saihate no henkyo >> 地球へ…小説



近似統制条件 / Sugito Tatsuki







-3-








ジョミーはその大仰な衣装に最初に袖を通した時、どうにも窮屈に感じて落ち着かなかった。実際にはマントは軽やかなものであるにも関わらず、肩が重いように感じたし、ご丁寧に指先まで包む長手袋のせいで、全身が締め付けられるかの違和感に悩まされた。皆よく我慢してこんな恰好をしていられるものだと、初めの内ジョミーは、周囲の人々をまるで従順な羊のように感じていた。自分自身が次第に環境に順応していく中で、違和感は薄れていったが、衣食住の何であっても、人はいざとなれば慣れていくものだと、生来備えた柔軟性にある種の感心を覚えただけであった。

それだけではないことを、ジョミーが知ったのはブルーがきっかけだった。この衣装は何とかならないのかというジョミーの愚痴に対して、ブルーは意外にも、共感の態度を示したのだ。てっきりブルーの趣味で衣装が制定されているのだと思っていたジョミーは、僕も時々息苦しくて脱ぎ捨てたくなる、というブルーの言葉に、少なからず驚いた。その後に、けれどこれは僕たちを護ってくれるから、と宥められて、ジョミーは、これだけ全身を覆っていればそれはそうだろうと思った。

身体面に気が向いていたジョミーは、ブルーが精神面を含めた観念的な話をしているということに、暫く気付かなかった。世間話に隠されたその意図に気付いた自分自身を、ジョミーは賞賛してやりたい気分だった。もっとも、ブルーは例によって解説付きの模範解答など与えてはくれないため、これはあくまでジョミーが後からよく考えてみて、その言葉に自分なりの解釈を加えていった結果ということになる。すなわち、ブルーはこう言っていたのだとジョミーは推測した。

護るためには制限をかける必要がある。
庇護と束縛は表裏一体である。

ブルーは、全ての同胞の上に立って彼らを護り導く、頂点としての己の役割の二面性を譬えたのだ。異端者たる全ての人々は、この船に属する者として、集団の一員として、時に自由を制限される。しかし、そうして縛られているからこそ、同時に彼らはその身の庇護を保証されるのだ。だから皆あの衣装に不服がないのだ、とジョミーは先の卑近な疑問点に関連付けて納得を得た。つまり彼らには、束縛されているだとか、我慢をしているだとかのネガティブな意識よりも、ブルーに護られているという喜びの方が勝って感じられるということだ。その微妙なバランスを、きっとブルーをはじめとする人々は、長い時間をかけて見出し、保ってきたのだろう。

縛ることが護ることだと、ジョミーが知ったそれはまた、庇護者たるブルー自身においても適用される構造である。すなわち、ブルーにとって、その地位を象徴する優美な衣装は、あるいは彼だけに与えられたその名は、現実味のない特異な容姿は、殻なのだ。それは彼を規定し、彼の自由を奪って、あるべき姿を強要する。一方で、彼が崩れ落ちぬよう庇護し、かたち造って支える拠り所でもある。息苦しさを堪えても、ブルーはそれを捨てようとはしない。彼は、自分を縛るものが必要であることを、よく分かっているからだ。ブルーはかつての忌まわしい記憶から、束縛を嫌悪する一方、だからこそ自分の意思であらかじめ己を縛る。これ以上、何に触れることも触れられることも、容易には叶わぬように制限する。

ブルーの世界は限りなく完結している。彼は彼の意思でしか縛られない。彼がその腕で強く抱いて拘束するのは自分自身だけだ。ブルーの身の枷たる重々しい縛鎖は、優しく抱擁する腕と同一で、そうして自らを護るのだ。



闇にあって呑まれかけるシーツは藍色がかって、けれどもその表面をぎこちない動きで撫でるしなやかな腕は、いよいよ白く、乳白色に仄か光るかのようだ。まるで目的なく、無為なる手慰みのように、腕は布を撫でる。時折寄った襞にか細い指が引っ掛かって動きを阻害するけれど、端まで辿ってはまた元の方へと、腕は反復運動を続ける。布ずれの僅かな音はどこか気だるげだ。

「こんな風に、君を縛ってしまうのが躊躇われたんだ」

護るためではなくて、個人的な情動のために、傷つけてしまうかもしれないかたちで縛るなんて、身勝手なことこの上ない、とブルーは呟いた。
その手がのばされて、躊躇いがちにそっと背中を撫でるのを感じて、ジョミーは心苦しいほどにブルーを愛しく思った。

――窒息するくらいに、もっと、縛っていい。

慈しむように優しく、ブルーの背に腕を回して身を寄せながら、ジョミーは密かに思った。ブルーは、ジョミーの腕を掴んでくれた。強く抱き締めて、縋ってくれた。その時、確かにブルーが自分だけを求めてくれたのだと、皮膚に残る感触が証である。

ブルーはジョミーを束縛することを躊躇っている。閉じ込めたい思いで抱擁することすら、禁忌とみなして厳しく自戒する。それがジョミーの意思を無視した身勝手な行為だと考えるからだ。
しかし、視点が変われば自然、事象の意味も移ろうことは自明である。ジョミーにとって、ブルーに縛られることは、ただそれだけの受動的な意味には終わらない。束縛するほどにブルーがジョミーを求めるのは、ジョミーがブルーをそれだけ支配しているということになるからだ。換言すれば、ジョミーがブルーを、縛っている、あるいは繋ぎとめているのだといっていい。それはジョミーが何としても得たい自己効力感の根源だ。
ジョミーはいつだって不安を拭えない。自分がブルーをちゃんと繋ぎとめられているのか、心配で仕方がない。だから、ブルーに縋られて、身を委ねられて、頼られることで、得られる実感だけが、ジョミーにとって、信じられる数少ない確証なのだ。

ブルーは、ジョミーの名を呼びながら、自分自身を抱き締めていた。あれがブルーの純粋な欲求なのだとジョミーは思う。すなわち、抱き締めながら、抱かれたい。それはジョミーにとっても、欲しくて堪らない相互関係だ。
多分、ブルーはずっと、自分の腕で自分を抱いて、束縛することしか出来ずにいたのだろう。誰もその腕の代わりに彼を抱擁することも、彼に縋られることも、なかったのだろう。ただ一人の存在たる彼は、他者と交わることを許可されない。だから、誰よりブルーに近しい自分こそが、彼を決して独りにはしないのだ、とジョミーは強く思った。自分ならば、ブルーの手が掴んで頼り、安堵出来るように、彼が腕を回す対象になれる。そして、ブルーの腕の代わりに、しっかりとこの手で彼を抱くことが出来る。

ブルーがジョミーに縋って縛るならば、ジョミーはブルーを抱擁して縛る。独りきりで完結してしまった世界を開いて、もっと近く、同じになるくらいに重なりたい。それでブルーが満足出来たら、ジョミーは限りなくブルーと一体になれたのだといえる。

束縛を嫌うブルーに、自ら腕を掴んで拘束することを懇願される程には、信頼されているということだろうかとジョミーは思った。掴んでも、傷つけることはないと、委ねても大丈夫なのだと、そうしてブルーの恐怖を呼び起こさないものとして、この手が認識されているのなら、何より嬉しい。 だから、ジョミーはブルーの腕を取ると、この上なく丁寧に手首に口づけた。芝居がかっていると思ったのか、ブルーはくすぐったそうに小さく笑った。




End.




















緊縛をやってみたかったのに何故だか甘々になりました。もっと縄を! 


2008.03.03-03.10


back