Superiority / Sugito Tatsuki






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週に一度行われるローディ間のミーティングが、その夜、予定されていた。ジャックとジョイは、担当するアムドライバーの傾向は異なるものの、メカに関する話題は共に他の誰よりも豊富で、話のレベルが実に合うため、ジャックの部屋で二人話し合うのが通例となっていた。一度ジョイの部屋で行おうとしたこともあったが、その室内はメンテナンスルームの延長であるかのようにジャンクパーツ類に溢れ、足の踏み場もないという状況だったため、それよりは整頓がなされているジャックの部屋が毎回使われた。

始まりは実に何気なかった。
いつものように、夕食後にジョイが部屋を訪れ、メディアの取材予定だとか、先日届いたプロトタイプのギアの性能がどうだとか、面倒な打ち合わせと情報交換をすると、もう夜中だった。腕時計を見たジャックが、今日はこの辺で、と言って切り上げると、少年はデスク上に広げた書類を片付けつつ言った。
「明日って、俺ら非番っすよね」
ああ、だからこんな時間まで起きているんだろう、と筆記用具をしまいながらジャックが返す。ジョイは揃えた書類を机に置いた。
「じゃあ、もっと夜更かししても平気っすね」
言うと、ソファを立ち上がり、扉とは反対方向へ向かう。勝手にベッドに腰掛けると、持ち主に微笑みかけて言った。

「やりませんか?」

問われた当人は、一瞬の間の後、動揺を隠せぬ声で聞いた。
「……何、を言ってる?」
「何?分かるっしょ、それくらい。経験豊富なあなたなら……紙、折れてるっすよ」
ジャックが手元に目を遣ると、確かに書類を強く握っている。慌てて手を離し、ついた折り目をのばすよう試みる。そんな様子を眺めていたジョイは、こらえきれなくなったように、くすくすと笑い出した。
「ああ、すみません……あんまり面白いから。本当、分かりやすい」
明らかに、年長者をからかって遊んでいるのだと分かる言葉。

ジャックは製図ペンを手にしたまま、無言で立ち上がると、背を曲げて笑っているジョイに近付いた。その細い肩を掴むと、驚いて顔を上げたところを力任せに押し倒し、上に乗る。はずみでペンが転がった。少年の表情から、余裕が失われる。
「ジャックさ……っ!!」
緊迫した声を遮り、唇を奪う。逃れようとするジョイの髪に指を差し入れ、頭を固定すると、ジャックは更に深く、為すがままの口腔を侵す。非力な腕で、青年の頑強な胸を押し返そうと抵抗する少年の身体から、次第に力が抜けていった。それでも、息苦しさに青年の服を掴むと、唇が離される。
「……っはぁ、あ……」
酸素を取り込んで呼吸を整えると、ジョイは潤んだ瞳でジャックを睨みつける。そんな反応の一々が、ジャックには快かった。
「言い出したのはお前だろうが」
口元を歪めて言われたジョイは、軽く溜息を吐くと、ジャックの首に腕を回し、引き寄せる。
「……あんな突然じゃ、驚くじゃないすか」
自分から、再び唇を重ねる。

慣れたその動作に呑まれる気がして、ジャックはやや身体を引いた。一時の感情に流されるままの自分を、認めたくなかった。
「あれ?止めるんすか?」
不思議そうに言うと、ジョイは回した腕を外した。
「お前相手じゃ楽しくも何ともないんだよ」
動揺する、高揚する内面を読まれぬよう、視線を逸らし吐き捨てるようにジャックは言った。
ジョイは気だるげに、ベッドに転がっていた製図ペンを取り、器用にくるくると回した。
「そりゃそうっすよ……でもジャックさん、さっきはあんなに、やる気一杯だったのに」
回転するペンをぼんやりと見つめたまま、ジョイは呟く。
「じゃあ俺、帰ろうかな」
それは、躊躇するジャックに決断を促す一言だった。
自分は何をしているのだろうと、頭の片隅でジャックは自問していた。だがそれも、衝動の抑止には意味を成さなかった。密かに抱いていた欲求が満たされる機会が向こうから訪れ、逃したくなくて、心の内は既に抑えられない程に昂っていた。
ジャックはジョイの手からペンを取り上げ、サイドテーブルに投げた。見上げてくる琥珀色の瞳と対峙し、ジャックは余裕の表情を作り言った。
「まあ……どうせなら暇潰しさせてもらおうか」
ひどい言い方だなあ、とジョイが笑う。
ジャックは壁のパネルに手をやると、部屋の照明を落とした。



その全てを支配しているという感覚。
刺激に応える身体、
抑えきれずに上がる声、
こぼれ落ちる涙も、全て。

掠れた声で、震える声で、何度も呼ばれる自分の名が、ジャックには証だった。



疲れきって横になっているジョイの姿は、ジャックに後悔と罪悪感を与えた。少年が苦痛に顔を歪めたり、文句を言うと、それは一層強くジャックの心中を支配したが、「言い出したのはお前だ」という言葉で正当化する。



日常に戻れば、また嫉妬が募り、また同じことを繰り返すのだから。
何度も同じように、同じ手順で、同じことを、繰り返すに違いないのだから。
――一線を、越えてしまった以上。





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