずにはいられないのだということを。ただひたすらに、上を目指していることを。何かに憑かれたかのように、異常なまでに。それでしか、生きられないとでもいうように。


性質が全く違う。
だから、較べることは意味を成さない。
それでも、求めてしまう。

欲しい。

その才能が。
その技術が。
その腕が。

手に入らないと分かっている、それは破壊衝動に近い欲望。
優位に立ち、支配したい。
その余裕も、笑顔も、明るい声も。
その、全てを。


勿論、常に冷静沈着で知られるジャックは、普段こんな感情を表に出すことはなく、気付かれることのないように、出来るだけ考えないようにもしている。有能な仲間があって良いことだ、そう自分自身に言い聞かせて。

しかし、ジョイは気付いていたのかも知れない、とも思えた。だとすると、結局自分は優位に立つどころか、踊らされているだけだったことになる。
――そんなことはない、とジャックは思った。そんなことが、あってたまるか、と。
自分は確かに、――支配したのだ。




定期的に行われるアムギア買い付けの日には、自社のギアを売り込みに、シティの各カンパニーから製品サンプルを満載してキャンプを訪れる大型トラックが朝から列を成す光景がみられる。
第3デポのギア倉庫には、カンパニーから送られてきたギアサンプルが所狭しと並べられていた。

「これは?”MURAKUMO”……へぇ、面白いね」
刀を模して造られたそのギアをパフは手に取り、興味深そうに刀身を眺めた。全体にアムマテリアルを配し、鋭い美しさを備えた形状は、芸術性を重視された種の武具を意識した造りであろう。技が無くとも簡単に人々の注目を集めるために、より大型でより派手なギアへの需要が高まる中、その存在は異端ともいえる。
「パフかっこいー!」
取り回しを試す姿に、ジュリとジュネが声を揃える。刀身を鞘に戻し、パフは満足気に言った。
「なかなか良い調子じゃないか。重量も長さも適当だし……あとはエネルギー効率と強度か。その辺はどう思う、ジャック?」
パフは、いつでも適切な助言をする知識豊かな担当ローディを振り返り問う。これまでもそうだったように、彼のあらゆる視点からの分析によるそのギアに関する評価を期待して。しかし、答えは返ってこなかった。
ジャックは簡易椅子に座り腕組みをして、あさっての方向を向いていた。呼び掛けられたことに全く気付いていない。

「ジャック!聞いてる?」
もう一度強く言うと、うたた寝を叩き起こされたような反応で「……あぁ」と返事し、MURAKUMOを手にしたパフにようやく向き直る。数秒かけて状況を見て、口を開く。
「……ああ、試してみるのか、そいつは重量も長さも適当だと思」
「それはもう判ってるよ」
肩を竦め、溜め息を吐くようにパフが言うと、ジュリとジュネもそれに追従する。
「ジャック、最近」「なんか変」
ジャックは誤魔化すように急いで話題替えを試みた。
「いや、そんなことはないぞ、それよりそのキャンディー美味いかジュリ」
「あたしはジュネ!」
「……」

自身の異常は、あのローディの少年に由来するものであるとジャックはよく分かっていた。その存在に動揺している自分に焦り、仕事中だというのに、この状況を脱する術を思考していて上の空になるという愚を犯してしまった。

「疲れ溜めてるんじゃないの?明日はゆっくり休みなよ、あとは私達でやるからさ」

「冷静沈着なベテランローディ」が逆に担当アムドライバーに気遣われ、ジャックは惨めな気分になったが、確かに休息は必要に思えたので同意する。とにかく一度、忘れよう、と。自分とジョイを比較するのも、そこから生じる醜い感情に思い悩むのも。




だが、それは実際には成されなかった。



next


back