アンバースデー -4-




日曜日の朝は、いつも決まってシリアルだった。白いボウルに、大袋からざらざらとフレークを盛り、よく冷えた新鮮なミルクをたっぷりと注ぐ。大きなスプーンで、押し潰すようにしながら二、三回かき回して口に運ぶと、端からしんなりと柔らかくミルクを吸いつつも、まだ十分に軽やかな歯応えを残したフレークの食感が絶妙で、噛み締めるほどに香ばしく甘やかな味わいが滲み出る。
呑み込んだなめらかなミルクが喉から胸へ下っていく感覚は、寝惚けた身体を爽やかに呼び覚ますようだ。ますます食欲をかき立てられながら、またスプーン一杯に掬い上げる。掬ったミルクが滴って、ボウルの中の白い表層にまろやかな波紋を描く様子は、いつ見ても美しかった。
最後の方には、すっかり柔らかくちぎれたフレークの破片が浮かぶミルクを、ボウルに直截に口をつけて飲み干す。いつも通りの、決まりきったルーチンワーク。時計を確認して、それから、礼拝に向かうための身支度を整えるのだった。

早朝の清涼な空気の中で独り味わう、冷たく簡素な食事は、この身を白く清めてくれるような気がしたし、同時に、少し冴え過ぎた頭が痛んだ。既に遠い昔のことのように思える、失くしてしまって久しい習慣を思い起こして、ビショップは知らず溜息をもらした。
すっかり衣装を落として寝台に横たわるルークのしなやかな肢体は、こんな風にして、いつもビショップの内におよそ場違いな感傷をまざまざと呼び起こす。思考に切なく纏わりつくものを、青年は緩く首を振って払うと、グラスに注いだミルクめいて一点の曇りなく見事なまでに均質に整った乳白の肌に、ゆっくりと手のひらを這わせた。
肩から腕、指先から脇へ戻り、胸から脇腹、腰に大腿。ほっそりとした身体のラインを辿り、それを構成するなめらかな皮膚の下の精緻な骨格、しなやかな筋を確かめる。少しずつ身体をずらしながら、触れる箇所を変えていく中でも、ビショップは決して、ルークの肌に置いた手のひらを離さずに、必ずどちらかの手が触れているように、そのまますべらせて移動した。こうすることで、ルークがぴくりと身体を竦め、息を継ぐ、ほんの僅かの反応すらも、触れた箇所から逃さず伝い知れる。
この触れる手の、ほんの僅かの接触、引き戻せば簡単に離れてしまう、たったそれだけの儚いものが、ルークを繋ぎとめる唯一の糸なのだと、ビショップは分かっていた。何があろうとも、離してしまってはいけないのだと、分かっていた。
色素の欠落した肌にあって、淡く色づく小さな胸の尖端を、ビショップは指先で柔らかく揉み込んだ。はぁ、と小さく息をこぼして、ルークは煩わしげに瞼を下ろす。早く済ませてしまえばいいのに、どうしてそんなところを弄るのか理解しかねるとでも言いたげな投げやりな態度に、ビショップは胸の内で苦笑した。
押し殺した吐息がもれるのを心地良く聞きながら、擦り、転がしてやっていると、ほどなくして、指の間でその感触が硬くなる。試しに摘まんで確かめると、ルークはぴくんと背を跳ねて応じた。閉じていた瞼を眩しげに上げて、何か言いたげにこちらを見る淡青色の瞳は潤みを帯び、あたかも不安に揺れるかのようだ。
その瞳を愛しく見つめながら、硬く立ち上がった乳首の尖端を、ビショップは慰めるように優しく指先で押し込んだ。
「はぁ、ん、……」
趣向の違う刺激に、こぼれたのは、驚くほどに甘ったるい声だった。自分自身、それを信じられないというように、ルークは反射的に口元を覆った。
「……悦かった、ですか」
「っ……」
思わぬ声が上がったことで、ルークはどこかに残っていた羞恥心を、にわかにかき立てられたものらしい。いつも、何とも感じていない様子で側近に入浴や着替えの世話をさせるときとは、うって変わって、白い顔をみるみる紅潮させる。心細げに震える瞼を伏せるその表情が、あまりに可愛らしいものだから、ビショップは自然と笑みをこぼしていた。
それでますます、いたたまれない心地になったのか、ルークは側近の手を振り払って身を捩ると、乱暴にうつ伏せてシーツに顔を埋めた。そんな他愛のない抵抗をしてみせるのも、ただただ愛らしく、ビショップは少年の美しいカーブを描く背骨をそっとなぞった。伝い下り、伝い上る指先の反復を、繰り返し与える。
ぎゅ、とシーツを手繰り寄せ、額を擦り付けるようにして、ルークは立ち昇る官能に堪えているらしかった。白く華奢な背中に、ビショップは寝台を軋ませて、ゆっくりと覆いかぶさるかたちをとった。白金の髪をかき上げた首筋に、優しく口づけを落とす。
「ん、ぅ……っ」
首を竦めて、くぐもった声をもらすと、ルークは抗うように頭を振った。その後頭部をそっと押さえ込みつつ、ビショップはルークの感じやすい首筋を吸い、甘噛みし、吐息で包んだ。いくら抑え込もうと努めても、その身体の扱いを熟知した側近の愛撫に抗える筈もなく、少年は熱を煽り立てられる度に、なすすべなく華奢な身体を震わせるのだった。

首筋、肩、腕、脇、肩甲骨と、順に手のひらと唇でもって丹念に愛撫を施すと、背中の中央に口づける頃には、ルークは隠しようもなく呼吸を乱していた。
「……ルーク様。こちらを、向いてください」
耳朶を含まんばかりに唇を寄せて囁いてやると、それだけでもう、びくんと首を跳ねてしまう。過敏な反応が可愛らしく、ビショップは宥めるように白金の髪を撫でつつ、さあ、と促した。
やだ、と嗚咽交じりにくぐもった声をもらして、ルークはシーツに顔を伏せたまま、子どものように頭を振った。やれやれ──分かっていたことであるが、ビショップは小さく溜息を吐いた。こういうときのルークは、いつもそうだ。まったく、聞きわけがなく、意地を張る──否、こういうときに限らず、彼は普段からいつも強情なので、別に不思議でも何でもないのだが、とビショップは自分で自分に訂正を入れた。
ルークが素直になってくれるのは、もっと追い詰められて、上手く思考を働かせることも出来なくなってからだ。早く、そこへと至らせてやらねば──何も、余計なことを考えなくて済むように。知らなくて良いことまで知って、見なくて良いものまで見てしまう、その性能の良過ぎる脳を、今ばかりは、休ませられるように。そこまでを導いていくのは、他でもないビショップの役割である。
意地でも顔を上げまいと、掴んだシーツの間に顔を埋めている少年の脇腹に、ビショップはそっと片手を這わせた。
「……っ、あ……」
喉の奥で抑え込んだ声の、それでも我慢出来なかった甘やかな響きが、微かにこぼれる。本人は、それを失態と思ったのだろう、一層にきつくシーツを握って、細い肩を強張らせる。
そんなことをしても、どうせ無駄だというのに。
はじめから、降参しなくてはいけなくなると、分かりきっているのに。
いつまで経っても、何度繰り返しても学習しない、ルークの愚かさが、ビショップは愛おしかった。
あくまでも優しく、撫で上げ、撫で下ろしてやる度に、ルークの身体は歓喜に震えた。もれ聞こえる声も、次第に切迫した呼吸に入り混じって、切ない響きをあらわにしていく。
「く、ぅ……っあ、」
もどかしげに身じろいで、逃れようとする身体を、ビショップはもう片手で押さえ込んで、撫でるようなくすぐるような手のひらの動きを執拗に繰り返した。あくまでも表皮に触れるのみで、内側まで揉み込んでやることはしない。高めるだけ高めて、決定的な刺激は与えない──非情な責め苦に、やだ、ともう一度、ルークは訴えるように声を発した。
「こん、な……やだ、やめ、……っ」
「ですから、申し上げているでしょう。さあ、こちらへ」
優しく促す声にも、しかし、ルークは頭を振って抗った。耳まで真っ赤に染めて、嗚咽めいた荒い息をこぼす、その表情は今どれだけ乱れていることだろう。普段の、冷たく取り澄ました人形めいた白い面からは想像がつかない、その快楽に犯された表情を鑑賞するのが、ビショップのささやかな楽しみなのである。そうすることで、ビショップはこの少年に関する安堵の一端を掴むことが出来る。大丈夫だと──ルークは、まだ大丈夫なのだと、まだ、ちゃんと感じることが出来ているのだと、確かめることが出来る。それを、自分のささやかな慰めにすることが出来る。
溜息を吐くと、ビショップは頑なに身を強張らせている少年の肩に、逃げないようにと置いていた手を離した。自由になった両手でもって、今度は気まぐれにその白い背中を、脇を、腕を、腰を、緩急をつけて大きく撫で回す。同時に挟み込むように、あるいは脈絡なくばらばらに与えられる、予測のつかない愛撫の効果はてきめんだった。びくびくと下肢が跳ね、必死で声を堪える肩は可哀想なくらいに震えている。無意識のうちに大腿を擦り合わせ、下腹部をシーツに押しつける仕草は、その内なる熱をいっそうに煽るばかりだ。
腰から大腿へと撫でおろし、膝裏を通って、閉じ合わされた内股の合間に片手を差し入れると、ルークは小さく、やだ、と叫んで身をよじった。固く脚を閉じて抗うが、無遠慮なビショップの手にとって、しっとりとなめらかな大腿の合間にきつく挟み込まれる感覚は、ただ心地良いものでしかなかった。焦らすように、ゆっくりと内股をなぞり上げていく。
「っう、あ……あ、ぁ」
行きつ戻りつ、着実に身体の中心を目指して這い上がって来るものの感触に、ルークはなすすべなく翻弄され、仰け反って喘いだ。きつく拒むように閉じ合わせていた大腿から、次第に力が抜けて、まるでその奥へと誘うように、膝が緩く開く。褒めてやるつもりで、手のひら全体で大きく内股を撫でると、ひときわ高い声が上がった。

指先で淫猥に揉み込み、大腿から臀部までを這い上がる動きを繰り返していると、とうとう限界に達したのだろう、小さくすすり泣く声が聴こえてきた。
「も、やめ、て……おねがい、っ……」
「……先程から『お願い』しているのは、こちらなのですが」
「おねが、い、……いうこと、きくから、ごめんなさ、……」
最早、自分でも何を口走っているのか分からないのだろう、ルークは途切れ途切れに哀願した。なんでも良いから、意地悪せずに、早く与えてくれと、無力にも身を縮めて、子どものようにしゃくり上げる。
こうなってしまうと、さすがに可哀想な気もして、ビショップとしても無体を強いることは出来なかった。
「泣かないでください。もう、ひどいことはしませんから。何も、怖いことはありません……さあ、こちらを向いて」
努めて優しく、ゆっくりと教え諭すように告げて、ビショップはそっと少年の肩に手を置いた。びくり、と身体を強張らせるのには気付かぬ振りをして、伏せていた身を仰向けさせる。ルークは抵抗こそしなかったが、か細いその両腕を上げると、何かに怯えるように、目元を覆い隠した。
「……っ、ごめんなさ、い…ごめんなさい……」
可憐な唇がわなないて、震える声を紡ぐ。白い手に覆われた目元から、新たな滴がこぼれては、頬を伝い落ちる。いったい何に怯えているのか──ビショップは奇妙に思い、それからすぐに理解した。
ああ──軽率だった。
ごめんなさい、ごめんなさいと嗚咽交じりに繰り返すルークを、ビショップは苦々しく見下ろした。
ルークは、「言うことをきかない」自分に下される、罰を恐れている。「ちゃんと出来ない」悪い子だから、ひどいことをされるのだと、分かっていて、それに怯えている。
ひどいことはしないと、こちらから言ったばかりだというのに、どうしてそういうことになるのか──簡単なことだ。己の言動を振り返って、ビショップは溜息を吐かずにはいられなかった。
その前に、自分は言っていたではないか──余計なひと言を。
「泣かないでくれ」と、命じていたではないか。
その言いつけを、ちゃんときけずに、涙を流し続けて止められない自分を、ルークは謝っているのだ。
泣くのをやめれば、ひどいことはされない。
泣くのをやめられなければ、ひどいことをされる。
ビショップの何気ない一言は、ルークの中で、そんなルールに変換されてしまった。
「おねが、い、……ゆるして、ひどく、しないで……」
理解していた筈なのに──この聡明な少年は、ときに馬鹿げているほど素直で、純粋で、それゆえに、普通からすると考えられないような、致命的な行き違いが生じてしまうということを。
幼い頃からずっと、「こうあれ」という条件付きの承認の下で生きてきて、それが満たされなかったとき、どれだけひどいことが起きるか、その身体で覚え込まされているということを。
何をやっているのだ、とビショップは自分自身に舌打ちをした。




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