贖罪の部屋 2







駄目だ、そんな風に扱っては、駄目だ。
こいつは、弱いのだから。小さな身体には、耐えられない。簡単に壊れてしまうから、気遣ってやらなくてはいけないのだ。
そんな風に、押さえ込む必要なんてない。どうせ、抵抗なんて、出来やしない。見れば、分かることじゃないか。大事にしてやらないと、いけないんだと、どうして分からない。あえて苦痛を与えてやる必要が、どこにある。
声を殺して、痛がっている、泣いている、叫んでいる。それなのに、どうして、そんなことが出来る。守ってやりたいと思うのではなく、もっと手酷く、壊してやりたいと、思えるんだ。
壊さないでくれ、傷つけないでくれ、汚さないでくれ。
奪わないでくれ、これ以上、どうか、
──頼むから。



じゅる、じゅると、涎を啜る獣のような、聞くに堪えない粘着質な音が、耳を犯す。男の汚らしい唾液をなすりつけられて、アルミンの身体が、穢されていく。耳を塞ぐことも、目を覆うことも出来ずに、床に座らされたジャンは寝台の上の一部始終を、ただ、見ていることしか、出来なかった。周囲には、ライフルを装備した憲兵が三名、寝台の上の行為を鑑賞しながらも、ジャンへの警戒を怠っていないことが知れた。丸腰で立ち向かえる相手ではない。それでなくとも、少しでも反抗的な態度を見せようものならば、奴らの手の内にあるアルミンに危害が及ぶだろうことは明らかであった。
「……っく、」
憲兵が、欲に塗れた手でアルミンの身体を撫でさすり、白い肌をねっとりと舐め上げる度に、おぞましい吐き気が襲った。それでも、ジャンは、寝台の上から目を逸らさなかった。
見ていてやる、と思った。憲兵どもの行為の一部始終を、残らず記憶してやると、ジャンは意志を固めていた。奴らが何を言い、何を為したか、すべてを仔細に、記憶に留める。それは後々、有力な証言としての効果を発揮する筈である。かような侮辱を受けて、黙っているつもりは、ジャンには毛頭なかった。憲兵どもは、屈辱的な内容の報告を上へ訴えられる筈もなかろうと高を括って、行為に及んでいるのだろうが、奴らの思い通りになってたまるか、と思う。
確かに、直截の被害を受けたアルミンにとっては、敬愛する団長にかような報告を上げるのは、二重の苦痛以外の何物でもないかも知れないが、ならば、代わりにジャンが報告するだけのことだ。恥ずべき行為に従事させられたからといって、泣き寝入りをして、下衆野郎どもを野放しにしておく、そんな不条理は許し難かった。
奴らは、アルミンのどこをどう弄び、どんな様子で、どんな言葉を吐き、どんな風に傷つけ、それに対してアルミンは、どんな声を上げ、どんな風に身体を反応させ、どんな表情を見せたか。
まるで、それが唯一、許された反逆の術であるかのように、ジャンは、目の前の光景を見つめた。拳を握り締め、目を瞠って、ともすれば顔を背けたくなるほどの惨状を、捉え続けた。

アルミンは、終始、口を噤んでいた。屈辱的な体勢で、大きく脚を広げさせられたときも、あらわになった秘所に、男の太い指が潜り込んだときも、懸命に、奥歯を噛み締めているのが分かった。
入り口を押し開かれ、浅く抜き差しされる度に、アルミンの脚は、小さく跳ね上がる。シーツに頬を擦りつけて、アルミンは声を堪えた。
「ぅ、く……っ、ぅん、っ……」
「強情だな」
片手の親指で、小さな乳首を捏ね回し、もう片手でアルミンの中を無造作に探りながら、憲兵は、物足りないとでもいうように舌打ちをした。行為を見物していた部下が、すかさず愛想笑いを浮かべる。
「なに、どうせ最初だけです。少し突いてやれば、すぐに啼き始めますよ」
「ふん……確かに、指では物足りんだろうな」
ぐ、と親指に力を込めて、男は、張り詰めた乳首を押し潰す。アルミンの唇から、押さえきれない悲痛な声がもれた。
「痛くされるのが好みか?」
「いっ……ぅ、く……」
ぐ、ぐ、と男は指の腹で、赤い尖端を無造作に揉み込んだ。苦鳴とも喘ぎともつかぬ、押し殺した声をこぼして、アルミンは唇をわななかせる。男は挿入する指を増やそうとしたが、奥へ潜り込もうとする度に、アルミンが身体をずり上げて逃げてしまうため、なかなか意図を達せられない。男はそれが不満らしく、部下たちへ指示を飛ばす。
「おい、頭を押さえておけ」
「はっ」
上官の言葉に応えて、一人の下っ端が、寝台に上がる。背後からアルミンの両脇に手を差し入れて、膝の上に抱き起こす格好を取る。しっかりと押さえ込まれたアルミンは、最早どこへも逃げることが叶わない。獲物の自由を奪うことによって、憲兵は心おきなく、入り口を解きほぐす作業にかかった。無防備な箇所を暴かれるままに、アルミンは声を堪えて身を捩り、背後の男に頭を擦り寄せるばかりである。それに劣情を刺激されたか、兵士は拘束を続けながらも、そろそろとアルミンの胸元に指を伸ばした。上官が下半身にかかりきりとなったため、おろそかにされていた、アルミンの小さな胸の尖端を、軽く指先に摘む。
「っ、ん……」
ひくん、とアルミンは仰け反って応じた。その慎ましい反応を、背後で密着する男が見逃す筈もなかった。はじめのうちは、上官の目を気にしてこっそりと、それから、咎められないことが分かってからは、あからさまな手つきで、兵士は、くにくにと柔肉を捏ね回した。
ああ──そんな風に、鮮やかに赤く、色づいているから。もっと触れて欲しいとねだるように、硬く立ち上がってしまうから。感じ入った吐息を、もらしてしまうから。だから、摘み取られてしまうのだ、とジャンは思った。どうして、アルミンは、こんな風に出来ているのだろう。それは彼にとって、何の利得にもならない筈なのに、どうしてわざわざ、喰われやすいように、出来ているのだろう。小さくて、弱いものは、何のために──生きているのだろう。
「ふ、ぅあ……ん、ぅ」
ほのかに頬を紅潮させ、アルミンは男どもの手つきに合わせて、切ない吐息をもらす。くたりと力の抜けた四肢が、時折、ひく、ひくと跳ねるのは、抑えきれない歓喜の予兆であろうか。
「いいぞ、その気になってきたらしい。続けろ」
性感を刺激され、意識をそちらに逸らされたために、強張っていたアルミンの身体からは力が抜けて、男どもにとって、いっそうに都合が良くなったようだった。別々の相手から、離れた箇所で与えられる刺激に、アルミンの過敏な身体は、いちいち反応を返した。二人の男に挟まれて、白い身体が、哀れに跳ねる。与えられるものが大きすぎて、受け止められないというように、アルミンは身を捩った。
アルミンの気が逸れた隙に、下では更にもう一本の指が挿入され、ぐちゃぐちゃと淫猥な音を立てる。抗うように、アルミンは身じろぐが、どこにも逃げ場はない。憲兵どもの手慣れた作業めいた手つきに、否応なしに翻弄され、かき乱されていく。アルミンの意思だけ置き去りにして、中に男を迎え入れるための準備が、着々と整えられていく。
「そろそろ、いいだろう」
アルミンの中から、ずるりと指を引き抜くと、憲兵は前をくつろげた。昂った欲望を、見せつけるようにして、アルミンの蕩けた入り口にあてがう。
「さて──しっかり、咥えるんだぞ」
「ぁ、……っ」
びくりと、怯えるように、アルミンは身体を強張らせる。その目は、今から自分に挿入されようというものを見つめて、声を失っていた。無茶苦茶だ、とジャンは呻いた。あんなもの──入るわけがない。アルミンの小さな身体で、頼りなく細い腰で、受け止められるものとは思えない。指でさえも、あんなに苦しそうだったのだ。強引にすれば、壊れてしまう、と思った。
しかし、ジャン以外の誰も、それが非道で、無茶な行為であるとは、考えていないらしかった。上官が意図を達しやすいようにと、下っ端の兵士は、きつくアルミンの肩を押さえ込んだ。すっかり準備の整えられた小さな身体に、憲兵はあえて恐怖を煽るかのように、ゆっくりと覆いかぶさる。小さく窄まった秘所を、無惨に押し広げて、男は尖端を捻じ込んだ。
「ぅ、っあ……!」
大きく仰け反って、アルミンは悲鳴めいた息を継いだ。しなやかな脚が、ひく、ひくと跳ね上がる。身を捩って逃れんとするが、ささやかな抵抗は容易に押さえ込まれ、悩ましく身をくねらせることにしかならない。懸命に苦鳴を噛み殺す、その悲痛な表情は、男の嗜虐心を煽る一方である。
「そうか、そんなに嬉しいか。これは、奥まで味わわせてやらんとな」
暴力的な硬度を持った尖端が、柔肉をかき分けて、アルミンの無防備な内側を探る。男は、アルミンのほっそりとした腰を両手で掴むと、小刻みに揺すり立てながら、奥へ、奥へと潜り込ませていく。
「……っ、く、ぅ……っ、う……!」
きつくシーツを握り締めて、アルミンは、強引な挿入に耐えた。呼吸を整える暇もなく、男は、腰を前後し始める。
「おお、締まる、締まる。これは良い」
「っ、う、あっ…ぅ、く……」
突き上げられる度、がく、がくと、アルミンの頭は、大きく揺れた。大柄の男に覆い被さられて、細いつくりの身体は、潰されてしまうのではないかと思われた。ぎし、ぎしと寝台の軋む音が、アルミンの堪えた悲鳴の代わりに、ジャンの耳にしつこく響いた。
己のかたちを教え込もうというかのように、男はアルミンの閉ざされた内奥を穿つ。アルミンの身体は、その衝撃を受け止めきれずに、シーツの上を、ず、ず、と滑っては、乱暴に引き戻されることを繰り返した。
醜悪な肉棒に荒々しく押し開かれ、ぐちゃぐちゃと掻き回されて、アルミンのそこは、壊れてしまいそうだった。男はアルミンに荒い息を吐き掛け、しなやかな大腿に指を食い込ませて、烈しく揺さぶる。リズミカルに突き上げられる度に、アルミンの唇は、押し殺した喘ぎをもらした。
「っあ、あぅ……っ、は、ぁあ……」
「正直になってきたようだな。容易いものだ」
男の律動に、アルミンが、否応なしに組み込まれていくのが分かる。無理矢理に、一体化させられていく。圧倒的な力の下に屈服させられ、従順に、男の情欲を受け止めるだけのものにさせられていく。その身体は、最早、アルミンのものではない。同じタイミングで重なり合う、二つの呼吸が、身体を繋げられていることの、何よりの証だった。
「はは。腰振って善がってますよ、こいつ」
「美味そうに、ずっぽり咥え込んじまって、淫乱ですなぁ」
部下たちの台詞に煽られたように、男の動きが烈しさを増す。次第に、間隔が短くなっていく、アルミンの呼吸につられて、ジャンは、息を乱している己に気付いた。アルミンが突き上げられ、びくんと仰け反る度に、ジャンの心臓は刺し貫かれ、容赦なく抉られる。その、灼けつきそうな痛みと、屈辱、憤怒──激情に、心臓が早鐘を打つ。得体の知れない焦燥が、背筋を這い上がり、脳を痺れさせた。
息を切らしながら、男は、ぐ、と身体を前傾させた。アルミンの頼りなく細い腰を浮かせて、抱え上げる。
「さあ、──一番奥に、出してやろう」
「ひ、ぐっ……!」
膝が胸につくほどに押し曲げられ、ひときわ深く貫かれたアルミンの身体が、びくりと跳ねる。荒い息を吐きながら、立て続けに、男は二度、三度と自身を突き入れた。白い喉を晒して仰け反ったアルミンの唇が、悲鳴の形にわななく。
「う、やっあ…いや、っやだぁ! やめて、やめ、っあぅ…!」
初めて発せられた、拒絶の声は、悲痛に耳を裂いた。幼い悲鳴に興奮を覚えたか、憲兵は腰を前後しながら、唇に愉悦を刻む。
「っは、どうした、今更、怖気づいたか」
「やだ、ぃや…、い、あぁ!」
アルミンは烈しく首を振り、身を捩って逃れんとするが、両脚が宙に浮かされた状態で、それは、抵抗の意味をなさなかった。細い両腕で、男を押し返そうと試みたところで、何ら、行為を止めさせる役には立たない。じっとしていろ、と手下の兵士にあっけなく腕を押さえ込まれてしまう。少年の初めての抵抗らしい抵抗は、ただ、男どもに、それを力ずくで押さえ込むという楽しみを与えただけだった。より深く穿ってやろうというのか、憲兵は更に、アルミンの脚を折り曲げ、これを抱き込むように、姿勢を前傾させる。
「く、うぁ…っ、ぁぐ……!」
無理な体勢で腹と胸を圧迫され、上手く息が継げないのだろう、アルミンの呼吸は、悲鳴めいて切迫している。これ以上、続ければ、壊れてしまう──限界に、達しようとしていた、そのときだった。苛烈な律動が、ふっと緩む。
「……ふ、っう──」
低い呻きをもらして、男は最後の一突きと共に、背中を震わせた。掴み上げた腰を、ぐっと引き寄せ、一滴たりとも、こぼさぬようにとでもいうように、結合部を強く、擦り合わせる。
「あ、……ぁ……、」
アルミンは、一度、ひくりと身体を波打たせた。青灰色の瞳が、大きく見開かれる。自分の身体の中に、何を放たれたか、理解したのだろう。唇が、鋭く息を呑み、そして、か細く啼いた。くたりと、四肢が力を失って落ちる。とさ、とシーツを叩く、その拍子に、瞬きを忘れた瞳から、滴がこぼれ落ちた。
ああ──汚された。アルミンが、汚されてしまった。叩き落とされ、踏み躙られた。その瞬間を、ジャンは、はっきりと感じた。目の前の光景が、色を失い、白く溶ける。
奥まで染み込むのを待つかのように、憲兵はアルミンの腰を引き上げたまま、手放そうとはしない。視界の片隅で、抱え上げられたアルミンの脚が、ふる、と痙攣するのが見えた。こくりと喉を鳴らして水を飲むのと、同じように、男に注ぎ込まれたものを、そうして、腹の中に呑み込んだのだと、分かった。あれだけ拒んだものを、アルミンの身体は、奥深くに受け容れ、留め置くことしか、許されなかった。
「っう、……ぅ、」
顔を背けて、アルミンは押し殺した嗚咽をこぼした。ひく、ひくと細い肩が震え、きつく閉ざした目元から、ぽろぽろと滴がこぼれ落ちる。男の汚濁を下から注ぎ込まれて、代わりに、あんなに透明に澄んだものが、上からこぼれるのは、いったい、どうしたわけなのだろうかと、ジャンはぼんやりと思った。きれいに濾過されたものが、流れ落ちてしまって、濁った欲望だけが、アルミンの中に滞る。その分だけ、アルミンが失われていく。これは、アルミンを汚し、奪い、喰らう行為なのだ、と悟った。
「どうやらこいつは、何も知らんようだな。無駄な時間を掛けさせてくれたものだ」
憲兵は気だるげに息を吐くと、もう用はないとでもいうように、あっさりと身を起こした。欲望を遂げた肉棒を、アルミンの中から引き摺り出し、腰を持ち上げていた手を離す。ぐったりと脱力したアルミンの下肢が、寝台に投げ出される。その拍子に、男の放ったものと、傷ついたアルミン自身の血が入り混じってこぼれ、とろりと内股を伝うのが見えた。声もなく震えるアルミンには一瞥もくれずに、憲兵は着衣を整え、部下から差し出されたジャケットを羽織る。
「後は、貴様らに任せる。好きにしろ」
「はっ」
そっけなく、それだけ言い残して、上官は何事もなかったかのように、悠然とその場を後にした。



扉が閉まるや、下っ端どもは、うんざりしたように盛大な溜息を吐いた。
「吐き気がするぜ。何だって、汚ねぇ親父の励んでるとこなんて、見せられなきゃならねぇんだ」
「こんな貧相なの相手に、よく勃つよなぁ」
寝台の上で身を縮めるアルミンを、男どもは侮蔑の眼差しでもって見下ろした。そのうちの一人が、皮肉げに唇を歪める。
「知らないのか? 隊長殿は、金髪で幼い感じの痩せっぽちがお好みなんだ。純朴そうなのを犯すのが堪らんってよ」
「なるほどな。そこまで調べたうえで、こいつを送りこんできたと。さすが調査兵団、調査が行き届いていやがるぜ」
何が可笑しいのか、兵士どもは、どっと笑った。ひとしきり、下卑た冗談を交わしたところで、一人が面倒そうに呟く。
「で──どうする」
仲間の一言に、男どもは、寝台を一瞥した。問うまでもなく、答えは、はじめから決まっていたのだろう。軽薄な笑みを浮かべた男が、ジャケットを脱ぎ、肩を竦める。
「まぁ、折角だから、なぁ?」
「隊長殿も、随分とご満悦だったしな。これで案外、中はすげぇのかも知れん」
そういうことだ、と頷いて、男は寝台に上がった。ひくり、と怯えたように身を竦めるアルミンの頭を、無造作に撫で回す。
「おい、一回だけじゃあ、物足りないんだろ? 今、可愛がってやるからな」
妙に優しげに囁くと、力ないアルミンの肢体を、男は淫猥な手つきで撫でさすり始めた。先の行為で、無理矢理に灯された内側の熱が鎮まらないのだろう、弱い箇所を掠められて、アルミンは堪らずに身を捩る。敏感な反応は、男の気に召したようで、その指は、アルミンの小さな乳首を、きゅ、と摘んだ。
「ん、……っ」
「どうだ、乳首揉まれて、気持ち良いか? こんなに硬くしちまって、恥ずかしいな」
ぷっくりと立ち上がった赤い尖端を、指の合間に転がして、男はアルミンの反応を揶揄する。
「こんな身体で、お前、立体機動が使えるのか? 飛ぶ度、擦れちまって、喘いでんじゃねぇの。ここ、こんなにしながら、戦ってたとか、気持ち悪ぃな」
「……っう、…く、」
唇を噛み締めて、それでも足りずに、アルミンは、自分の指を噛んだ。くぐもった呻きは、いっそうに悲痛に、耳を突き刺す。それが気に入らなかったのか、男は忌々しげに舌打ちをする。
「こら、口塞いでんじゃねぇよ。折角、女みてぇな声してるんだ、もっと喘いで愉しませろ」
「っあ……、」
口に押し当てていた手を、強引に引き剥がされて、アルミンは小さく声を上げた。そのまま、腕を捻り上げられ、唇から苦鳴がもれる。苦悶する表情に、そそられるものがあったのか、男は更に、関節に無理な力を加えて体重をかけた。びく、とアルミンの背が跳ねる。骨が、軋んで、外れてしまうのではないかと思った。
「やめて……くれ、」
「あ?」
震える声で、ジャンの発した一言に、兵士どもは胡乱な眼を向けた。ぐ、と拳を握り締めて、ジャンは吐き出すようにして声を紡いだ。
「やめてくれ……もう、やめてやってくれ、……壊れちまう、」
「おいおい、これしきのことで、情けねぇなぁ。それでも、心臓を捧げた兵士かよ」
「……」
こんなことを言ったところで、憲兵どもが考え直してくれるものとは、ジャンも期待していなかった。アルミンであれば、あるいは、何か冴えた策を巡らせて、窮地を脱することも出来たかも知れないが、彼は今、寝台の上で頑なに口を閉ざしている。ジャンには、この状況を打開する道を見出すことは出来なかった。せめて、非道な兵士どもに、僅か残された人間性に縋るしかなかった。
否、縋ってみせたという、実績が必要だった。ジャンとて、仲間が陵辱されるのを、黙って見ていたわけではない、何とかして救い出そうとしたのだという事実を、作っておかねばならなかった。たとえ、状況が何も変わらなかったとしても、少なくともそれで、ジャンの心情は、いくらか救われる。出来るだけのことはしたのだと、弁明することが出来る。浅ましい計算だとは思った。しかし、そうでもしなければ、とても、この状況に堪えることは出来なかった。
ジャンの胸の内を、知ってか知らずか、憲兵の一人は、良いことを思いついたとでもいうように、愉悦の表情を浮かべた。
「どうだ、ひとつ、新兵に仕事をやろうじゃないか。そんなに、お仲間が心配だって言うんならよ」
それは良い、と他の男も同意を示す。男はジャンに、アルミンの頭側に座るように指示した。先ほど、上官が命じて、部下にアルミンの上体を固定させたのと、同じことをさせられるのかと、ジャンは戦慄した。これみよがしにライフルに手を掛けた兵士どもの手前、逆らうことは出来なかった。のろのろと寝台に向かい、指示に従って腰を下ろす。陵辱の痕も生々しい、アルミンの肢体が、否応なしに目に入って、ジャンは息を詰まらせた。アルミンが、きつく目を瞑り、顔を背けてくれているのが、せめてもの救いだと思った。
アルミンに圧し掛かった男は、少年の細い両手を掴み上げ、頭の上で束ねた。
「押さえておけ。壊さないように、な」
短く命じて、兵士はそれをジャンに押し付けた。
「……っ」
片手で握り込んでしまえそうな、華奢なつくりの手首に、ジャンは、震える指を掛けた。アルミンは、振り解こうとはしなかった。やめてくれ、と懇願することもない。彼もまた、状況を把握し、大人しく従うのが一番であると、そう判断したのだろう。
これで、良いのだろうか、とジャンは自問した。良いに決まっていると、自分に言い聞かせる。この下衆どもの手の内にあるくらいならば、自分の手の内にあった方が、いくらも安全というものだ。あんな風に、へし折っても構わないというように、腕を捻られることも、これでもう、されなくて済む。壊されなくて──済む。そのためならば、仕方が無い。
せめて、自分が関わることで、これ以上、アルミンに負担をかけずに済ませることが出来るかも知れない。そんな、淡い期待を抱いていた。否、それとも、ただ単に、武装した兵士たちに逆らうことが、恐ろしかっただけなのかも知れない。いずれにしても、結果は変わらない。
ぐ、と力を込めて、細い手首を、シーツに沈み込ませる。まるで、自分自身の胸が押し潰されるようだった。
「準備は要らねぇよな。もう、すっかり緩んじまってるんだろ」
せせら哂うや、男は性急に、アルミンの内に己を捻じ込んだ。刻み込まれた傷が癒える暇もなく、アルミンの身体は再び押し開かれ、引き裂かれていく。柔肉に、牙が突き立てられ、埋め込むように、無造作に揺さぶられる。
「ふ、ぁ…う、ぁう、っ……」
「へぇ、なかなか、具合は良いじゃねぇか。慣れていやがるぜ、こいつ」
ぎし、ぎしと寝台の軋む音に、男どもの下卑た嘲笑が折り重なる。
「ここ使って、夜な夜な、先輩方を慰めてるんだろ? ああ、それとも、団長専用か? 壁の外で、もよおしちまうことも、あるだろうしなぁ。お前みたいなのが調査兵団ってことは、専ら、そっちのお役目なんだろ。はは、よくお似合いだぜ」
己の所属する兵団を侮辱されたというのに、ジャンの内に湧き起こったのは、屈辱とは異なる感覚であった。アルミンが、そんなことをする筈もないということは、勿論、承知している。下衆野郎どもの言うことを真に受けて、どうする、と思う。しかし、ジャンは、否応なしに、想像せざるを得なかった。アルミンが、彼の慕う、調査兵団の先達に、あるいは、団長に、ベッドで抱かれる姿を。高く澄んだ声で、切なく喘ぐ様子を。
どくん、と腹の底から熱が込み上げる。すぐ目の前で仲間が犯されている、今この状況で、昂っている自分自身を、認めざるを得なかった。
ジャンの状態に気付いた憲兵が、鼻で笑う。
「お前も、勃っちまったか? いいぜ、そこで処理してろよ」
「誰が、……っ」
ふざけるな、と口の中で呟くと、ジャンは、己の内に集中し始めた熱から、なんとか意識を逸らそうと試みた。押さえ込んだアルミンの手首を、いつしか、強く握り締めていた。
大きく腰を打ちつけながら、兵士は、きつく目を瞑ったアルミンの顔を、軽くはたく。
「もっと声、出せよ。不感症か? つまんねぇだろ」
ず、ず、と抜き差しを繰り返すが、アルミンは頑なに、口を開こうとはしない。手で口を塞げなくなろうとも、唇を噛み破るほどに噛み締めて、懸命に声を殺している。それを打ち砕かんと、躍起になる男に、仲間が野次を飛ばす。
「お前が下手くそなんじゃねぇの」
「ざけんなよ……こんだけ突っ込んで、愉しませてやってんだ、いい声で啼きやがれ」
乱暴に揺さぶられても、アルミンは、頑なに声を堪えた。せめて、そこだけは明け渡すまいとして、戦っているのだ。呑まれまいとして、抗っている。頑なに閉ざした唇が、アルミンの意思、そのものだった。
「ったく……しょうがねぇな」
舌打ちをして、男は前へと身を乗り出した。頭上で拘束されたアルミンの両手へと、手を伸ばす。しかし、男が掴んだのは、アルミンではなく、ジャンの手首だった。無造作に掴み寄せられて、何を、とジャンは身を強張らせた。男は、ジャンの手を導いて、アルミンの口元へとあてがう。息喘ぐ口元に、指先を押し付けて、男は平然と命じた。
「突っ込んどけ。口、閉じられねぇようにな」
「っ……」
男の意図を悟って、ジャンは息を呑んだ。まるで雑用でも言いつけるような調子で、どうして、そのようなことが言えるのかと、愕然とした。
「ほら」
酸素を求めて、アルミンの口が開いたところを見計らって、男はそこへ、強引にジャンの指を押し込んだ。
「ん、ぐっ……」
アルミンの唇が、くぐもった声をもらすと同時に、指先が、生温い感触に包まれる。ぬるついた柔肉が、瑞々しい弾力でもって、ジャンを受け止める。突然に口腔に侵入してきたものに驚いたのだろう、アルミンは、咥えさせられたものが何かも知らずに、反射的に歯を立てる。肉に鋭く食い込む感覚に、く、とジャンは上がりそうになった声を堪えた。眺めていた兵士が、可笑しそうに口を挟む。
「おい、噛むんじゃないぞ。大事なお仲間の指だからな」
「……ぅ、」
その言葉に、アルミンは、固く閉ざした瞼を僅かに上げた。潤んだ瞳が、ジャンを捉えて、揺れた。あ、と吐息がもれるのを、ジャンの指先は口腔の中で感じた。
「っあ、んぅう……!」
不意に突き上げられ、アルミンは、びくりと身体を跳ねた。ジャンの指を、ぎゅ、と噛み締める。それでも、半開きの唇からは、思いのほか、大きな声がこぼれてしまう。それを嫌って、アルミンは、ますます、ぎりぎりと歯を立てる。食い千切らんばかりに、首を振って抗う。
「く、……っ」
骨に響く痛みに、ジャンは苦鳴を押し殺した。やめてくれと、アルミンに訴えることは出来なかった。最後の尊厳を守ろうとする、アルミンの懸命な抵抗を、それが自分に都合が悪いからというだけの理由で、やめさせることは、出来なかった。
必死に痛みに耐えるジャンを見遣って、兵士が可笑しそうに茶々を入れる。
「あぁ、ひでぇなあ。そんなに噛んでやるなよ、食い千切る気か? ほら、涙ぐんで痛がってるぜ」
「……っは、何ともねぇよ、こんなの……っ」
余計なことを言うな、とジャンは忌々しく男を睨めつけた。強がりにもほどがあるが、決して、アルミンに、痛みを悟られるわけにはいかなかった。そうなれば、アルミンがどういう選択をするのかは、火を見るより明らかだったからだ。自分も、アルミンも、こいつらの思い通りにさせられてたまるものか、とジャンは苦鳴を押し殺した。
しかし、男の一言は、確実にアルミンの耳に届いていた。ふる、と細い首が震える。ジャンの指を噛み締める力が、ほんの少しだけ増して、それから、すぐに弱まった。じわり、と指先が痺れる感覚が、遅れて皮膚を伝い上がる。
噛み締めていたものを放して、アルミンは、ぎこちなく顎の力を抜いた。半開きとなった唇から、透明な滴が、とろりと伝い落ちた。
「ふ、……ぁ、んぅ……っあ、あぁ……」
切なげな吐息とともに、こぼれたのは、甘ったるい喘ぎだった。感じ入ったように、大きく首を振る。その拍子に、口腔に挿入していた指が外れる。アルミンは、ジャンの指から逃れた──否、そうではない。逃れることが出来たのは、ジャンの方だ。アルミンが、ジャンの指を、兵士どもに見咎められないであろう方法でもって、上手く逃がした。その代償として、アルミンは、最後の防壁を明け渡すこととなった。ジャンが気付いたときには、既に、遅かった。
「あ、ぁ…っん、あぅ……っ」
甘く蕩けた声を上げ始めたアルミンを、男たちは、軽蔑しきったように哂った。
「そうだ、やれば出来るじゃねぇか」
「こいつは良いな。おい、どうだ、感想は? 気持ち良いんだろ?」
「あっ、あぁ…っ気持ち、い……っ」
陶然として、快楽のほどを訴えるアルミンの姿は、男の自尊心を心地良く刺激したようだった。深く突き上げてやりながら、男は妙に優しげに、アルミンの耳元に囁き掛ける。
「ここか?」
「あぅ、ん……! そこ、だめ、ぁん、は、ぁん……っ」
聞くに堪えない声を上げるアルミンを、愉悦の面持ちで見下ろして、兵士どもは肩を竦める。
「な、言っただろ? ちょっと突けば、啼き始めるって」
「一度、破られちまったら、もう、総崩れってわけだ。あっけないもんだな」
とうとう、アルミンを陥落させてやったということに夢中になって、憲兵たちは、ジャンの方には気を払わなかった。もう、口の中に指を突っ込んでいろ、とは言われなかった。生温く濡れた感触と、アルミンの小さな歯型の残る指先を、ジャンは、忌々しく握り締めた。
見物する兵士どもは、いつの間にか、煙草を吸い始めていた。間近で煙を吐き出され、ジャンはむせかえった。涙が滲むのも、息苦しいのも、きっと、煙のせいだと思った。
声を上げ始めてから、アルミンの身体は、ますます敏感になったようだった。しっかりと押さえ込んでいなくては、頭上にまとめ上げた手首は、拘束を振り解いてしまいかねない。刺激に応じて跳ね上がる細い手首を、ジャンは、無心でシーツに押さえつけた。その間にも、男の下卑た台詞が、次から次へと、耳から勝手に流れ込んでくる。
「ほら、もっと突いてくださいって、おねだりしろよ」
「っは、…もっと、ぁう、くださ、ぁあ……!」
高く澄んだ声が、途切れ途切れに、快楽のほどを訴え、男を求める。内奥を突き上げられて、歓喜する。アルミンが──壊されていく。
「は、とんだ淫乱だな。何本咥え込めば満足なんだ? ほら、もっと善がれ、腰を振れ!」
アルミンの声が、伝わる。アルミンの息遣いが、伝わる。アルミンの苦痛が、伝わる。アルミンの屈辱が、伝わる。アルミンの悲鳴が、伝わる。触れ合った部分から、それは、直截にジャンに流れ込んでくる。びくびくと跳ねる手首を、懸命に、押さえ込んだ。頼むから、大人しくしてくれ、と願った。ひどいことをしていると、感じなくて、済むように。
ジャンは、気付いてしまっていた。
すっかり蕩けた様子で、感じ入った声を上げながら、頭上に上げたアルミンの両手は、ずっと、小刻みに、震えていた。掌の中に、はっきりと、伝わっていた。それを、ジャンは、止めてやりたかった。強く、手を握ってやれば、止まるかと思った。分かるように、しっかりと、手首を握ってやった。しかし、アルミンの手は、凍えでもしたかのように、震えたままだった。
どうして、止まってくれないのかと思った。こんなのは、かわいそうだと思った。だから、ジャンは、アルミンの小さな両手を、懸命にシーツに押し付けた。上から強く押さえ込んで、指先すら動かせないようにしてやれば、震えは、治まったように感じられた。少しでも力を抜けば、また、震え出してしまうかも知れない。そうならないために、ジャンは、押し潰すばかりに体重をかけて、アルミンの両手を押さえ込んだ。
壊れてしまう──死んでしまう。
くしゃりと握り潰される、小鳥のように。
やめてくれ、やめてくれ──何も聞きたくない、何も見たくない。
とうとう、ジャンは、きつく目を閉じた。見つめ続けていることなど、出来るわけがなかった。すべてを記憶に刻むことなど、堪えられるわけがなかった。ただ、やめて欲しかった。やめてくれ、やめてくれと、祈りに似た叫びを、胸の内で、繰り返しながら、ただ、行為が終わるのを、待っているしかなかった。




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