英国追葬 -1-




ただでさえ短い日照時間に追い打ちをかけるように、陰鬱に市街を覆い尽くす曇天は、英国の秋の風物詩だ。朝夕の肌を刺す冷え込みは、早くも長い冬の訪れを予感させ、自然、溜息を吐かずにはいられない。
ましてや、大粒の雨まで降り続いているとなれば、なおさらである。予報も当てにならぬ変わりやすい天気は、この北方の島国に特有の環境条件で、降雨量の増すこの季節、霧雨の降ったり止んだりといったことは、そう珍しいものではない。しかし、空を覆い尽くす暗雲から降り注ぎ、激しく地面を打つこれは、暫く待てば止むといった通り雨の類ではなさそうだ。いちいち傘を持ち歩くことを良しとせず、小雨ならば気にしないし大雨ならば通り過ぎるまで待つ、というスタンスを伝統的に保持する英国紳士も、これでは途方に暮れて天を見上げるばかりであろう。
灰色の雨雲の重く垂れ込める情景を、瀟洒な格子窓越しに眺めつつ、物憂げに腕を組んだ黒衣の青年──ビショップは、そんな他愛のない思考を遊ばせていた。時折、何かを探すように、雨の打ちつける石畳の道の彼方まで視線を走らせるが、クロスフィールド学院の敷地内も外れに位置する、この旧ゲストハウスへと通じる道は、英国紳士どころか人っ子一人、通り過ぎる気配もない。
今回のミッションにおいて、学院側に話を通して活動拠点として借り受けた年代物のゲストハウスは、二階の出窓から、遠く聳える教会の尖塔を望むことが出来た。灰色の空を背景に佇む、色濃く陰の落ちたその在りようは、神聖な神の家というよりは、どこか禍々しく口を開けた異形の者の棲家を彷彿とさせる。雨に揺れるそのシルエットを、ビショップは僅かに目を眇めて見遣った。
──上手くやっているだろうか。
この数時間、椅子に腰掛けることも、茶の一杯を飲むこともせずに、じっと窓辺で腕組をして立ち続ける黒衣の青年の頭を占めるのは、専ら、彼の仕える主人──白い少年の動向だった。
POG総帥の年若き腹心、ルーク・盤城・クロスフィールドは、自ら招待したオルペウスの契約者と共に、愚者のパズルを仕掛けた忌まわしき塔へと足を踏み入れた。彼自身が人質を演じ、半ば強制的にソルヴァーをパズルに挑ませ、ファイ・ブレインへと連なる階段を一歩、上らせる。それが計画の概要だった。
──あの塔のことは、誰よりよく知っている。
あれは、僕そのものだから。何も心配はないと、ルークは今朝も、未練がましく懸念を口にする側近に襟元のリボンタイを結ばせながら、あの無感動な瞳をあきれたように少しばかり眇めて、そう伝えたのだった。
それを言われてしまうと、ビショップとしては、何も言い返すことが出来ない。確かに、あの塔を舞台として立つのに最も相応しい者は、ルークをおいて他にない。崇高なる白の塔である彼が、戦況を読み違えることはないし、はるか行く末を見通す、彼の立てた計画が狂うことはないし、いかなる力によってしても、定められた結末を変えるには至らない。
ただ、淡々と、ステージをこなし、次の段階へと駒を進める。ルークにとっては、そして組織にとっては、それだけのことだ。今回ばかりは、ソルヴァーとの関係上、事態を円滑に進めるために彼自らが現場へ赴いたというだけで、やっていることは、普段通り、執務室の机上で駒を動かすときと何ら変わりない。
そう、ビショップとしても頭では理解している。
分かってはいても、小一時間前、森の向こうに聳える教会の鐘楼から黒煙が上がったときは、否応なしに鼓動が早まった。騒々しい烏どもの鳴き声が、悪趣味なほどによく出来た演出効果でもって、いっそうに不吉な予感を煽るものだから性質が悪い。世界中から寄せ集められた、少々エキセントリックな傾向のある人員によって構成される頭脳集団の中にあって、いついかなる場合においても落ち着き払った優雅な振る舞いを崩さぬ、その徹底した態度に定評のある青年も、さすがにこのときばかりは、内心に湧き起こるものを抑制しきることは出来なかった。
──まだなのだろうか。
指先で落ち着きなく窓枠を弄って、ビショップは焦燥を募らせた。火が放たれたということは、すなわち、残された時間はあと僅かであるということだ。パズルに設定された制限時間は、厳密で例外というものがなく、いかなるソルヴァーに対しても平等に審判を下す。解放の失敗──パズルを巡る戦いにおけるその代償は、解答者の生命である。解けなければ、何もかもを巻き込んで、塔は──崩壊する。
何をしているのだ。早く、鐘を鳴らさなければ──パズルを解かなければ。遅れれば遅れるだけ、ルークは。
遅い──遅過ぎる。火の手は着実に塔を上り、そのすべてを舐め尽くして蹂躙するのも時間の問題である。
万が一、ルークが火の手に逃げ道を塞がれていたら。
その身に、火の粉が降りかかっていたら。
想像して、少年の忠実なる側近は、己の身が焼かれるかの思いに囚われ、苦鳴を押し殺した。やり場のない情動のままに、きつく窓枠に指を食い込ませる。
ああ、鐘はまだか。腕輪の能力はどうした。早く、早く──解け! 
心の内の叫びが通じたわけでもなかろうが、そのときようやく、鈍い鐘の音が響き渡った。ビショップにとって、それは待ち侘びた福音に他ならなかった。思わず詰めていた息を吐き、いつの間にか握り締めていた拳を解いて、肩の力を抜く。どうやら、計画通り、パズルの解放には辛うじて成功したらしい。一時はどうなることかと思ったが、ひとまずは、これで安心して良いだろう。軽い虚脱感を覚えながら、ビショップは久方ぶりに、落ち着いた心地で深く呼吸をした。
あとは、ルークの無事の帰りを待つだけだ。とはいえ、することは何も変わりない。今までと同じく、窓辺に立って、彼方に主人の姿を探すばかりである。迎えに行くだの、後始末をするだのの仕事は命じられていない。今回の一件については、最初から最後まで、ビショップに課せられた役割は、ルークを待つこと、それだけだ。何ら、手出しをすることはかなわない。何者にも邪魔をされたくないと、それだけの思い入れを、あの白い少年は、今日という日の舞台に抱いていたということなのだろう。
──それにしても、遅い。
鐘が鳴ってから、降り注ぐ雨に輪郭を滲ませる景色を眺めて、もう随分と時間が経過していた。未だ、戻って来る主人の姿は、ビショップの視界に捉えられていない。
いったい、何をしているのだろう──計画では、オルペウスの契約者に事の真相を伝え、同意が得られようとなかろうと、ルークはその場からすぐさま姿をくらませることになっていた。何か予想外の事態でも起きたというのだろうか。思うと、振り払った筈の不吉な予感が、忠実なる側近の胸の内に再び鎌首をもたげてくる。
もしも、騙されていたと知ったソルヴァーが、逆上し、ルークに手をかけていたら。最悪の予想は、今ならば、十分に現実味をもって感じられるようだった。
事前にその懸念を提示した側近に対して、そんなことはありえない、カイトのことは僕が一番よく知っている、とルークは一笑に付していたが、どうしてそんなことが言い切れよう。その場では、彼の確信に満ちた物言いに流される格好となったが、今にして思えば、そこには何の根拠もないのだった。己の感覚だけを絶対的に信頼する、ルークの考えは、危ういことこの上ない。
あの少年には、そういう不安定な側面が確かにある。盤上では悪魔的なまでに美しく綿密な計画を立て、難なくそれをこなしてみせるくせに、自分自身を駒としてそこに組み込むと、途端に制御を失ったような、ときに無謀としか言いようのない大胆な賭けに打って出るのだ。常ならば、歩兵(ポーン)の一つだって無駄にすることなく、その価値を最大限に活かすべく駒を進めるプレイヤーである彼が、自分自身のことは、まるで捨て駒のように扱う。討たれるのを待つかのように、無防備に首を差し出して、深遠な戦略もなにもあったものではない。
そんな危うい賭けに、ルークはいつも勝利してきた。だから、当たり前のように思って、感覚が麻痺してしまっていたのかも知れない。今までが、たまたまそうであったからといって、これからもそれが続くなどと、誰も言い切れる筈もないというのに。
迂闊だった、と少年の忠実な側近は、彼を止めなかった己を悔やんだ。
大丈夫だと、たとえそう言われたところで、黙らずに、もっと食い下がるべきではなかったか。何もルークを危険にさらさずとも、もっと他に、やり方があったのではなかったか。たとえ彼自身がそれを望んだところで、今やルークの身は彼一人のものではないのだ。崇高なる頭脳集団POGのナンバーツーともあろう彼を失うのは、組織にとって多大なる痛手だ。そうそう代わりの利く人材ではない。
やはり、行かせるべきではなかった──こんな計画に、加担すべきではなかった。過去の自分に詰め寄って目を覚まさせたい思いで、ビショップはきつく拳を握った。
今ならば、まだ間に合うだろうか。やり直すことが、出来るだろうか。物憂げに伏せていた瞳を上げて、青年は不吉に聳える黒き塔を見据えた。嘲笑うように、挑発するように、塔はいっそう、その抱く陰を色濃くしたように見えた。禍々しいその姿を、黒衣の青年は忌々しく睨めつける。
ここを離れるなというルークからの言いつけを破ることにはなるが、いた仕方あるまい。事は一刻を争うかも知れないのだ。今からでも現場に駆け付ける方向へと、ビショップの意思が固まりかけたとき、視界の隅に、小さく何かが捉えられた。思わず窓ガラスに顔を寄せて、彼方へと目を細める。
雨粒に遮られる視界に、それでも見間違えようなく捉えたのは、頼りないほどに細いシルエットだ。石畳の道を、傘も差さずに、クラシカルな漆黒の制服を重く濡らして、ゆっくりと歩む。急くこともなく、怠けるでもない。無感動なまでの、均質なリズム。その足取りは、ふらついてこそいないものの、いつ崩れ折れてしまっても不思議ではないような、どこかぎりぎりの脆さを内包していた。
俯いて足先を見つめる、その表情を伺うことはかなわない。ただ、雨に濡れてなお目を惹く、色素の欠落した白金の髪が、その少年がここクロスフィールド学院高等部の生徒などではなく、崇高なる頭脳集団の頂点に身を置く特異なる存在であることを証する。
遠目にその姿を確認すると、ビショップは数時間振りに窓辺から動いた。雨の降りだしたときから用意させておいた、一抱えの真新しいタオルを携え、優雅な足取りに僅かばかりの性急さを滲ませつつ、階下へと向かっていった。

「──お帰りなさいませ」
よく訓練された良家の執事のごとく、非の打ちどころのない所作で恭しく一礼を施すと、ビショップはひとまず、水滴を滴らせたままの少年を玄関内へと招き入れた。分かっていたことではあるが、教会からここまでの決して短くない距離を、あの雨の中、傘もささずに歩いてきたルークの全身は、頭からつま先までずぶ濡れであった。白い肌、白い頭に漆黒の制服と、およそ彩りに欠ける格好と、頼りなく細い身体つきのせいで、自然、濡れネズミという表現が頭に浮かんで、不敬にもほどがある連想に、ビショップは内心で苦笑した。これでは、タオルなどいくらあっても気休め程度にしかなるまい。
重く水を吸った制服は、早々に脱がせてしまうのが良いだろう。中身はそのまま、用意しておいた熱い風呂に放り込むとして、ひとまず、床をこれ以上無駄に濡らさず歩ける程度にまで、大まかに水分を拭っていく。
いつも柔らかな触り心地の白金の髪は、今は濡れそぼってぽとぽとと水滴を落とし、艶めいて幾分か銀色がかって見える。頭からタオルで包み込んで水分を吸ってやりつつ、額や頬に張りついた毛先を丁重に払う。なめらかな肌は、普段以上に血の気が引いて白く、触れるとすっかり冷え切っていた。指先で水滴を拭ってやりながら、ビショップは痛ましく眉をひそめた。
「傘を、お持ちするべきでした。申し訳ありません」
「構わない。ここで待てと言ったのは僕だ。それに、雨は嫌いじゃない」
予想外に上機嫌で、ルークは応えると、タオルに水分を吸い取っていく側近の両腕の内に身を任せた。
英国紳士としての嗜みではないが、ルークは傘を差さない。否、差すことが出来ない、といった方が精確だろうか。そもそも彼は、滅多なことでは外出をしないし、仮にそうしたところで、特殊ガラスに護られた車中から出て街中を歩くなどという事態は、まず考えられないといっていい。ましてや、厳重な管理体制を敷いた特殊な施設内で養育された幼少の頃については、言うまでもない。僅か許された外出時間に、通り雨に濡れたことくらいは幾度かあったかも知れないが、傘を差したことはない筈だ。なにしろ、ルークの生まれ育ったあの場所には、傘であろうと何であろうと、彼の所有物なんて、一つもなかったのだから。
生まれてこのかた、傘というものをその手に持ったことがない──それが、ルーク・盤城・クロスフィールドという少年だ。数多くの、当然にあるべき当たり前の体験を、殆ど経ることなくここまで来てしまった、白すぎるほどに白い少年だ。
感傷的な思いを馳せそうになるのを断ち切って、ビショップは努めて事務的に、ルークの頸、薄い肩、腕と、柔らかく包み込んでいった。ともあれ、どうやら彼の気分が良いらしいことは、なによりである。側近としては、己の力を尽くして支え護るべきこの少年に、何らかの危害が及んでいないと分かれば、まずはそれで良いのだ。
その平然とした様子からして、事の首尾は上々であったと受け取って良いのだろう。もとより、あのソルヴァーの協力を最初から取り付けられるものとは、ルークも考えてはいない。これは、計画の第一段階に過ぎないのだ。どこか満足げなルークの表情は、相手の反応が、正しく彼の予想通りであっただろうことを教える。
確認の意味で、ビショップは手を動かしながら問うた。
「──オルペウスの契約者は」
「ああ。相当にショックだったようだね。情けないことに、また倒れてしまったから、外に転がしておいたよ。大丈夫、僕のカイトは、こんなことで潰れたりはしない。きっとまた、僕の与えるパズルを欲しがって、解きたがるに決まっている。暫くの間は、病院の厄介になるだろうけどね──今後のための、小休止だよ」
満ち足りた表情で眼を伏せ、ルークはすらすらと言葉を紡いだ。POGジャパン総責任者の椅子に坐しているときは、いつも殆ど最小限しか声を発することなく、進行を側近に任せきりにする、この少年が饒舌に語る対象は、決まって一つだ。それ以外のことは、語りたくもないし、考えたくもないし、見たくもないというように、彼は無感動な反応を貫く。
9年前の夏、初めて出逢ったものだけが、今のルークを構成するすべてだ。外の世界というものを知らない、無垢な幼子は、そのときに初めて触れたものを、忘れることが出来なかった。それを、自分自身の中心にして、拠り所にしてしまった。
彼が、見るのも。彼が、喋るのも。彼が、笑うのも。
すべては、9年前の──もう取り戻せない、あの夏のためなのだ。
黙々と職務に従事する側近の表情に、暗い陰が落ちたことにも気付く素振りなく、ルークははしゃいだ声を紡ぐ。
「カイトは、すぐに僕の駒に気付いてくれたよ。心配して、何度も名前を呼んでくれた。すぐに助ける、って叫んで。大丈夫か、って、自分も辛いのに、抱き起してくれた。連れていけないけど、迎えに来るから、って言って、励ましてくれた。お菓子をくれたよ。友達が作ってくれたんだって。炎が上がってからは、すごく焦って、こっちを気にしてた。でも、本当に、パズルを解いているときのカイトは素敵だったよ。あの思考の回転速度、あの解法、怖いくらいに、美しかった」
「……そうですか」
きっと、その勇姿を思い起こしているのだろう、陶然とした眼差しで語るルークに、ビショップはおよそ情緒に欠ける、必要最小限の相槌を打った。聞いているのだかいないのだか、あまりに薄い反応を訝しむこともなしに、何を思い出したか、ルークはくすくすと笑った。
「それが、可笑しいんだよ。トラップに掠って、腕を怪我して、でも組み木パズルのおかげで命拾いしたって。カイト、まだあんなもの、大事に持ち歩いているんだ。馬鹿だよね。パズルを解いているときのカイトはとても素敵なのに、どうして、こうも馬鹿なんだろう。それで、時間が無いっていうのに、呑気に昔話なんかして。パズル作ってあげるって約束、覚えてるかって訊くから、もちろんって応えたけど。それがなに? それって、大事なこと? いったい、何を期待しているんだろうね。あんな約束、ただの子どもの気まぐれなのにね」
「……ルーク様」
黙々と身体を拭く手を休めて、何かを咎めるように発せられた側近の声には構わずに、少年は大きく溜息を吐くと、淡々と言葉を継いだ。
「忘れたことはない、って言うなら。どうして、迎えに来てくれなかったんだ。連れ出して、くれなかったんだ。それで、平気な顔して、友達だなんて言うんだ。裏切ったくせに。捨てたくせに。忘れていたくせに。3人、揃ったら、取り戻せるとでも思っているの? 馬鹿だよ。あんな──あんな、カイトに、僕は」
「ルーク様」
「どうして、自分から、捨てたくせに。逢いたいなんて、軽々しく、言えるんだ。まだ、あの人に逢う権利があると、思っているの。愛される、権利があると、思っているの。上手くいくと。手に入れられると。どうして無邪気に、信じていられるの。貪欲で、いられるの、……ぅ、ん、」
なおも声を発しようと、開いた唇は、しかし、続く台詞を口にすることは出来なかった。少年の可憐な唇を塞ぐように、横ざまに押し当てられたビショップの指が、それを音声化することを阻んでいた。
弾力ある柔肉に、確かめるように指を押し付けて、ビショップは抑制の利いた声で告げた。
「ルーク様。……どうか、もう、喋らないでください」
塞がれた口元を、ルークは他人事のようにぼんやりと見下ろして、それから、気だるげに視線を上げた。無遠慮な行為に、腕を上げて振り払うか、あるいは顔を背けるなり噛みつくなり、いくらでも抵抗する方法はあるだろうに、ルークはそのいずれも採用しようとはしなかった。ただ、意を問うように、淡青色の瞳でもって静かにビショップを見つめる。
上司に対するには、いささか不躾なやり方でもってしても、ビショップがルークを黙らせたのは、喋れば喋るほど、彼が自分自身を傷つけていくのが分かったからだ。無邪気に笑いながら、その奥で、今にも崩れてしまいそうに、震えているのが、分かったからだ。
平然として、事を終えたなどと、とんでもない。満足げに微笑む、その裏には、泣き叫びたいほどの情動が渦巻いているのだ。
それを、ビショップは承知していた。かつての友人を嘲笑しながら、誰よりも自分自身を蔑み、呪っている、ルークのことが、ビショップは分かる。放っておけば、少年は自分を責め、傷つけることをやめない。そんな哀れな姿を、ビショップは見たくはなかった。
従順に口を閉じて、ルークはそれ以上、言葉を続けようとはしなかった。押し当てられた指も、振り払おうとはしない。冷え切った肌に対して、柔らかな唇の内側とそこからこぼれる吐息は、確かに温かい。その温もりから離れるのを名残惜しく感じながら、ビショップは咥えさせていた指を静かに引き戻した。はぁ、とルークは解放された唇から一つ、息をこぼす。
「……どうして」
まだ話は終わっていないのに、とでも言いたげに、少年は忠実な側近を見上げた。しかし、無言のままに、柔らかに身を包むタオルごと抱きすくめられると、それ以上は言葉を続けようとはしなかった。大人しくなったルークを、ビショップは腕の中で淡々と拭いてやり、あらかたそれが終わると、手を引いて風呂へといざなった。




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