カサブランカ -12-
[中略]
■
「カイト。見つかった?」
扉から顔をのぞかせて問うルークに、俺は、ああ、とパンフレットを掲げて見せた。後ろ手にした手紙は、元のように、そっと紙片の山に滑り込ませる。
良かったね、と嬉しそうに言って、ルークは居間に入ってきた。二人並んで、ソファに腰を下ろす。
校外学習パンフレットの、折れ曲がった角を直しながら、俺は言った。
「明日、学校行こう。紹介しろって、うるさい奴らがいるんだ」
「……一緒に?」
「ああ。これからは、本当の、一緒だ」
これも、と俺はルークの手元に視線を遣る。彼が手にしているのは、ひとつのモビールだ。パンフレットを探しに、ルークを寝室へ行かせるとき、俺はついでに、部屋の隅に吊るした太陽系のモビールを取り外してくるようにと言っておいた。
役割を終えたそれは、もう、風に揺れ動くことはない。くるくると、触れることなく距離を保って回り続ける、星を眺めて思いを重ねるのは、やめにしたのだ。
親友の手から、俺はそいつをそっと受け取る。
「学校終わったら、買い物だな。新しいの、選べよ」
うん、と笑顔で頷いて、ルークは早速、次に飾るモビールを思案し始めた。
「魚がいいな」
「そっか」
「オクトパス!」
「……ん。じゃ、それ探そうな」
魚はともかく、タコはあまりメジャーなモチーフではないような気がしないでもないが、構いはしない。見つけるまで、一緒に探せばいいだけだ。
今からもう嬉しそうに瞳を輝かせて、ルークは微笑む。
「ね、カイト、──」
その唇が、続きの言葉を口にするより前に、俺は唇を押し当てて塞いでやった。
不意をつかれたのだろう、ルークは小さく肩を震わせる。宥めるように、俺はその細い肩を撫で、首筋、頤を通って伝い上がり、白金の髪をかき上げた。
後頭部をそっと支えてやりながら、繰り返し、柔らかな弾力を味わう。
「ん、ぅ、……」
唇を離しては押しつける度、掠める吐息が温かく、くすぐったい。息が苦しいと言いたいのか、抗議するように持ち上がった片腕を、俺は掴んで、構わずそのまま狼藉を続けた。
しつこいくらいに触れ合わせてから離れると、ルークの白い頬は薄く紅潮して、淡青色の瞳を潤ませている。どうやら、先の会話を中断されたことが不服らしく、そんな濡れた瞳で健気にも睨めつけてくるものだから、俺は思わず笑ってしまった。
ごめんな、と髪をかきまぜて謝るついでに、耳元に口づける。ふざけていると思ったのか、ルークはくすぐったそうに首を竦めた。
それでも、離してやることはせずに、俺は声を潜めて囁きかける。
「なあ、ルーク。──」
最低限度まで音量を落とした声は、耳元でなければ、きっと聴こえなかっただろう。
きょとんとしたように首を傾げて、それから、ルークは自分が何を言われたのか理解したらしい。あ、と小さく声をこぼして、目を瞠る。
その澄んだ瞳が、きらきらと輝くにいたって、俺は気恥ずかしくなってそっぽを向いた。構わず、ルークは俺の腕を、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「カイト。もっと言って」
「やなこった。俺のは貴重なんだ」
「……ルーク、好きだ。だいす=v
「似てねぇよ」
神妙な顔をして、何を言い出しやがる。ひとつ頭をはたいて、俺はルークの恥ずかしい物真似を中断させた。
ぎこちなくとも、初めて自分から紡いだ、正直な気持ちの言葉。
これから、俺がルークに、飽きるほど与え続けてやる言葉。
やっぱり言うんじゃなかった、という後悔が押し寄せるが、後の祭りだ。せめて、よそで披露しないことを祈るばかりである。
こちらの気も知らずに、ルークは腕を絡ませて、無邪気に笑う。
「カイト、大好き。大好きだよ」
「ん。知ってる」
つうか、そいつは俺の台詞だ。これまで全然足りなかった分も、俺の方からルークに、もっともっと言ってやりたいのに、これでは、いつまで経っても追いつけない。こっちがやっとのことで一回伝える間に、きっとルークは、十回くらいは簡単に言ってしまうだろう。
いったい、お前は何回、俺を好きだと言って、俺に好きだと言わせるつもりなんだ。
やれやれ──途方もない気分になりながらも、俺は、どこかわくわくとしている自分に気付いていた。
──ああ、そうだ。
何回だって、言ってやる。
負けねぇよ。
お前にちゃんと、分かって貰わないといけないんだ。
「カイト。笑ってる」
「お前もだろ、ルーク」
からかって、じゃれあって、互いの名前を呼んで。
息が切れるまで、きっと、泣きながら、笑いながら。
何度も飽きず、繰り返し。
俺達は、口にするのだろう。
────大好き。
条件が変われば違う未来もある、二人に。 加筆版ではビショップさんがおいしいとこもってきます。(→offline)
2012.05.02