月と寝台 -1-




目を覚ましたのは、今晩だけでも、もう何度目だったか知れなかった。物音一つしない静寂の中、ゆっくりと瞼を上げる度に、視認するのは藍色の闇が落ちた室内で、朝陽の射し込むには未だ遠いことを教える。いい加減、見飽きた無機質な天井を眺めて、大門カイトは大きく溜息を吐いた。静まりかえった室内に、己の呼吸の音だけが微かに鼓膜を震わせ、消毒液の匂いが鼻腔をくすぐった。

異国とはいえ、やはり治療行為の要件は人類共通ということか、案外日本と相違ないものだな、というのが、自分の収容された病室を眺めてカイトの抱いた第一印象だった。あえて一点、注文をつけるとすれば、こんな快適な個室をあてがわれるほどに、自分は上等な人間ではなく、一介の高校生に過ぎないのだから、大部屋でまったく構わないというのがカイトの本心であったが、わざわざ日本から心配して駆け付けてくれた友人たちが、全面的な厚意でもって病院側に希望して部屋を用意してくれたのだと知れば、何ら異議を申し立てられよう筈もなかった。
この病室で夜を過ごすのは、客観的にいえば初めてではないが、主観的にいえば、これが初めてということになる。医師に聞いた話では、昏倒しているところを発見されてから丸一日、意識が戻らなかったらしい。目覚めてからも、安静を要求されて大人しくベッドに横になっていたのだ。眠れないのは、別段にここが異国で、慣れない環境で枕が変わったからなどという理由ではなく、単純に、この身にとって休息はもう十分すぎるということだろう。日中に少しでも身体を動かしていれば、また違ったのだろうが、面会終了時刻までずっと付き添って見舞ってくれた愉快な仲間たちのおかげで、ベッドから出る機会は結局訪れなかった。
消灯時間になったからといって、目を閉じてもなかなか寝付けなかったし、ようやく、うとうととしかけても、ふと目を覚ましてしまう。何度か繰り返して、もう今晩は眠れないものかと諦めかけていたところだった。
──否。
眠れない理由が、そんな身体的な事情だけに由来するのではないことを、カイトは頭のどこかで承知していた。振り払おうとしても、思考に絡みついて離れない、忘れようとすればするほど明瞭になる、抗い難い存在が、心身を安らかな眠りに落とすことを阻んでいる。思い返して、きり、と心臓の辺りが締めつけられる感覚に、少年は奥歯を噛み締めた。

ともかく、今は他に何が出来るというわけでもない。たとえ眠れないとしても、大人しく身体を横たえてじっとしているのが、患者としての為すべき一番の仕事だ。そう自分自身に言い聞かせて、カイトは非生産的な思考を無理やり打ち切った。
再び目を閉じかけて、しかし、途中でそれを取り止めたのは、視界の端で何かが動いた気がしたからだ。何だろうか──ぼんやりと、窓辺の方へと視線を遣ったところで、カイトは心身を凍りつかせた。
「──やあ。身体の調子はどう? 風邪、引いてない?」
青白い月を背にして、鉛格子の窓辺に立つ、細いシルエット。薄闇の中にあって、柔らかく光を反射する白金の髪。優雅な漆黒の制服。
そこに佇む姿を認めるや、病床の少年は、未だ包帯の取れない身にしてはおよそ褒められたものではない強引さで、勢いよく上体を跳ね起きていた。
「────!」
邪魔な掛け布を掴んで撥ね退け、何事かを叫びかけて、しかし、相手の胸倉を掴むことも、罵声を浴びせ掛けることも、出来なかった。先制されたわけでも、急な動きであちこちの関節が悲鳴を上げたわけでもない。確かに四肢は痛んだが、この程度、何ということもない。目の前の相手に対して湧き起こるものに比べれば、まったくもって霞んでしまう。
だから、カイトが動きを止めざるを得なかったのは、単純に、何を叫べばいいのか、分からなかったからだ。掴みかかって、どうすれば良いのか、分からなかったからだ。
ルークに会いたいと、思っていた。
言いたいこと、訊きたいこと、確かめたいことが、山積みだった。
あまりに不可解で、不条理で、解き明かすには、ヒントも何も少なすぎる。
だから、もう一度会って、話をしなければいけないと思っていた。
誤解があるならば、それを解かねばならない。
事情があるならば、それを知らねばならない。
そうでもなければ、自分の身に起こったことが、信じられなかった。
どう解釈したらいいのか、分からなかった。
中途半端に放り出されて、渦巻く感情を、どう片付けたらいいか、分からない。
会って話せば、なんとかなるような気がしていた。
だが、実際に相手が目の前に現れたというのに、何を話したらいいのか、切り出す言葉からして、もう見つからない。
どうして裏切った──違う。あれが裏切りなのかどうかさえ、今の自分には判断が下せないことを、カイトは冷静に承知していた。
どうして、俺なのか──違う。そんなことを訊いても仕方がない。
確かめなくては、いけないのに──いったい、何を。
身体が強張って、喉が凍って、動かせない。一つ、唾を飲み下す。

一方のルークの態度は、まるで世間話でもしに来たかのように、気楽なものであった。どこか状況を愉しむように、片腕を優雅に窓枠に掛けて、軽く首を傾げる。
「病院は退屈でしょ? お菓子、あげるよ。この前の、お返し」
懐を探ると、可愛らしくリボンを掛けてラッピングされた、ちょうどビスケットでも入っていそうな包みを取り出して、ルークは微笑んだ。気に入って貰えると良いんだけど、と続けて、静かに寝台に歩み寄って来る。
きし、とスプリングを軋ませて、名門クロスフィールド学院の制服に身を包んだルークは、寝台に膝を乗り上げた。
呼吸が触れ合うほどに間近に身を寄せて、瞳を覗き込まれるのを、カイトは為す術もなく身を凍らせたまま、受け容れるほかなかった。振り払うどころか、後ずさることすら、かなわない。
作りものめいて透き通った淡青色の瞳は、あくまでも静かにこちらを見つめる。あたかも、愛おしく口づけようかといった手つきで頬を包み込まれ、カイトは背を震わせた。視線を逸らすことも許されない中にあって、なんとか喉を叱咤する。
「……なんで」
紡ぎ出せた声は、短く掠れたが、伝えたいことのすべては、そこに集約されていた。とにかく、何もかもが、カイトにはわけが分からなかった。あの瞬間、ルークの発した一言によって、世界は一変した。周囲が歪んで、空が落ちて、足場が崩れるようだった。自分が立っているのかどうかも危うく、そのまま意識を手放した。
そんなことを仕出かしておいて、何も説明されないなんて、あまりにひどい話である。今度こそは、逃がさず、問い詰める。こちらとしても、もうショックで倒れたりなどはしない。覚悟を固めて、カイトは目の前の友人の瞳を睨めつけた。答えろ、と視線に力を込める。
「──夢だよ」
だが、真摯な問いに対して、返ってきたのは、そんな気だるげな声だった。
「な、…………」
咄嗟に声を失うカイトに、白い少年は緩く首を振ってみせた。
「あんなことを言って、君をひどい目に遭わせた『ルーク』が、のこのこ姿を現すわけがないよね。だから、これは夢なんじゃないかな」
物憂げに睫を伏せて、他人事のように淡々と呟く。なにを馬鹿なことを、と口を開きかけたカイトを制し、ルークは反論を許さずに続ける。
「これは、君の夢だから、僕に訊いたところで、『ルーク』の真意は知らないよ。脳内に蓄積された情報だけが、夢には現れるんだから。役に立てなくてごめんね」
馬鹿なことを言っている、と思った。しかし、それでは、夢でないとすれば、この状況に説明がつかないということも、カイトは同時に理解していた。あれだけのことを仕出かしておきながら、ルークがここを訪れるわけがない。その言い分はもっともだ。なにしろ、あの瞬間から、自分たちは決定的に、取り返しようのないまでに、致命的な、敵対関係を明らかにしたのだから──思い返して、カイトは苦鳴を噛み殺した。
混乱をなんとか自制しようと、健気に努力するカイトを、無感動な瞳でじっと見つめて、ルークはぽつりと呟いた。
「だから、代わりに、君に許すよ。好きにしていいんだ、夢なんだから。君の、したいことを、すればいい」
肩に手が掛かったと思うと、ゆっくりと力がこもって、背後へと押し倒されていく。抗う術なく、覆いかぶさられながら、カイトはかろうじて紡いだ。
「な──にを、」
「分からない? また手取り足とり、教えてあげないと、いけないのかな」
薄く笑って揶揄する少年の肩を、瞬間、カイトは突き飛ばしていた。夢のくせに、それは、奇妙なリアリティに彩られた実感でもって、衝撃が腕に、肩に、背中に伝達する。バランスを崩した相手の腕をすかさず掴み、身体を反転させて体勢を入れ替える。
「っ、は……」
為す術なくベッドに倒れ込んだ細い肢体を、カイトは馬乗りになって制した。状況に似合わず、頭は妙に冷静で、先程までの混乱しきった思考が切り替わったかのように、明瞭に澄みきっていた。
無言で見下ろすと、月光にほのかに包まれたかのような、白い首筋がさらされているのが目に入る。無防備に、それは捧げられた供物のようだった。躊躇うことなく、カイトはおもむろに、そこに手を掛けた。両手の中で、喉が小さく震えるのが分かる。
「……そう。そうだよ、カイト……」
か細い息と共に、吐き出された声は、夢見るような陶然とした響きを内包していた。く、と力を込めてやると、少し苦しげに眉を寄せて、しかし、繊細な睫はうっとりと伏せられたまま、抵抗の意思も見せない。
「…………ぁ、」
そのまま、ぎし、ぎしと体重をかけていくと、いよいよ身を捩って、顔を背けようとするが、とても本気で逃れようとしているようには見えない、他愛のない抵抗に過ぎない。ゆっくりと腕が持ち上がりかけては、何かを自制するように、途中でぴたりと止まって、結局、力なく下ろされてしまう。
酸素を求めてわななく唇は、切なげに、声なき声のかたちに開いては歪む。息喘いでは、押し殺した声がこぼれ落ちていく。人形めいて白い肌にあって、頬はほのかに紅潮し、これが確かに生身の身体であることを教える。乱れた白金の髪が落ちかかって揺れ動くと、細やかな光の粒がさらさらと流れるようだった。
不意に、それを手にとってみたくなった。思うと、カイトは何の未練もなく、細い首筋に掛けていた両手を外した。
「っは、かは、っはぁ、……」
切迫した息を継いで、肩を、背中をがくがくと震わせる、白い少年の在りようはまるで無力で、哀れなものでしかなかった。それに対して、何ら同情も見せぬ涼しい顔で、カイトは手を伸ばすと、ルークの白金の髪に触れた。あたかも、初めて触れるかのように、物珍しげに撫でては、指に絡め、かき混ぜて、引っ張る。気が済むまでそうして弄ると、あとはもう、関心を失ったような冷たい眼差しで、己の下の少年を眺め下ろした。
少しばかり落ち着くと、冷静に見下ろす眼に気付いたのだろう、ルークは安堵したような、気の抜けた笑みを浮かべた。
「カイト。……もっと」
細い指が持ち上がって、きゅ、と袖口を掴む。ねだるような視線は、仮にも自分の首を絞めた相手に対して向けるには、およそ不適切なことこの上なかった。
「カイトは、ひどいことをされたんだよ。仕返し、しないと。君にはその権利がある……そう、しなくては、いけない」
言いながら、手を引いて今一度、喉元へといざなう。軽く首を反らして、ルークは歌うように呟いた。
「……どんなことでも。僕にとっては、罰にはならない。だから、君は僕を使って、したいことをすればいい。僕を、使い捨てて、そして君は……」
応えるように、すっと伸びたカイトの指先が、上品に整えられた制服の喉もとへと掛かる。それを認めたルークが、満足げに瞼を閉じるのを合図に、生粋のソルヴァーの少年は、ベルベットのリボンタイを鮮やかに抜き取っていた。

英国が誇る名門クロスフィールド学院の格式高い制服を、一つ一つ釦を外して暴いていく。漆黒のコートも羽織ったままに、リボンを解かれシャツの前をはだけられた格好は、それが本来、一分の隙なく潔癖に纏われてしかるべき衣装であるがゆえに、背徳的な情欲をそそることこの上なかった。
陽光を忌避する白い肌を月明かりにさらして、従順に横たわる細い身体の上に、カイトはゆっくりと覆いかぶさった。ルークの淡青色の瞳は、何を訴えるでもなく、しかしほのかに期待の色を滲ませて、カイトを見上げた。
シャツの合間から手を侵入させ、頼りなく細い首筋、なめらかな鎖骨、薄く上下する胸元へと、確かめるように伝い下ろしていくと、ルークは心地よさそうに瞼を下ろした。そのまま、シャツを押し広げつつ、心臓の上辺りへと指を這わせていく。
「…ん……」
微かに首を反らして、ルークは吐息をもらした。這わせていた指を、カイトはぴたりと止めると、反応を伺うようにもう一度、そこへ戻って指を掠める。今度こそ、抑え難い溜息がルークの唇からこぼれるのを認めて、カイトはその胸の尖端を囲むように指先でなぞった。
「ふ、…ぅあ……」
もどかしげに喘ぐと、ルークは片手を上げて、指先で唇を塞いだ。それでも、敏感な箇所を掠められる度に、押し殺した切ない吐息がこぼれることは避けられない。面白い玩具を見つけたように、カイトの指はルークの性感を撫で、摘まみ、引っ掻いて弄った。その度に、ルークは首を竦め、肩を震わせて、過敏な反応を返してしまう。
完全にそこを責め立てることにしたらしいカイトは、器用に動く指先でもって、柔らかく揉み込んだかと思うと、硬く立ち上がったそれを摘まんで弾力を確かめ、おもむろに指の腹で押し潰した。
「ん、はぁ、ぅ……」
翻弄されるがままに、ルークは背を跳ねて息喘いだ。円を描いて押し込むようにされると、堪らずに嗚咽めいた声がこぼれる。無意識に身を捩って、執拗な責めから逃れようとするも、身体を密着して覆いかぶさられては、それもかなわない。
片手は乳首を捏ね回すまま、カイトは姿勢を低くすると、息喘ぐルークの耳元に唇を寄せた。吐息で包み込み、耳朶を甘噛みしてやると、抗うように首を振って応じる。構わずに、頤に舌を這わせ、ゆっくりと焦らすように首筋を伝い下りる。
「あっ、ぁ……ぅ、カイト……」
嗚咽を堪えるような声をこぼして、ルークは切なげに身じろぐ。白い胸を辿り、至った乳首を口に含んでやると、いっそうに上ずった声が上がった。
「はぁ、ぁん……カイト、カイト……ッ」
片方は指先で弄び、硬く立ち上がった尖端を爪先でくすぐる。もう片方は、唇でもって挟み込み、舐め回しては、軽く歯を立てる。不規則に与えられる刺激に、ルークは細い身体を跳ね、あえてちゅくちゅくと行儀悪く音を立てて吸ってやると余計に感じるのか、泣き出しそうな声でもって応じた。縋るように、カイト、カイトと切なく繰り返す。
それだけで達してしまいそうに、過敏な反応を示す白い肢体から、カイトは一旦、手を引いて身を起こした。乱れた衣装の下、浅い息を継いで薄い胸を上下する頼りない身体を、冷静に眺め下ろす。色素の欠落した白い肌にあって、弄ばれた胸の二つの尖端だけが、血色を透かして目に鮮やかだった。
少しばかり呼吸を落ち着かせると、きつく閉ざしていた瞼を上げて、ルークはゆっくりと、自分を組み敷く少年を見上げた。どこか心細そうに、眉を寄せて問う。
「カイト……、感じてる…? 僕の声、興奮する…? 上手く、啼けてるかな。自分じゃ、よく、分からな、」
何か喋り続けようとするルークの唇を、カイトは唇でもって塞いだ。
「ん、っう……、は、」
押し当てては、互いの吐息を、熱を、唾液を絡ませ、交換する。喰らいつかんばかりに深く、カイトはルークに侵入し、これを貪った。呼吸さえも奪うかの烈しい侵攻に、ルークは瞳を潤ませて息喘いだ。
ようやく解放されたとき、頬を紅潮させたルークは、ふと気付いたようにカイトを見上げ、濡れた瞳を眩しそうに眇めた。
「ああ、素敵だよ、カイト……パズルを解いているときの、君だね。……嬉しい」
少し苦しげに眉を寄せたまま、そう言って微笑んで見せる。白い手が、ぎこちなく持ち上がって、慈しむように左腕を辿り、着衣の下の腕輪を撫でる。もう片手が、頬を伝い上がって右目に触れようとしたところで、カイトはその手首を掴んで引き剥がすと、シーツに押さえつけた。そんな扱いをされることにさえ、感じるのか、ルークは切ない吐息をこぼした。

しっとりと手に吸いつくようなルークのなめらかな肌、切なげな表情、吐息交じりの声。それが、どれだけ相対する者の情欲を煽るものであるのか、本人はいまひとつ、把握していないらしかった。
相手によっては、おそらくは、その庇護欲をくすぐる頼りない身を優しく愛で、慈しむ対象として。あるいは、見事に色素の欠落した穢れなき姿に感嘆し、崇め奉る対象として。あるいは、──滅茶苦茶に汚して傷つけてやりたいと、破壊的な征服欲を煽る対象として。
ルーク・盤城・クロスフィールドという、人為的に造り上げられた存在である彼は、その完璧さと不自然さのゆえに、見る者にそういった苛烈な情動を引き起こさずにはいられない少年だった。
指先で、あるいは舌で、新たな箇所を刺激する度に、ルークの身体は歓喜にひくついた。新しく与えられたパズルを慎重に検分するときと同じ態度でもって、カイトはその細い身体を丹念に知った。特に心地よく響く声が上がる箇所を見つけると、執拗にそこを責め立て、次第に切迫していく呼吸に耳をそばだてた。それでも、前をはだけただけの制服はそれ以上脱がしてやることなしに、下衣を開いてやるどころか、漆黒のコートを肩から落としてやることすらしない。
組み敷いた白い身体が、うっすらと上気して汗ばみ始めたのを見てとると、カイトはおもむろに、己の下腹へと手を伸ばした。入院着の下衣へと、手を忍び込ませる。
「カイト……待って」
今にも、跨ったルークの腹の上で自身を扱こうとするカイトの腕に、そっと、白い手が重ねられる。何をしようというのか、身体をどけるようにと促すルークに従って、カイトは組み敷いた身体を素直に解放した。
上手く力が入らないのか、苦労しながら身を起こすと、ルークはカイトに正面から相対した。
「……僕に、やらせて」
囁くと、ルークはゆっくりと四つ這いの体勢を取り、カイトの両脚の間へと顔を伏せた。その意図が分からぬ筈もなかったし、初めての趣向ではあったが、何をされるといって、カイトは怖気づくことはなかった。今や、相手を完全に従属させていることは、明らかだったからだ。ならば、望むように──ただ、使い切ってやろう。
しなやかな白い手が、簡素な入院着の前をくつろげて、熱く昂る情動の尖端を取り出す。カイトの硬く立ち上がったそれを、ルークは確かめるように捧げ持つと、感嘆に似た息をこぼした。
「こんなに、……嬉しい。カイト、カイト……」
愛おしげに、ルークはそこへ頬を擦り寄せた。うっとりと目を伏せて、細い指を絡ませる。しなやかで、少しひやりとした感触。そこで、不意に口づけられると、存外に熱のこもった吐息に包まれ、蕩けるようだった。どこで学んだのか、巧妙な舌使いが先端を、そして情感のこもった手つきが根本から、カイトの熱を煽り立てていく。
舐め上げるにとどまらず、ルークはそれを躊躇いなく口腔に含んだ。ぐちぐちと、いやらしく舌と唾液を絡めて擦り付け、尖端を圧迫する。
舌と唇を強く押し付けるようにして擦り立てられると、熱く立ち昇る悦楽の予感に、カイトは背筋が震えるようだった。淫猥な音を立て、溢れる滴を唇の端から伝わせながら、ルークは切なげに睫を伏せて奉仕を続ける。
「ん、っ……ぅ、ふ……」
己の脚の間に屈辱的な体勢で顔を埋め、可憐な唇を無惨に押し開かれて喘ぐ白い少年を、カイトは少しばかり熱を帯びた、しかし感情のこもらぬ瞳で見下ろした。片手を伸ばして、白金の髪に指を遊ばせる。柔らかな感触を楽しむように暫しそうしてから、カイトの両手は優しげに、ルークの頭を包み込んだ。
「…っ、んぅ……!」
ルークの従順な唇から、くぐもった苦鳴が上がったのは、丁寧に先端を愛撫していたところで、不意に頭を押さえ込まれて、口腔の奥まで昂りを突き入れられたからだった。それまで、されるがままに任せていたのと対照的に、カイトはルークに自由を許さず、その柔らかな髪を掴んで、好き勝手に揺さぶった。膝立ちになって、より深く、より烈しく、何度も突き入れる。簡素な寝台のスプリングが、ぎしぎしとリズミカルに軋んで、興奮を煽り立てていく。
自分が今、何を使ってこうしているのか、そんなことは、既にカイトの考えの内になかった。逃げる筈もないのに、まるでそれを恐れるかのように、頭を押さえ込んで、口腔を犯した。咎めるような小さな悲鳴さえも、耳に心地よかった。
快楽の頂点を極めた、その解放の予兆に、カイトはひときわ強く突き上げると、ずっと押さえつけていた頭を、髪を掴んで無理やり起こさせた。なすすべなくさらされた白い面に、引き摺り抜いた己自身をつきつけたとき、とうとう上りつめた焦燥は、狙いを違わず、精を吐き出した。反射的にきつく閉じた瞼に、上気した頬に、息喘ぐ唇に、飛沫は飛び散ってルークを穢す。
「っは、はぁっ、っく……」
汚された顔面を拭う余裕もなく、肩を揺らして切迫した息を継ぐルークを、カイトもまた、荒い息を吐きながら眺め下ろした。髪を掴み上げていた手を離すと、ルークはそのまま力なく頭を垂れ、シーツに肘をついた。倒れ伏してしまえば楽だろうに、細い腕で懸命に身体を支える、少し押せば崩れてしまいそうな在りようは、実に脆く、哀れだった。
服従するように伏した頭に、カイトは一息を吐くと、軽く片手を置いた。一点の穢れなく、見事に色素の欠落した白金の髪は、幼い頃と変わらず、柔らかに指を包み込む。だが、それを撫でて、よく出来たといって褒めてやることが、カイトの目的ではなかった。
ただ、ちょうどいい位置にあったというだけの理由で、白金の頭を掴んで引き寄せると、カイトはそこに萎えた自分自身を擦りつけて汚濁を拭った。体液に濡れたそのままでは、気分が悪かった。頬と髪に挟み込んで、念入りに二、三度拭えば、とりあえずは気にならなくなった。
無抵抗の在りようで俯いたルークの頤に、カイトの指が掛かって顔を上げさせる。汚され、湿った髪が冷たく頬に張り付くのもそのままに、ルークは惚けたようにカイトを見上げた。飛び散った精液がゆっくりと面を伝うのを、ふと気付いたように、細い指先で掬い取る。そこへ、目を伏せて愛おしげに唇を寄せ、小さく舐め取る、ルークの姿はひどいものだったが、汚濁にまみれながらも、どこか犯し難く、可憐だった。

思うままに情欲を発散したカイトに対して、従順に奉仕しながらも未だ快楽を極めていないルークは、切なげに瞳を揺らして身じろいだ。言わなくとも分かって欲しいなどという戯言が、通用する筈もないと知ってか、一つ吐息をこぼすと、もうすべて終わったような顔をしているカイトに向かって、躊躇いがちに手を伸ばす。ルークの手が、入院着の袖口を小さく引くと、そこで初めて気付いたように、カイトは胡乱に目を遣った。
「カイト。次は、こっちに、」
言って、ルークは引き寄せたカイトの手を、己の腰に導いた。促されるままに、カイトはそのほっそりとした腰を掴んで浮かせると、ベルトを外し、制服を下着ごと引き下ろした。
あらわになったしなやかな大腿に、早速手を伸ばしかけるカイトを、ルークは緩く首を振って押し返した。枕元へと相手をもたれさせた上で、自らはシーツの上にしゃがみ直す。
「準備、するから……待ってて」
先にお菓子と言って取り出した、小さな包みを、ルークは口元に寄せ、端を咥えてリボンを解いた。薄紙を重ねた包装の中から現れたのは、しかし、ビスケットではなかった。手の中に収まるほどの、小さな銀の丸缶である。蓋を捻って開けると、中には、乳白色のクリームが満ちていた。ルークの指が、揃えた二本でもって、それをすくい上げる。たっぷりと指先に絡ませて、ルークはねだるように顔を上げた。
「カイト…やっと、カイトが、来てくれる……」
言って、ルークは自ら背後へと指を遣った。しなやかな指先が、背骨を伝い下り、そのまま奥の窄まりへと伸びる。
「っ、ん……」
小さく息を吐いて、ルークは手首を返した。崩れてしまいそうな身体を、もう片腕で懸命に支えつつ、己の閉ざされた箇所を探っていく。なかなか上手くいかないのか、居心地悪げに身じろいでは、意識的に深く呼吸しようと努力しているようであるが、細い肢体は哀れにも強張ったままだ。快楽というよりは、苦痛に堪える面持ちで秘所を弄う、ルークの姿は、一切の穢れを知らぬようなその非現実的な白い肢体もあいまって、倒錯的であるとしか言いようがなかった。
「待って、ね……ちゃんと、出来る、から、…ちゃんと、カイトを、気持ち良く、……っ」
無理に指先を挿入して捻ったところで、未だ頑ななその箇所は、他者を迎え入れる準備には程遠い。焦るほどに、どうしても身体が拒んでしまうのだろう。そんな、使い難い自分の身体を恥じるように、ルークは潤んだ目を伏せ、固く唇を結んだ。
痛々しい自涜の様子を無言で鑑賞していたカイトは、ここにきて、背をもたれていた枕からおもむろに身を起こすと、どうしようもなくなっているルークの傍へとにじりよった。気がついて顔を上げるルークの、意を問う瞳には応えてやることなしに、動きを止めた細い手首を掴んで下ろさせる。引き抜かれるのにも感じるのか、ルークは小さく身を竦めた。
「──下手くそ」
呟くと、その痩せた身体を、カイトはやはり淡々とした動作で抱き寄せ、向き合って己の肩にしがみつかせる体勢をとった。か細い息を継ぐルークの、しなやかな背骨を伝い下り、そのまま、先に彼を困らせた秘所へと指先を埋め込む。
「あっ……ん、」
割り入られた瞬間、ルークはびくりと肩を竦め、存外にあからさまな声でもって応じてしまう。恥じるように、すぐに唇を閉ざすが、しかし、いくら押し殺そうとも、喉にかかった声が漏れ聞こえてしまうのは止められない。
まるで現実味のない、冷たい人形めいた白い身体の内側は、意外なほどに熱く、柔らかかった。クリームの助けを借りて指先を押し込むと、切なく締めつけてくる弾力が心地良く、カイトは確かめるように浅く抜き差しを繰り返した。
「お前は、作るの専門。俺は、解くの専門。お前みたいのに解かれたら、パズルがかわいそうだ」
「っは、ぁん……カイト、指…っ」
己の内側に潜り込んだものを、ルークは全身の歓喜でもって迎え入れた。応じるように、這入り込んだ指先が、入口近くの柔肉を小さく揉んで解きほぐす。円を描くように押し広げられると、情欲に高められた白い肢体は反射的に背を跳ねてしまう。
放すまいというように、内壁がぎゅ、と収斂して指を締めつける。ぴったりと咥え込んで密着し、擦り立ててやるにも、容易ではない。きついな、と無感動な調子でもってカイトは呟いた。羞恥に堪えるように、ルークは小さく呻くと、しがみついたカイトの肩と首の付け根辺りに頬を擦り寄せる。
「っ、ごめ、ん……久しぶり、だから、こんなの……」
「へえ。いつもは、どんな風にしてるんだ?」
およそ状況に相応しくない冷淡な面持ちで、カイトは揶揄するでもなく問うた。浅い息の下で、正直にもルークは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「……分から、な……薬が、効いて、……勝手に…されてる…」
「ふぅん」
この同い年の少年が、どれだけ異様な環境に身を置いているか、その短い言葉からでも十分に想像がつくようだった。それに対する感想は、何ら表に出すことなく、カイトはルークの内側を探る指先の動きを続けた。
「言えよ。どうして欲しいのか」
「そ、んな……」
言い淀んで、ルークは小さく首を振った。ここまでしておいて、今更何を恥ずかしがっているのかと、カイトは失笑しかけたが、次にルークが口にした台詞によって、その解釈が誤りであったことを知った。
きゅ、と背中にしがみつくと、ルークは吐息交じりに呟いた。
「なんでも、いい……カイトに、されるなら。どうされたって、いい、……僕を、解いて」
耳元で囁かれた、その言葉をきっかけに、カイトは腕の中の少年の腰を強く抱き寄せた。




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