優雅に叱責する聖職者
POGジャパン総責任者ルーク・盤城・クロスフィールドが、「本」を所望したのは、いつもの彼の気まぐれであるらしかった。内容の指定も何もなく、ただ書籍の形態をしていれば何であろうと構わないという、おおらかにもほどがあるリクエストである。
「この部屋には、本がない」
それが、この件について彼が述べた唯一の見解であった。そんなことは見れば分かる、とビショップは内心で呟いたが、もちろん表情に出すことはしなかった。ルークの業務上必要とする資料の全ては、組織のデータベース上に保管されているため、彼の執務室に紙媒体は存在しない。
本がない、だから欲しい──この上なくシンプルな理屈である。そこに更なる理由を求めて良いものかどうか、ビショップは判断がつかなかった。しかし、主人の望みを最も適切な方法で叶えるためには、これではあまりにヒントが少ない。
忠実なる側近は、それをいったい何に使うおつもりですか、と幾度か訊き方を変えて探ったが、答えが返ってくることはなかった。希望的観測を述べるならば、なにか本を用いた新たなパズルを制作しようとでもいうのだろう。何であれ、職務に前向きであるのは良いことである。一方で、たとえそれを枕か踏み台にしようという意図であったとしても、この少年の場合、別段に驚くべきことではないというのも確かであった。
施設の隅で存在を忘れられて久しい資料庫から、一抱えの書籍を適当にピックアップして、ビショップは主人の執務室へと運び入れた。何を望まれているのか分からない以上、判形、背厚、重量といった観点から選択肢は多い方が良いだろうとの判断で、それは文庫本から画集まで、およそ統一感のないラインナップであった。
自ら望んでおきながら、ルークはさして興味のなさそうな様子で、古びた蔵書を手にとっては、ガラス玉めいた瞳で紙面を流し見た。単調にページを繰る微かな音だけが、静寂の室内に綴られては消えていく。
そのリズムが初めて変調したのは、5冊目の書籍を開いた時だった。広げた紙面の上に、ルークは視線と指をぴたりと静止させた。暫しの沈黙の後、その唇が小さく動いて問う。
「……これは?」
ルークが指差したのは、とある聖歌の譜面だった。そもそもが古代の宗教結社に起源を求めることの出来る頭脳集団POGにおいては、なお現在に至るまで、その教えの影響が色濃くみられる。賢人ピタゴラスの説いたように、竪琴と歌とが生み出す美しい調和に宇宙の真理を見出し、これを尊ぶ姿勢は、ある程度組織に身を置いた人間であれば、その思想の根底に息づいているといって良い。
それでありながら、しかし、POG総帥が腹心たるこの少年は、歌を理解しなかった。彼にとって、それは純然たる空気振動として数値的に解釈されるものであって、それが心地よいだの美しいだのといった感覚で捉えられることはない。
音階を用いたパズルの材料くらいにはなるかも知れないが、それで心を慰めようなどという発想は、そもそも理解出来まい。旋律にしても、詞にしても──それらに込められた、制作者の意図や情感といったものは、ルークにまでは届かない。彼にとって、それはいったいどんな意味があるのか、解読不可能な暗号以外のなにものでもないだろう。
向かいから紙面を覗き込んで、ビショップは主人の問いに応えた。
「古ギリシャ語ですね。……かつて光に背き、罪を犯せし我の眼を、いと高きところにおわす父が、再び開いてくださった。その御方は我が強き盾、優しき翼。父は我の罪を赦し、我を愛する、ゆえに我は、父を信ず──=v
黒衣の青年はなめらかに歌詞の意図を訳出し、紡いだ。およそ非の打ちどころのない完璧な訳を聞いて、しかし、ルークは納得の表情を見せなかった。むしろ、不可解げに眉を寄せると、眇めた瞳で忠実なる側近を見上げる。
「……どうして」
その可憐な唇が紡いだのは、小さな疑問の声であった。まるで不条理な話を聞かされたかのように、ルークは拙くも言葉を綴る。
「どうして、……信じられる。赦してなんて、貰えないのに」
音楽と同様に、ルークは信仰を理解出来ない。忠実なる側近は、ここでそれを説明しようとは思わなかった。ただ、そうですね、と応えて微笑む。
「ですが、私は好きですよ。昔、よく歌ったものです。──ああ、思い出したら懐かしくなってしまいました」
遠く思いを馳せるように、ビショップは目を伏せ、胸元に手を置いた。その唇から、静かに紡ぎ出されたのは、先の譜面の旋律である。あたかも、水面から自然と溢れ出るかのごとく穏やかに、豊かに、青年は旋律を紡いだ。ルークは、止めさせようとはせずに、その姿をじっと見つめていた。
「……あら? 歌が……」
会議資料を片手に、通路を進んでいたメイズは、ふと気付いたように顔を上げて立ち止まった。他愛のない雑談を交わしていた他の二人も、それにつられて足を止める。
「良い声っすねえ。誰だろ?」
「賛美歌……ビショップ様か」
どこからともなく微かに聴こえる、その美しくも切ない旋律に、三人は暫し耳を傾けた。
見事な音域を誇る伸びやかな声でもって、いと高き天への讃美を捧げ終えると、青年は恭しく一礼した。それを向けた相手は、天上の存在などではなく、いま目の前に座する一人の少年である。静かに面を上げて、ビショップは机上に開いたままのページを指し示した。
「これは、声楽の教科書です。……クロスフィールド学院で、かつて使用されていました」
かつて己の在籍した学院の名を挙げられたところで、ルークは何ら反応を示さなかった。それがどうかしたのかと、淡青色の瞳を上げる。年若い主人の前へと、ビショップは一歩、進み出た。
「……話を、しましょうか。今はもういない、とある少年の話です」
ガラス玉めいたルークの青い瞳を覗き込んで、ビショップは穏やかに微笑んだ。何も言葉を返さずに、少年は忠実なる側近をじっと見つめ返す。
柔和な翠瞳を愛おしげに細めると、青年は歌の続きのように、落ち着き払った声を紡ぎ始めた。
■
むかし、むかしの話です。英国の誇る名門クロスフィールド学院初等部の生徒の中に、一人の少年がいました。特に目立つような生徒ではなく、ただ生真面目に日課に取り組み、学業を修め、己の使命を果たそうと一心に努める、愚かで純粋な少年でした。
その頃、クロスフィールド学院は、前身であった修道院の影響を色濃く残していました。広大な敷地内に荘厳な礼拝堂を有し、教師は同時に聖職者の役割を担います。厳格な規律の下、集団生活による心身の鍛錬を理念とし、古典語、歴史学、文学、数学、哲学、音楽、そしてパズル──伝統的な教育が施されていました。
学院は、伝統的なパブリックスクールがそうであるように、全寮制の男子校でした。良家の子息、あるいは、学院を管理運営する上位組織──頭脳集団POGの関係者であることが、入学の暗黙の条件であったようです。少年は名家の生まれではありませんでした。彼の父親は、彼が生まれたばかりの頃に家を離れ、何ら繋がりを残しませんでした。一方、母親は、神のパズルの名を冠する頭脳集団のルーツであるところの、古の教義の熱心な信徒の家系でした。血縁には、学院のOBも何人かありました。信心深い母親の手によって、少年は学院に預けられたのでした。
少年にとっては、天上に座する大いなる全能の存在のみが、慕うべき父親にほかなりませんでした。穢れのない心身を守り続けていけば、いつかもっと父に近づくことが出来る。そう信じて、少年は日々、聖典を暗誦し、讃美の音楽を奏で、戒律をよく守って暮らしていました。
それは、彼が母親からも言い聞かせられていたことでした。彼の母親は、少年のみずみずしくなめらかな肌を、華奢な身体つきを、澄んだ声を愛していました。私の天使、このままで、ずっとこのままでいて頂戴と、彼女は我が子を抱き締めながら、幾度となく愛おしげに囁きかけたものでした。少年を手元に置かず、クロスフィールド学院に預けたのも、そこならば俗世の誘惑から離れ、品行方正な人格を形成出来るものと信じていたのでしょう。
母親との約束を、守ること。すなわち、汚らわしい大人に、なってはいけないと、そうして少年の内には、第一の戒めが刻み込まれたのです。
このまま、良い子にしていれば、父の元へ行けるのだと。そんな可愛らしい妄想は、しかし、ほどなくして打ち砕かれることになりました。
──丁度、ここに画集がありますね。神や聖人の似姿を描いた聖画が多く収められています。学院の資料室には、膨大な量のこうした図録が保管されていました。たとえば……こちらをご覧ください。百合を携えた天使が、乙女に福音を伝える場面を描いたものです。いかがです、ご感想は。
……そうですね、仰る通り、いくつかの黄金比を見出せるとはいえ、これはパズルではありません。そのようなものに、あなたのご意見を求めるなど、不躾なことでした。どうかご寛恕を。
一般的な感覚でいえば、これは崇高な宗教画であるにほかなりません。信者はもちろん、これといった信仰を持たぬ鑑賞者までをも惹きつけ、敬虔な思いで満たし、心洗われるような恍惚をもたらす。そうして、この絵画は数百年もの間、人々に愛され、大切に受け継がれてきたのです。おそらくは、これからも、未来永劫にわたる財として伝えられていくことでしょう。制作者にとっては、この上ない誉れでしょうね。
こうした聖画を前に頭を垂れ、それを崇め奉ることは、すなわち、その向こうに存在する全能の父を崇拝することと同義です。いわば、天の国と我々との間の架け橋といって良いでしょう。絵画に向ける気持ちは、聖典や賛美歌に相対するときと同じように、敬虔に神を讃えるものでなくてはなりません。それは、幼いうちから父なる神の存在を身近に感じてきた者たちにとっては、改めて意識するまでもない、当たり前のことです。
その子どもたちの一人であった少年にとっても、それは自明のことでした。だからこそ、彼は己の罪深さに気付いたとき、愕然としたのです。
その辺りの年齢になると、学友たちは専ら自分自身、そして異性への関心を高めていました。生徒たちの生活は、教師によって朝から晩まで厳しく管理されていましたが、独自のルートを用いて入手した「外」の図像が密かに遣り取りされていましたから、彼らはそれで好奇心を満たし、また、芽生え始めた情欲を発散することが出来ました。
そうした学友たちの輪に、少年は一人、加わろうとしませんでした。そのような低俗な行為など何一つ知らないかのような取り澄ました在りようは、周囲からの揶揄の対象となり、純潔を守るという意味で「エピスコポス(司教)」とあだ名されるほどでした。
そうしてからかわれる度に、少年は己の罪を糾弾されている心地となって、今すぐこの肉体を棄ててしまいたい衝動に駆られるのでした。本当は自分がこの中の誰より罪深いことを、少年はよく承知していたからです。
崇高な聖画を見るとき、彼の肉体は、彼に罪を犯させました。
誰も来ない時間を見計らい、礼拝堂横の薄暗い用具室の中で、少年は持ち込んだ画集を広げ、そこに描かれた天の御使いや聖人の姿に陶然と見惚れました。資料室で堂々と鑑賞すれば良いものを、少年にそれが出来なかったのは、絵画の中に活き活きと描き出された乳白色の肌が、安寧の表情が、苦悶の姿が、自分の内に堪え難い衝動を呼び起こすことをよく知っていたためでした。宗教的恍惚だけではない、もっと違う、愚かしい肉の欲望が、そこには確かに存在していました。
決して汚されることのない聖なる図像の前で、少年は、己の最も醜い部分を晒し、片手でこれを慰めました。それは、焦燥と、それに伴う気だるく甘美な時間を彼にもたらしました。薄闇の中、漏れかける声を殺し、息を潜めて、苦悶に眉を寄せながら自分自身を追い詰めていくとき、少年はまるで自分が天からの試練に耐える何者かになったかのような錯覚に酔いました。昂る身体と、形ばかりはそれに抗おうとする精神とのせめぎ合いは、決まって後者の屈服によって決着がつきました。
思いを遂げて一息を吐くと、少年は決まって、ひどい自己嫌悪に襲われました。開いたままだった画集のお気に入りの一枚を、そうなるともう視界に入れるのも嫌で、顔を背けながらページを繰ります。その指が次に止まるのは、いつも、大いなる天上の父を描いた名画を掲載したページでした。崇高なる威厳に満ちた、力強いその視線の前に、少年は己の浅ましい姿を晒して、ぽろぽろと涙をこぼしました。
そして、赦しを乞うように、天の父に祈りを捧げるのでした。こんな弱い自分を、どうかお赦しくださいと祈り、二度とこのような罪は犯しませんと誓います。一生懸命に、そんな祈りを捧げるとき、少年は心から反省し、打ちひしがれていました。
それでも、どんなに真摯に祈っても、この誓いが守られることはありませんでした。あんなに祈ったことも忘れて、少年はまた、同じ行為を繰り返してしまうのです。それに従事する時間は、次第に長くなっていきました。当初は、このような汚らわしい行為など、早く済ませることがせめてもの罪滅ぼしであると思っていたというのに、その考えは簡単に撤回されました。誘惑に抗って、逆らって、耐えに耐えた末にとうとう屈服せざるを得なかったというストーリーの方が、よほど魅力的であることに気付いたのです。
出来るだけ時間を掛けて、少年は己を焦らし、緩急をつけて弄び、何度も危ういところまで追いつめては引き返すことを繰り返しました。嗚咽を堪えて身悶えるとき、もどかしさに気がおかしくなりかけ、指先が痙攣するほどに、それは少年にとって、有効な免罪符となるのでした。こんなにも、辛い思いをしたのだから。こんなにも、堪えたのだから。誘惑に打ち勝てなかったとしても、仕方のないことなのだと、そういう理屈でした。
真実は、そうして苛められる自分自身にこそ、少年は欲情していたというのに。背徳の悦楽を極めるためにこそ、畏れ多くも天の父の名を利用していたに過ぎないというのに。
自分がいかに冒涜的な行為に耽っていることか、少年はおそれおののきながらも、その誘惑から逃れることが出来ませんでした。
ある日、開く筈のない扉が開いて、すべてが白日の下に晒されるまでは。
図版の上に身を投げ出すようにして伏し、全身の気だるい解放感に酔っていた少年の耳を、扉の軋む音が叩いたときには、もう手遅れでした。慌てて跳ね起きた彼の眼を、開いた扉の隙間から射し込む光が貫きます。乱れた制服もそのままに、少年は腕を掲げて顔を庇うことしか出来ませんでした。
蝶番の軋む音、布擦れと靴音。光を背に、誰かがこちらを見下ろしているけれど、少年はそれを仰ぎ見ることは出来ません。哀れな少年の頭上から、降り注いだのは穏やかな低音でした。
「君は、また罪を犯してしまったのだね。天の父は、全てをご覧になっているよ」
その言葉で、少年は目の前に立つのが、寮監(ハウス・マスター)──生徒らの監視役の司教であること、己の秘密の行為が全て知られていたことを理解しました。そうです、彼の言う通り、全能なる天の父に、何事も隠し通せる筈がないのでした。どんなに言葉を飾った祈りを捧げたところで──どんなに薄闇の中に逃げ隠れたところで。全てを知る父の前では、最初から白日の下に晒されているも同然です。
罪を為すばかりか、それを姑息にも隠し通そうとした、己の矮小さを知り、少年は絶望しました。こんなに汚らわしく、弱く、愚かしい自分は、最早、父の国へ行くことは出来ないのだという、非情な宣告が彼の全身を打ちました。彼にとって、それは生きる道を断たれることも同義でした。烈しい糾弾が、少年の小さな胸に容赦なく突き刺さります。
聖なる存在にあんな思いを抱いてしまったからいけない。
あんな風に汚れた目で見てしまったからいけない。
あんな風に低劣な欲望を満たしてしまったからいけない。
こんな、肉体があるから。
こんな、眼があるから。
こんな、手があるから。
次の瞬間の彼の行動は、殆ど衝動的なものでした。罪からの解放、贖罪、あるいは単なる逃避だったでしょうか。少年は顔の前に、震える両手を持ち上げました。両の指を力任せに眼窩に突き立て、これを抉り出そうとしたのです。このような罪を犯させる眼など、なくなってしまえば良いと思いました。それによって罪を贖い、清らかな身体に戻れるのならば、たとえ光を失おうとも、何ら惜しいことはありませんでした。
しかし、少年の爪が突き立ったのは、そのなめらかな眼球ではありませんでした。何かにぶつかって、彼の指はその目標とするところまで届きませんでした。
「──しかし、我らが父はそんな君をも、赦してくださる」
耳元で囁かれた柔和な声に、少年は小さく身を竦めました。宥めるように、その肩をなにか温かなものが包み込みます。瞑ってしまっていた目を、おそるおそる開けた少年は、いつの間にか傍らに跪いた司教が、その大きな手を翳してこちらの目元を覆っていることに気付きました。少年の爪が眼球に届かなかったのは、司教の手に遮られていたためだったのです。
彼は少年の硬直した手首をとって、静かに下ろさせました。そして、小さな爪の食い込んだ痕も痛々しいその手で、優しく少年の頭を撫でます。少年は茫然と、それを受け容れることしか出来ませんでした。そんな彼に、司教は優しく微笑みかけると、全てを悟った賢者の声で言いました。
「確かに、君は罪を犯した。しかし、君がそのためにいかに悩み苦しんだことか、父はそれも全てご存じだ。罪を贖うために、君が熱心に日々の務めを果たしていたことも、ちゃんとご覧になっている。おそれることはない、弱く愚かしく醜い我々を、それでも神は赦し、愛してくださるのだから」
茫然と目を瞠る少年の内に、司教の言葉は一条の光のように射し込み、大地を潤す水のごとく、隅々まで行き渡って滲み入ります。
司教さまが、僕の眼の代わりに、その手に傷を負ってくださった。
こんな汚らわしい僕を、その手で護ってくださった。
その手で、僕の罪を赦してくださった。
司教の腕に抱かれて、少年は泣きました。こんな風に他人に縋り、感情をあらわにするのは、初めてのことでした。そんな少年を、司教は力強く抱き締め、頭を、背中を、撫でてくれました。
ああ、この手をずっと、自分は欲しがっていたのだと、少年は己の内から溢れ出すものに身を任せました。
■
「……お茶を、お持ちしましょうか」
長々とした昔話を、そこで一旦打ち切って、ビショップは問うた。これまで、話を聞いているのだかいないのだか、微動だにせずに机上に指を組んでいたルークは、その問い掛けによって初めて、小さく頷いてみせた。
茶葉とポットを準備しつつ、いったい自分は何をやっているのだろうかと、青年は溜息を吐いた。こんな風に、ルークを相手に昔話をすることが、決して褒められた行為ではないことを、ビショップ自身、よく分かっていた。懺悔、あるいは贖罪というならば、それらは相応しい手順に則って行なわれねばならない。
だから、自分がルークを相手にしていることは、どちらにもならない、まるで無意味な行為であるにほかならない。黒衣の青年は小さく自嘲した。誰かに話したい、聞いて貰いたい、けれど、その場限りの秘密にして欲しい。そんな身勝手な思いだけが原動力で、ビショップは、都合の良い相手として白い少年を選んだのであった。
ルークは、聞いた話を誰にも話さない。否、そもそも、聞いた時点で、それが記憶に定着しているのかどうかも怪しいところである。それは、ただ一方的に語りかける相手が欲しいだけのビショップにとってはこの上なく、都合が良かった。何もかもを、打ち明けてしまいたい気分になった。