限界接触抵抗 / Sugito Tatsuki
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あなたが好きだから、あなたを愛しているから、こうするんだ。
あなたのいない世界に、耐えられない。
あなたを憎めば、良いのだと思った。死んでしまえと思うほどに強く、憎めば良いのだと。そうしたら苦しくない筈だった。あなたを失うことを恐れずに済む筈だった。
では、どうして痛みが止まない。
憎いのに。
自分を苦しめるから、とても憎いのに。
心は少しも楽にならない。
──解っていたことだ。
僕があなたをそんな風に思える筈がない。
あなたがいなくなっても別に良いだなんて、そうしてあなたを乗り越えるだなんて、思い出として生きていくだなんて、出来るわけがないのだ。
憎みながら、失いたくないと思う。
あなたが憎い、そして──愛している。
あなたのためでもあるのだ。あなただって望んだ筈だ。
この行為は、僕のためだけじゃない、二人のためにあるのだ。
そうだ、僕はあなたを、これはもう、どんなに憎んでいようとも、それでも想うことに変わりはない。根底にあるのは、いつだって、あなたなのだ。
あなたを守りたいし、助けたいし、抱き締めたい。
悲しませたくないし、困らせたくないし、苦しませたくない。
あなたが本当に安らぎを得られれば良いと思っている。
何よりも、あなたが苦悩から解放されることを望んでいる。
あなたは、己の欠落を埋めるものを求め続ける。けれどそんなもの、手に入るのは皆、影ばかりなのだ。だから、満ち足りない。あなたは手に入らぬものを追い求めて、そして自らをより深い苦悩へと追いやる。
あなたは知っている。
それでは、どうしたら良いか。
どうしたら、求めを達成することが出来るか。
身体を重ね、心を融け合わせ、互いを求めて、境界を踏み越え、自己を放棄し、一体となることだ。
「痛い? でも、ひどくされるの好きだから、良いよね」
あなたはひどくされるのが好きだ。いや、ひどくするのが、と言った方が、その自己概念の様式には適しているかも知れない。
あなたは自分を、その奥底まで荒らして、何も残らぬほどに苛みたいと渇望している。そうしたら自分の欠落が埋められると思っている。希薄な自己に感覚を取り戻すことが出来ると思っている。けれど、自らそれを達成するには、束縛が多すぎるのだ。
危ういところまで、もう少しのところまで、望みの叶えられる一歩手前まで、上りつめても、最後には躊躇って、身を引いてしまう。そうしてあなたは、あたかも自分が生きている振りをしてきた。違う、あなたはただ、周囲に生かされてきただけだ。人々に望まれる存在として、あり続けただけだ。
どうしてあなたが、こんなに苦しめられて、なお生きなくてはいけないのだろう。
どうしてあなたは、自ら苦しめられることを望むのだろう。
僕には辛くて仕方がない。
あなたは過ぎた年月のうちに、自分の欲求を他者のそれとすり替えるようになった。自分の望みなんてものはないのだと、"皆"の望みのために、皆のために望んで生きているのだと、己を偽った。
あなたの奥底の渇望が満たされる術は、必然として、あなたを仰ぎ付き従う"皆"から、あなたを奪う。あなたは優しい人だから、何よりも人々を第一に思うから、自分自身の追い求める境地へ至ることが出来ない。
だから、あなたに出来ないのなら、僕が代わりにそれを為す。あなたはもう、己を抑圧から解き放つ術を忘れてしまっているのなら、僕が導く。"皆"からあなたを奪うなんて真似は、僕にしか出来ないのだ。
あなたが僕に頼んだわけじゃない。あなたは自分のことなんて、皆の望みの達成された一番後回しで構わないと思っている。あなたは、勝手にこんな行為に出た僕を、愚かだと言って罵倒するだろう。
けれど僕は、あなたを愛している。
あなたがずっと、消せずに内に抱く望みを、僕は叶えられる。あなたの触れられないあなたに、僕は触れられる。
だから、僕のせいにすれば良いのだ。僕が、苦しみたくないから、苦しむあなたを見たくないから、あなたを救いたいから、勝手にこうするのだ。
僕に任せれば良い。
そうしたら、あなたは初めて、偽りない喜びを得られる。
あなたが、已まぬ苦しみから解放されることが、何故批難されよう。だからこれは、正しいことなのだ。感じたことのない気分だろう。これが、あなたの求め続けたものだ。
ブルーは与えられる感覚を追い求めた。
緩急をつけて、ありとあらゆる箇所の皮膚感覚が刺激される。情動が、また肉体が、接触した部分から甘美な痺れを生み、じわりと内へ浸透する恍惚に意識が飛びかける。
──まだ、こんなものを感じ取る力が残っていたのか。
いくら他者と身体を触れ合わせても、全身抱擁は達せられない。完全に抱き込むことも、包み込まれることも叶わない。必ずどこか足りないのだ。欠落を抱えた自分と、欠落を抱えた他者が、いくら接触したところで、満ち足りる術などある筈もない──境界を、保っている限り。
一層強く這入りこまれて、背を反らしたブルーは己の内に拡散していく衝動を行き渡らせ、その感覚に陶酔した。
──ああ、これを、自分はずっと、求めてきたのだ。
その代わりを求めて、影を追って、満ち足りた振りをして、それでも本当に、完全なものが欲しいと渇望することを止められなかった。完全に抱き締めて──抱かれたい。
精神も肉体も、全て支配して、貫いて、引き裂いて、突き崩して、何も判然としないまでに、ことごとく苛んで欲しい。想像の領域を超えた圧倒的な激しい感覚のただ中へ堕ちてしまいたい。破滅への衝動は抗い難い快楽をもたらす。
こんな情欲に囚われる己を、ブルーは嫌悪していた。
その欲求を読み取って、見なかった振りをしてくれず、こんな手段に出てしまったジョミーは何て愚かな子なのだろうと思った。あまりに愚かで、哀れだった。
欠落を与えた。
自分が、"ソルジャー・ブルーの喪失"という形で、ジョミーに欠落を与え、彼を追い詰めた。それが紛れもない事実だとブルーは思った。
ブルーはジョミーの望みが分かったし、彼がこの追い込まれた状態にあってもなお、ブルーに向ける、とめどない一途な思いが分かった。
苛烈な熱に抱かれ、また抱きながら、ブルーは思った。それでは、こうなることを、自分は、分かっていたのだろう。
望んでいたのだろう。
未練がましい、頑なで現実を認められない、己を偽り叶わぬ望みを抱く自分を強制的に、終わらせて(くれる、強烈な力を、求めていたのだろう。
ジョミーは思った。
何故あなただけが、人々の上に立つために苦しい思いをしなければならない。
己を縛り、満足を知らずに終わらなければいけない。
あなたは自分を偽ることはない。あなたは満ち足りなければいけない。そうであるべきだ。
最後まで望むものを得られず、満足を知らず、欠落に打ち勝つことなく、それで良かったと、己を偽るなんて、あなたがあまりに悲しい。
終わろう、終わってしまえばいい。
捨ててしまえ、地球なんかもうどうだっていい。
約束なんて知るものか。
地球でなくても良かった筈だ。
欲しかったのは地球じゃないだろう。
あなたもまた、縋りつける道標が欲しかったのだろう。
僕があなたに心を委ね、
あなたが僕に心を任せる。
それで良いんだ。
あなたは自分の時を止めた。僕も止めよう──共に。
侵すと同時に囚われている。
侵されると同時に捉えている。
物語は既に破綻した。
解釈もない、意志もない、存在もない、ことごとく意味がない。
そんなもの、ひとつもなかった。
なんにもなかった。
太古の海に抱かれ漂う、最小単位の有機化合物が頼りなく、よりそい、波間に身を委ね、たゆたう残像が見える。
2007.06.17-06.28