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単純接触効果 オペラント / Sugito Tatsuki






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リオはソルジャー・ブルーを愛している。彼がいるから自分は生きている、彼のためにだけ、自分は生きているのだとリオは思う。 彼はリオに、その名を与えてくれた。生きる場を与えてくれた。彼はリオを評価してくれた。彼はもしリオが迷って彼とはぐれてしまったら、他の皆を残したままにしても、リオひとりのために探しに来てくれるのだ。彼がいてくれると知っている、だからリオは、どんなことも怖くない。

彼が時折、心を悩ませるのを見るのはリオにとって自分のことのように辛い。その悲哀をどうにか晴らして差し上げたいと思う。そういう時、どうにかしたいのだけれどどうすることも出来ずに、ただ彼の傍にいることしか出来ないリオの頭に、彼は手を乗せて、優しく撫でてくれる。抱き締めて背を撫でてくれる。これでは逆に自分が慰められているようだ、とリオは思う。リオは彼に触れられるのが好きだ。彼に慈しんで貰っているのだと実感できる。他の多くの彼の子どもたち(.....)の中から、自分のことを気にかけ、自分が道を迷わないように、見守ってくれていると確信できる。

リオは、自分のことを陰で悪く言う人々がいることを知っている。ソルジャーに取り入って、あさましい真似をして、犬同然だと言って蔑む。それは一部は当たっている、しかし大事な前提が全く間違っているとリオは思う。確かにリオはソルジャーに尽くし、その求めにはいつでも応じようと、常に待機している。それは主人の気紛れに喜んで尾を振る犬のようだ。だが、彼はリオを、だからといって特別扱いしているわけではない。自分が彼に注がれる慈しみは、他の人々へのそれと変わりないとリオは思う。彼は人々を平等に愛する。それは等しい量の慈しみを注ぐのではなくて、弱い者に多く、強い者には少しだけ、必要なだけの量を過不足なく与えるということだ。彼の心は誰のものでもないし、彼は誰にも束縛されない。人々がそれを分かっていないだけなのだ。充分な愛を受けていながら、もっと欲しいと、まだ足りないと、少しでも他人より多くと、充足を知らずに際限なく求める。

自分はソルジャーに、他の人々より多く接して貰わなくては駄目なのだとリオは思う。自分は弱いから、もし彼の傍に仕えることを許されなかったらと想像するだけで、たまらなく恐ろしくなる。
リオは時々、ソルジャーはひとりで平気なのだろうかと思う。自分たちは慈しみをいつでも確かめて、愛を注がれていると分からないと不安で仕方なくて、生きていられないんじゃないかと思うくらいなので、彼はそういう相手を持たないで大丈夫なのかと心配になるのだ。けれどきっと、誰より強くて、誰より完全に近いソルジャーは、自分自身の欠落に負けずにいられるのだろうなとリオは思う。それでも、もし必要なのだったら、自分は彼のために何でも望まれることをしたいと、ずっと思っている。

ソルジャーは、リオのことを「良い子だ」と言う。リオは自分ではそうなのかよく分からないけれど、彼がそう言うのだから、そうなのかなと思う。ソルジャーはリオに、己の心に素直で正直にいなさいと教えた。幼い頃には、それは人に嘘をついてはいけないといったルールと同じことだと思っていたけれど、次第にその意味するところが掴めるようになった。ソルジャーは、ありのままの自己を受容し、自分を大事にすること、すなわち自尊感情を失くさないようにと、繰り返し説いていたのだ。欠落を抱えて、地上を追われて、ともすれば劣等感にうちひしがれてしまう、けれどもリオは、ソルジャーの教えてくれたことを実行して、卑屈にも自暴自棄にもならずにやってきた。だからソルジャーは、リオが「ひねくれていない」という意味で「良い子」と言うのだと思う。

リオは自分の名前が好きだ。それは彼が自分のためだけに与えてくれたものだからだ。彼がその名で呼んでくれるのがとても嬉しい。それだけで心安らぐ。ここにいて良いのだと感じ、欠落を抱えた自分のことを少し好きになれる気がするのだ。
成人検査前にソルジャー・ブルーによって救出されたリオは当初、周囲の人々に名前を呼ばれるのを頑なに拒んだ。暖かな記憶のないその名が嫌で、これから新たな場で新たな生を始めるならば、過去を引きずる名など捨ててしまいたかった。だから、呼びかけられても、何を聞かれても思念を返さなかった。力の扱い方には既に慣れていたから、心を読まれないように遮蔽するのは容易だった。そんなことをしていたリオに、ソルジャーは歩み寄り、向かい合い正面から目を見据えて言ったのだ。

「君はリオだ」

ソルジャーにはリオの心の障壁など意味もなく、閉ざされた本心を読み取ったのだろう。確かな名を与えて、呼んで欲しいというリオの願いが、彼によって達せられた。冷たい筈の名が、彼に発せられ、命名されたことで、リオは新たな生を受けたのだ。その時から、リオの「親」はソルジャーだけだ。彼に話したい一心で思念波によるコミュニケーションの仕方を覚え、彼に喜んで貰いたくて懸命に能力を磨いた。

都合の良い愛玩動物と変わらなくても良いとリオは思う。ソルジャーにとっての「他者」の代わりで、「彼自身」の代わりで、そうして彼の求めが僅かにでも達成されるなら、リオはとても嬉しい。ソルジャーに触れられると、とても心安らいで、自分の内から優しい暖かな気持ちが広がって、自然と目を閉じてしまう。それはソルジャーが、その手でリオに触れるというよりも、例えばリオの肩に額を、胸に身体を、背に腕を、預けて密着させるから、これはリオがソルジャーに触れているのと同じことだとリオは思う。ソルジャーは指先に限らず、その全身の皮膚感覚を出来るだけ用いて触れようとする。だからリオは、ある意味で自分がソルジャーを抱いているような心地になって、その感覚に陶然とするのだ。

リオ、とソルジャーが呼びかける。リオは寝台へ歩み寄る。ソルジャーは手をのばし、それが届くようにかがんだリオの頬に触れる。両手で顔を包み込んで、リオの色素の濃い瞳をじっと見つめる。リオもまた、視線を外さずにソルジャーの透明な瞳を見つめ返す。適度にさ迷うことのないまっすぐな視線というのは、向けられた者を緊張させてしまうもので、だから人はしっかりと相手と目を合わせるのを無遠慮だとして、そうするのは少しの時間だけに自然と制限する。ましてソルジャーの瞳は鮮やかな赤色、強烈な認識をもたらす色を映す。まっすぐに見つめられれば、大抵の者は怯えたように視線を逸らし、俯いて、畏怖する存在に対するへりくだった態度をとる。本心を見透かされて暴かれ晒されるような気がして拒絶意識が働くのだ。リオはソルジャーの瞳を、彼が望む限りずっと見つめていることが出来る。リオはソルジャーに全て心を明け渡しているから、やましい隠し事を見抜かれるのではという恐れもない。むしろ彼の瞳に自分がとらえられるのが幸せだと感じる。 深い赤を映すソルジャーの瞳はとても綺麗だ。時折、左右に僅かに揺れ動くのは、不随意の眼振(ニスタグムス)のせいなのだけれど、その動きが光の投射角をぶれさせるから、更に色彩を艶めかせて美しさを高める。

ソルジャーはリオの瞳を、瞬きも忘れて見つめて、一体何を探しているのかリオには分からないけれど、静かに、確かめようとしているのではないかという気がする。何故そう思うのかといえば、彼がリオに触れていた身体を離すときいつも、張り詰めていた彼の思念の波が一瞬、穏やかなかたちをとるからだ。その変化は一般に、"安心した"時の思念の変化と呼んで差し支えないものだ。何か不安があって、確かめることでそれが心配ないことだと分かって、それで人は安心する。ソルジャーは、リオが初めて対面した昔から、あまり感情の動きをそれと分かる形に表出しない人物であったから、例えばほっと息を吐いたり微笑したりという反応は見せないで、ともすればひとりで勝手に納得して唐突に突き放す、何を考えているのか分からない冷淡な態度にも見えてしまうけれど、リオは知っている。ソルジャーはこうすることで、いつも確かめて、そして思っているのだ。リオなりに言語化すれば、それはこういった内容だ──

『良かった。まだ、ちゃんといる(.........)




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