フラグメンツ -3-






オルペウス・オーダーの選ばれし子どもたちによるミーティングは、『お茶会』と呼称されていた。
実際、校舎の片隅の、現在は表向きには使用されていないことになっている談話室を貸し切りにしての会合では、世話役によって茶と菓子が振舞われ、子どもたちはソファに腰掛けてそれらを賞味しつつ伝達事項を聞くのだから、形式的には、そう間違っていない呼び名である。

「……お疲れ様でした。本日のお仕事は、これで終了です」

メンバーの一人一人から受け取った書類を几帳面に揃えつつ、ホイストは穏やかに宣言した。子どもたちはそれぞれに、やれやれと肩を竦め、あるいは、ふうと溜息を吐く。五段階評定の性格検査を思わせる質問紙への回答と、パズルに関する簡単な作業。それが、選ばれし子どもたちに今のところ、課される仕事の大半であった。
こんなことをして、何が分かるのだろうと思いながらも、ピノクルにしてもフリーセルにしても、大人しく指示に従っている。一度だけ、ダウトが「このような前時代的な手法は無駄ではないか」との疑問を呈したことがあったが、眼鏡の青年に「クロンダイク様のご意思ですので」と返されて、それ以上は何も言えなかった。

お茶会の度に、わざわざ外部からクロスフィールド学院を訪れ、全体像の見えない作業を課していくこの青年が、おそらくは回線越しの遣り取りでは掴みきれない子どもたちの生のデータの収集を目的としているのだろうことは、ピノクルも承知していた。
眼鏡の向こうの穏やかな瞳に、一方的に観察され、その上の人間にまで逐一報告されるというのは、あまり居心地の良いものではないが、それは学院の教師陣から受ける扱いとさして変わりなかったから、特に抵抗は覚えなかった。そうして、上の人間が自分たちのことを詳細に把握してくれていた方が、組織の中ではやりやすい。そのことを知る子どもたちは、だから、結果が知らされることもない心理検査を、黙々とこなすのだった。

「あんたも大変だね、ミスター・ホイスト。こんなことのために、わざわざ、さ」

頭の後ろで手を組みつつ、ピノクルはそう言って感嘆してみせた。丁寧な所作で書類を紙封筒に仕舞っていたホイストは、少年の言葉に微苦笑を浮かべる。

「いえいえ。これが私のお仕事ですから」

それでは、以後は皆さまでご歓談ください、と青年は恭しく一礼を施すと、鞄を携えて談話室を後にした。

「……ご歓談、ね。白々しいこと」

その扉が閉まるのを待って、肩を竦めてみせたのはメランコリィである。思いは全員同じであったようで、誰も彼女の発言を咎めることはなかった。少女は一口、紅茶を啜ると、傍らのミゼルカを見上げた。

「どこか、よそに行きませんこと、お姉さま? こんなむさくるしいところ、これ以上はごめんですわ」

気まぐれな少女の我が儘を、ミゼルカは窘めることはしなかった。少し困ったように微笑むと、細身の長身を屈めて、ひとつ提案する。

「……じゃあ、薔薇園に行きましょう。上着を忘れないのよ。もう、寒いんだからね」
「はーい、お姉さま」
「東門で待っているわ」

ミゼルカが部屋を出ると、メランコリィは深々と溜息を吐いた。

「まったく、何が『上着を忘れないのよ』かしら、子どもじゃあるまいし。お節介も、いい加減にして欲しいものですわ」

尊大な態度でソファに身を沈め、指先で巻き毛を弄う、そこに先程までの、無邪気に姉を慕う妹の表情はない。

「……そういうの、良くないと思うな。メランコリィ」
「あら。なぁに、お姉さまの味方?」

まるで、そこにピノクルがいることに今、気がついたとでも言わんばかりに、メランコリィはおおげさに目を瞠ってみせた。あからさまに他人を見下し、玩具扱いして弄ぶことに慣れきった瞳だ。相手によっては、馬鹿にするなといって憤ることだろう。相手のそんな反応を鑑賞して、少女はまた、面白がってけらけらと笑うのだ。
ピノクルには、少女に見下されて傷つくようなプライドは、はなから存在しない。挑発的な少女の視線を受け流すと、暫し逡巡してから、口を開く。

「ミゼルカは、君を大事に思うから、言うんだよ。確かに、ちょっと煩わしいかも知れないけど……それで、君も知らない間に、助けられている面もあるんじゃないかな」
「……ぷ、ははははははははっ!」

優しく諭すようなピノクルの台詞を、とうとう堪えきれなくなったらしい少女の哄笑が遮った。身を捩って大喜びをする、その瞳には薄く涙すら浮かんでいる。

「そりゃあ、あなたはそう言いますわよね。ええ、あなたは! だって、ねえ? ああ、可笑しいこと!」

いったい、自分の何を指して、メランコリィが嘲笑しているのか、ピノクルには分からなかった。別段に、ミゼルカを庇うことが、彼女への個人的好意の表れだと指摘してからかっているわけではあるまい。例えば、ダウトが同じように説教をしたならば、彼女はこんな反応はしなかったことだろう。恐らくは、黙ってむくれるだけだ。
ピノクルがミゼルカの側に──「保護者」の側に立って意見することが、何故こうも、傑作だとでも言わんばかりに笑われなくてはいけないことなのか、分からない。沈黙を守る少年の前で、甲高い笑い声だけが、室内に響いた。

「……ああ、そうそう、薔薇園でしたわね」

ひとしきり笑い終えると、メランコリィはようやく、満足したらしい。身軽な所作でソファから身を起こし、扉へと向かう。最後に、少女は振り返って、ピノクルを一瞥した。

「だったら、あなたがお姉さまと仲良くして差し上げたら!」

言い捨てて、メランコリィは扉の向こうに姿を消した。
その間、ダウトはいつも通りの険しい表情で椅子にもたれていたし、フリーセルはといえば、淡々とマカロンを口に運んでいた。
優雅な所作でティーカップに唇を寄せる友人の横顔からは、仲間内でのささやかな諍いに対する、いかなる感情も読み取れない。ダウトのように、剣呑な雰囲気の中に身を置きつつも、我関せずを貫いているというのとも違う。それよりは、本当に、はじめから何も感じていないといった方が正しいように、ピノクルには思えた。
何も見ず、何も聞かず、何も感じない。フリーセルには、こういうところがある。いつでも、自分と周囲の世界とを切り離して、己の内面世界に閉じこもることが出来るのだ。

「……フリーセル」
「うん?」

名前を呼ばれて、そこで初めて気が付いたように、フリーセルは顔を上げた。呼び掛けてから、ピノクルは、自分が何も言うべきことを持っていないと気が付いた。不思議そうにこちらを見つめるフリーセルに、いったい、何を言えばいい。
苦し紛れに、ピノクルは友人の手の中のマカロンを指した。

「……美味しい?」

唐突ともいえる問い掛けに、フリーセルは、当たり前だというようにしてこくりと頷く。そっか、とピノクルは笑ってみせた。
その反応を、フリーセルはどう捉えたか、少し考えた後、小皿から新たなマカロンを摘み上げた。

「食べれば」

言って、友人に差し出す。予想外の展開である。そんなに物欲しげな目をしていただろうかと、ピノクルは少々落ち込んだが、フリーセルの珍しい気遣いに、ここで応じないという選択肢はない。
じゃ、いただきます、と呟いて、ピノクルは身を乗り出すと、差し出されたものを、行儀悪くそのまま口に含んだ。まるでペットの餌付けである。そんなつもりはなかったのだろう、フリーセルの指先が、ぴくりと小さく震えるのが分かった。その唇から、あ、と声になる以前の小さな吐息がこぼれたことも。

横着を咎め立てする言葉がないのをいいことに、ピノクルはそのままマカロンを咥えて、フリーセルの細い指の間から、そっと外した。固まってしまっていたらしい友人は、そこでようやく我に返ったように、胸元に手を引き戻す。きゅ、と指を握り、押し黙って俯くのは、虚を衝かれたことを不覚だとでも思っているのだろうか。そのまま、ふいと顔を背けてしまう。
気を取り直すようにティーカップに手を伸ばす、フリーセルのぎこちない様子を眺めつつ、ピノクルは口の中の菓子を味わった。しっとりとした軽やかな生地の表面は、口にした端から、繊細に溶け消えていくようだ。それでいて、押し潰してみれば、ねっとりとした独特の食感を与える。甘酸っぱく濃厚なクリームの香りが、口腔に広がった。

絡みつくような味わいは、ピノクルにとっては、さして美味しいものとは思えなかった。一つでも口にすればもう十分で、既に、微かな胸やけすら覚えている。こんなものを、よくいくつも摘めるものだと思ったが、もちろん表情に出すことはしなかった。
自分のつまらない感想なんて、どうでもいい。フリーセルが、美味しいと言うのだから、きっとこれは素晴らしいものなのだと思う。愛らしい菓子を口に運ぶフリーセルの表情は、いつも穏やかで、それが彼の心の小さな慰めとなっていることを感じさせた。それだけで、ピノクルには十分だった。

「美味しいね」
「そう」

良かったと言って微笑むでもない、フリーセルの反応はそっけないものであったが、ピノクルには気にならなかった。また一つ、今度は自分のために、しなやかな仕草でマカロンを摘み上げる白い指先を、少し眩しく見つめた。




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