Giver Lovers(プレビュー版) -2-






■Lost Innocent
[ Bishop&Gammon&Rook ]

ひとまず、シャワーを浴びて汗を流していかれませんか、との提案に、ギャモンは特に反発する気はなかった。POGジャパン幹部を相手取り、命懸けのパズルバトルを経験した身体は、未だに昂進した鼓動がおさまらず、身体は汗でべたついている。ひと風呂浴びたいというのは、正直な気持ちだった。
とはいえ、私もご一緒させていただきます、と先程対戦したばかりの相手が、共用のシャワールームまで案内を申し出てきたのは、予想外であった。POGジャパン中央戦略室付きギヴァーにして、総責任者ルーク・盤城・クロスフィールドが側近、ビショップは、煤けた衣装もそのままに、挑戦者の少年へ慇懃に頭を垂れた。優雅なまでに落ち着き払った振る舞いを前に、たじろいだのはギャモンである。

「あんた、怪我は良いのかよ」

決して心配するというわけではないが、目の前でバイクから飛び降りてサーキットを転がるところを見ているギャモンとしては、問わずにはいられなかった。
日々の移動手段に愛車を活用しているギャモンでも、あのようなシーンはアクション映画の中でしか、お目にかかったことがない。現実には間違いなく大怪我か、打ち所が悪ければ命を失ってもおかしくはない筈だろう。
それを、何事もなかったかのように涼しい顔で、治療より先にシャワーを浴びようなどと、普通は考えつくものではあるまい。

「大したことはありません。ご心配なく」

ギャモンの胸中に関わらず、ビショップは平然として、客人の前に進み出た。そう言われてしまっては、ギャモンとしても、むやみに拒絶することは出来ない。
案内人が必要であるのはもっともなことであり、組織に新たに参入する以上、今後の生活についても訊いておかなくてはならないだろう。下っ端などではなく、幹部である青年自ら案内を申し出るのは、それだけ彼がギャモンを重要視している証であると思えば、悪いものではなかった。

「……大事な話は、お風呂でするものですから」
「あ?」
「いえ、こちらの話です」

どうぞ、と恭しく扉を開いて、青年はシャワールームへの先導を始めた。今ひとつ、捉えきれないところがあると思いながら、ギャモンはその背中に続いた。
交わす会話もなく、少年は何とはなしに、前を行く黒衣の背中を眺めた。年若き挑戦者をサーキットへ案内したときと変わらず、青年の足取りは優雅であったが、翻る漆黒のコートの裾はところどころ擦り切れ、煤けている。
そのような姿でも、敗北者の惨めさを微塵も感じさせないのは、この青年の毅然たる態度と、どこか底知れぬ余裕に満ちた表情のゆえであろう。そこには、己の芯を揺るぎなく支えるものを備えた人間に特有の重みがある。たとえ、己のフィールドでパズルに敗北しようとも、それが折れることはないらしい。
それがいったい何であるのかまでは、ギャモンの知ったことではない。ただ、そのためにこそ、この青年が自ら、命懸けの勝負に挑んだことは確かであった。

POGジャパンという組織は、頭脳集団と銘打ってはいるが、パズル以外の福利厚生施設も、だいぶ充実しているように見受けられた。地下空間をまるまる使ったジムには、目的ごとに特化した大型のマシンがいくつも設置され、本格的なトレーニングに勤しめる環境が整っている。
今の時間帯は利用者がいないらしいその施設を、通路の窓ガラス越しに眺めて、ギャモンは鼻を鳴らした。

「……は。豪勢なこった」
「パズルに必要なものは、体力ですから」

平然としたビショップの応答は、どうやら冗談を言っているものではないらしい。確かに、ギャモンも新作パズルのアイデアに詰まったとき、外をひと走りしてくると、脳がすっきりと整理される感覚を味わうことがある。そう思うと、無駄なように思えるこの施設も、パズルに心身を捧げたギヴァー達にとっては必要不可欠なのかも知れない。結論づけて、ギャモンは黒衣の青年に続いた。
シャワールームに続く更衣室は、よく清掃が行き届いて、隅々まで塵ひとつなく磨き上げられていた。余裕をもって並べられたロッカーは、およそ五十はあるだろうか。
「どうぞ、お好きなところへ」とビショップは少年に促し、自分は迷いなく、ひとつのロッカーに歩み寄った。そこが彼の専用ロッカーであるらしい。隣り合うのは憚られたので、ギャモンは背中合わせの位置になるようにロッカーを選択した。
斜め後ろで淡々と衣装を落とす青年を、ギャモンはさりげなく横目で窺った。純粋に、相手の怪我が気になってのことであって、他意はない。
少年の視線に気付いているのかいないのか、ビショップは無駄のない所作でインナーを脱ぎ、肌をあらわにした。予想と違って、その背中に、ひどい打撲跡や鬱血の類は見当たらない。一目で確認して、しかし、ギャモンは暫しそのまま、青年の背中に視線を置いた。胸の内で、小さく感心を覚える。
漆黒の衣装の下には、禁欲的に引き締まった身体が隠されていた。見栄え重視の表層的な鍛え方とは、筋肉の付き方が違う。なるほど、パズルに必要なものは体力であるとの信念は、冗談ではなかったらしい。
そうでなければ、スタントマンじみた身のこなしで走行中のバイクから飛び降り、無事で済ませられる筈もない。これまでの印象から、いけすかない軟弱な優男のイメージを抱いていたが、先の好戦的なパズルバトルといい、それは修正の必要がありそうである。
と、そこで、大きな傷こそ見て取れないが、いくつかの赤い筋が、ごく細く、その背中を走っていることにギャモンは気付いた。両方の肩甲骨から脇腹の方へと走る、それは引っ掻き傷のように見えた。
虫に食われた皮膚を、後先考えずに爪を立てて引っ掻いた後、こんな風に、細いかさぶたが出来ることがある。しかし、何故そんなところを、と少年は疑問に思ったが、一つ、そういうことになりそうな原因に思い至る。

「……っ」

ギャモンは思わず、顔を赤くした。まじまじと見つめてしまっていたものから、反射的に視線を逸らす。何故、一目で気付かなかっただろうか──間抜けな自分が腹立たしい。あれは、情事の痕跡だ。裸で背中に爪を立てられるような状況は、他に思いつかない。
まだ真新しいようだが、もしかすると、昨晩辺りのものなのだろうか。ギャモンがPOGからの勧誘を受け、今後の進退について、どうしたものかと思い悩んでいた頃だ。そんなときに、そっちは愉しんでやがったのかよ、とギャモンは半ば八つ当たり気味の苛立ちを覚えた。
実際、この美青年であれば、相手に事欠くことはあるまい。逞しい背中に縋りつく、白く艶めかしい手を幻視して、ギャモンは忌々しく頭を振った。
いきなり生々しいものを見せられて、つい動揺してしまっただけだ、落ち着けと己に言い聞かせる。やましい想像を振り払うべく、少年はあえて、ビショップの背中を睨めつけた。
細身ながら、しなやかな筋肉に覆われた長身は、野生の獣の無駄のない美しい肢体を彷彿とさせ、見ていてそう悪いものではない。腕を動かす度に、皮膚の下を走る筋の精密な伸縮の様子が観察出来る。
なるほどな、とギャモンは、これまでに見てきたビショップの振る舞いに納得がいった気がした。ゆったりと落ち着き払った優雅な振る舞いは、イコール楽な所作、というわけではない。舞踏家の例を引くまでもなく、指先まで神経の行き届いた繊細な所作を可能とするのは、全身をコントロールする強靭な筋力である。
鍛え上げられた背筋を眺めて、ギャモンは軽く感想を呟いた。

「イイ身体じゃねぇか。顔に似合わず」
「あなたこそ」

他人から賛辞を述べられるのには慣れているのだろう、ビショップは当然のことのごとく、ギャモンの台詞を受け流した。代わりに、一旦手を休めて、背後の少年に向き直る。
物静かな瞳に、身体を上から下までじっと見つめられて、ギャモンは妙な居心地の悪さを感じた。自分も見ていたくせに、何を言うのかとあきれられるかも知れないが、ビショップの視線は、ギャモンの興味本位のそれとは、少々意味合いが違って感じられた。

「……なんだよ」
「べつに。お気になさらず」

さらりと返されてしまうと、それ以上絡むというのは、いかにも子どもっぽい。仕方なく、ギャモンは脱衣を再開したが、向けられる視線はそのままである。
そう、まじまじと見つめられようとは思っていなかっただけに、下を脱ぐ動作も、どこかぎこちなくなってしまう。否応なしに、向けられる視線を意識させられて、躊躇いを覚えずにはいられない。
確かに、同級生より頭ひとつ分跳び抜けた長身と相まって、ライダースーツがさまになる筋肉質の身体は、少年にとって、その頭脳と同じく、大いなる誇りである。称賛され、憧憬の眼差しを向けられるのは、悪い気はしない。
しかし、ビショップの視線に込められた意図は、それとは明らかに異質のものであった。品定め、と表現するのが、最も近しいだろうか。
そんな風に、一方的に評定されるのはごめんだ、とギャモンは己を奮い立たせた。勝者は自分の方なのだから、敗者の視線に何らかの意味を感じて委縮するなど、道理に合わない。
意識したら負けだというプライドだけで、躊躇いを捨て、最後の一枚を脱ぐ。見たければ見ろという、半ば自暴自棄の感覚だった。何も感じていないかの振りを装って、私物をロッカーに押し込む。背後の青年はと見れば、相変わらず無言で、堂々と少年の裸身を鑑賞していた。
こんなときでも、青年は優雅な物腰を崩さず、視線はギャモンの全身を丁寧に辿った。輪郭をなぞり、肌の下までも這入り込むかのように、緩急をつけて、繰り返し往復する。
普通に考えれば、極めて無遠慮な行為の筈なのに、それを行なうのが彼であるというだけで、何か格調高く、上品なものに錯覚してしまいかねないのだから、恐ろしいものである。
確かめるように小さく頷くのも、まるで、合格だとでも言わんばかりだ。いったい、何を吟味され、いかなるテストに合格したのかは、もちろんギャモンには知るよしもないし、知りたくもなかった。

「……じゃ、ひと浴びさせて貰うぜ」

気付かぬ間に獲物を絡め取るような、青年の視線を断ち切るべく、ギャモンはシャワーブースへと足を向けた。数歩遅れて、控えめな足取りの続く気配を、背中に感じた。




[ 中略 ]




「かの高名なる地堂先生を、我らがPOGにお招き出来て、光栄だよ。いろいろと、ご教授願いたいね」
「……は。いろいろと、な」

心にもない台詞を言ってみせる白い少年を揶揄して、ギャモンは挑発的に唇を歪めた。

「世間話はこの辺りにしようぜ。ここへ来るまで、俺は随分と焦らされたんだからな」
「これは、失礼した。それでは──勝者に、財を」

白い指先が、茶菓子を盛った皿へと伸びる。そっと、摘み上げたのは、しかし、可愛らしいマカロンではない。
盛りつけられた菓子の下に、何かが隠れている。それは、繊細な装飾の施された、乳白色の小瓶だった。磨りガラスの正面に、オウムガイの意匠が刻まれている。中は液体で満たされているようだった。
唇を寄せて、ルークはその中身を呷った。それから、ギャモンの方へと向き直る。
触れるばかりに身を寄せられて、ギャモンは尻ごみしかけるのを、辛うじて踏みとどまった。己を叱咤して、奮い立たせる。至近距離で覗き込んでくる淡青色の瞳に、そうでもしなければ、呑まれてしまいそうだった。
捉えられた視線を、逸らすことすら、許されない。冷ややかな指先が、確かめるように輪郭を辿っていくのを感じた。
上げさせた顔に、ルークは躊躇いなく、唇を寄せた。濃厚な口づけだった。しかし、そこには、あるべき熱も焦燥も感じられなかった。
柔らかく口を塞いだまま、ルークはなかなか離れない。試しに、小さく口を開けてみると、それを待っていたかのように、口腔に侵入してくるものがある。生温い液体は、唾液だけではあるまい。顔を顰めつつ、ギャモンはそれを呑み下した。甘ったるいものが、どろりと喉を通過していくのが分かった。
ごくりと喉が鳴るのを確認してから、ルークは顔を離した。ゆっくりと、ギャモンの赤毛を撫でる。

「……恐れることはない」
「はっ。誰が、」

鼻で笑って、ギャモンは目の前の白い顔に指を掛けた。

「後戻りは、出来ねぇんだろ」

今度は、こちらから強引に口づける。髪からは、やはり、花と石鹸の匂いがした。準備は出来ていたということらしい。
お互いに腕を回して、ぎこちなく、身体を擦り寄せた。頭一つ分低い、細い身体。ああ、そうか。カイトと同じなのだ、とギャモンはぼんやり感じた。
ギャモンの背中の大きさを確かめるように、ルークはゆっくりと手のひらを這わせた。それが、次第に伝い下り、筋肉の流れに沿って、脇腹から腰をなぞる。
腰をまさぐる手が、ベルトに固定しておいた短剣の柄を捉える。

「これは、要らないよね」

無造作に、ルークはそれを床に落とした。あ、と口に出しかけた声を呑み込んで、ギャモンは絨毯の上に転がる短剣を見遣った。かたちばかりとはいえ、身を守る道具を奪われるのは、どこか心細い。ギャモンの胸の内を見透かしたように、ルークは唇を歪める。

「どうせ、役には立たないよ……君には必要ないじゃないか」

なめらかに下腹部を伝い下りた白い手は、ギャモン自身の刀身を探り当てている。

「──君は、なまくらじゃないんだろう?」

その思わせぶりな言葉から、ギャモンは敏感に、事の次第を読み取っていた。短剣を受け取ったとき、重ねて、自分が何を託されたのかを理解する。
あの青年がこちらの身体を見つめるときの、物憂げな表情にも、納得がいった。シャワールームで、彼はいったい、いかなる思いで、ギャモンのおよそ欠けたるところのない肉体を眺めたのだろうか。腰の短剣に、触れたのだろうか。
やめろよ、とギャモンは股間に触れる手を振り払った。その反応が可笑しかったのか、ルークはふっと微笑を浮かべる。

「初めてかい? ……いいよ、教えてあげる。大丈夫、すぐに覚えるよ」

手を引いて、ルークはギャモンを寝台へと誘った。これからすることを思えば、不釣り合いに子どもっぽい仕草だった。促されるままに、ギャモンは寝台に腰を下ろした。その膝に、ルークは行儀悪く乗り上げてくる。
早速、ライダースーツを脱がせようと指を掛けてくるのを、ギャモンは邪険に振り払った。サービスのつもりなのかも知れないが、そうして、向こうのペースで事が進むのはごめんだった。だいたい、一分の隙なく純白の衣装を着込んだ相手の前で服を脱がされるなど、屈辱以外の何物でもない。

「……お前が脱げよ」

吐き捨てるようにして、ギャモンは呟いた。おや、とルークは小首を傾げてみせる。

「脱がせてくれないのかい」
「面倒くさいのはごめんだ」
「情緒がないね。それが楽しいんじゃないか」

やれやれと首を振りながらも、ルークは客人の要望に応えることにしたらしい。細い指先が器用に動いて、首の革ベルトを外す。恥じらう様子もなしに、ルークは純白の上衣を開いた。
中には、何も着ていない。前をはだけて、白い胸から腹、ほっそりと引き締まった腰があらわとなる。そのだらしのない格好で、ルークは座するギャモンへと身を寄せた。膝の上に跨る格好で、もたれかかる。

「……脱がせて」

耳朶を含むばかりに唇を寄せて、ルークは熱っぽく囁いた。甘く、ねだるような声音は、ギャモンの意思に関わらず、心臓を大きく高鳴らせた。
柔らかな髪が、首と頬をくすぐる感覚も、ことさら明瞭に感じられる。あの妙な飲み薬のせいか、と少年は唇を噛んだ。

「早く、……」

促されるままに、ギャモンはそろそろと両手を上げ、はだけた純白の衣装の襟元を掴んだ。何が可笑しいのか、ルークはふっと笑みをもらす。迷いを棄てて、ギャモンは無造作に、白の衣装を肩から落とさせた。
布擦れの音とともに、崇高なる指導者の上衣は、床へと滑り落ちた。

「……っ」
「……今度は、驚いてくれたかい」

隠すものなく晒された上半身を前に、ギャモンは小さく息を呑んだ。疵一つないその白さ、しなやかに引き締まった身体つきに感嘆したというだけが理由ではない。相手の言葉が、どこか遠く聞こえるほどに、少年は、ある一点に目を奪われていた。
余計な肉の付いていない、白く引き締まった、ルークの腕。その、右の上腕に──黄金の輝きが、嵌っていた。

「オ──オルペウスの腕輪──」

ごくり、と喉を鳴らして、ギャモンはその名を呟いた。見覚えのある、その形状は間違いなく、選ばれし契約者の証であった。

「そうだよ。カイトと、お揃いのね」

見る者の内に畏怖の念をかき立て、ともすれば禍々しくすらある黄金の腕輪を、ルークは誇るようにして見せつけた。色素の薄い、乳白の肌は、腕輪の輝きを柔らかく照り返す。白い身体そのものが、淡く光の粒子を纏っているように見えた。
ギャモンは、暫しその輝きに魅入られたように沈黙していたが、ふと、我に返って首を振った。

「いいや──いいや。驚いちゃいねぇぜ」

ギャモンの言葉に、へぇ、とルークは挑発的に首を傾げてみせた。くだらない虚勢だとでも、思われているのだろう。確かに、強がりといってしまえばそれだけであるが、半分ほどは、ギャモンがどこかで予想していたことであった。

「あの中ボス野郎は言ってたぜ。腕輪は素晴らしい、腕輪があればこそ、って、しつこく、何度も何度もな。それだけ腕輪を『信仰』してるってのに、あいつが忠誠を尽くすのは、契約者であるカイトじゃなくて、お前だ。どういうことかってな──つまり、お前、イコール、腕輪付きってこった」

とはいえ、実際に目にするまで、確信があったわけではなかった。ギャモン自身、そうであるように、腕輪などなくとも、おそろしく頭の切れる者はいる。稀有な頭脳の持ち主というだけで、腕輪の所有者と看破するには、あまりに確証が足りなかった──今の今までは。

「ふぅん。さすがは、ガリレオ君」

ちっとも心のこもっていない賛辞を述べると、ルークは愛おしげに、右腕の腕輪を撫でた。

「秘密だよ。今はまだ、ね。……知っているのは、ビショップだけさ」
「……はっ。あいつに、風呂や着替えの世話でもさせてんのか」
「そうだよ。それに、風呂だけじゃない」

思わせぶりな台詞を吐いて、ルークはくすくすと笑った。言われるまでもなく、ギャモンは腕輪の件を口外するつもりはなかった。そんなことをすれば、何故お前はそれを知っているのかと、余計な詮索を招くだけだからだ。あくまでも、知らぬ振りを通すのが一番である。

「だから、ね。腕輪の契約者である僕に選ばれた君は、特別な存在なんだよ。……一緒に、行こう」

ギャモンの逞しい胸にもたれかかり、うっとりと撫でさすりながら、ルークは囁いた。言っていることは、先程の光の階段での誘い文句と変わらないが、意味合いは明らかに異なって聞こえた。

「……その前によ、」

もたれかかってくる身体を押し返して、ギャモンは一旦、距離を取った。床にわだかまる純白の上衣を拾い上げて、ルークの肩に掛ける。ひとまず、視界から黄金の輝きが隠れて、ギャモンはほっと息を吐いた。あんなものを見せつけられながら、事に及ぶというのは、どうにもやりにくいように思われたからだ。
掛けられた衣装を、ルークは不思議そうに見つめていたが、再び脱ぎ落そうとはしなかった。客人の意向を尊重しようというのだろう。中途半端に衣装を纏わりつかせた格好で、ルークはギャモンに応じた。

「まずは、僕からね」

ごく自然な態度で、ギャモンの脚を押し開き、その間にしゃがみ込む。ルークのしようとしていることを悟り、狼狽したのはギャモンである。

「おい、」
「特別だよ」

囁いて、ルークは躊躇いなく、ファスナーに唇を寄せた。今まさに目の前で、取り返しのつかないことが起こっているのを、ギャモンはただ、見ていることしか出来なかった。
そのシチュエーションは、健全な青少年として密かに嗜む類の、いかがわしい動画を彷彿とさせた。ああいうのは見世物だから、過剰なことをしているものだとギャモンはわきまえていたが、案外、そうでもないのだろうか。まさか訊くわけにもいかず、彼はそういうものだとして、無理やり納得することにした。
考えてみれば、これだって、見世物のようなものだ。自然に惹かれあった結果などではなく、ただ通過するための儀式であるに過ぎない。ならば、芝居がかっているのも道理であろう。こんなところで、自然さを求める方が、無茶というものだ。

「う、……」

生温い感触が尖端を包んで、ギャモンは思わず、低い呻きをもらしていた。奥歯を噛み締めるが、次第に荒くなる息遣いまでは、隠し通せない。

「……感じてるね」
「っ……」

余計なことを言うなと、睨めつけてやっても、ルークは堪えた様子もなく、くすくすと笑っている。濡れた唇から舌を覗かせ、わざと淫猥な音を立てて、ギャモン自身を煽り立てる。
白く、人形のように整った面立ちと、可憐な唇で施す行為とのあまりの落差に、ギャモンは下腹部が大きく脈打つのを感じた。じわり、と汗が滲む。

「ね、……気に入ってくれたかな」
「……うるせぇよ、」

そのまま、続けようとするのを、ギャモンは柔らかな白金の髪を握って止めさせた。大人しく、ルークは口腔からギャモンを解放する。心の中で、ギャモンは安堵の息をもらした。忌々しく吐き捨てる。

「平気でこんなこと、しやがってよ……天性の淫売(プッターナ)だぜ」

品のない挑発に、ルークは乗らなかった。これで怒り出しでもすれば、ギャモンにとっては、まだ気が楽になっただろうが、それさえも見通すように、ルークは濡れた唇に微笑を刻んだ。乱れた髪の合間に輝く、緋色の瞳が、可笑しそうに細められる。

「そう、言われるのは二回目だ……でも、これでお金を貰ったことはないよ」

余裕たっぷりに囁かれて、ギャモンはむしろ、自分の方が動揺させられていることに気付いた。くそ、と悪態を吐く。次の瞬間、ギャモンの片手はルークの腕を掴み、力任せに引き寄せていた。

「あ、っ……」

小さく声が上がるのにも構わず、もつれあって寝台に倒れ込む。柔らかなマットレスが、二人分の体重を優しく受け止めた。衝撃に呻く相手が目を開けるより前に、ギャモンは素早く、白い肢体に乗り上げた。
このまま、翻弄された挙句に降参するなどというのは、ごめんだった。衝動のままに、ギャモンは目の前の細い首筋に噛みついた。びくり、と自分の下で身体が跳ねる感覚があって、少しだけ気分が晴れた。
勝手が分からないながらに、無我夢中で、ギャモンはルークのしなやかな身体に喰らいついた。柔らかそうなところに噛みつき、きつく吸い上げる。脱がせてやるなんて面倒だと思っていた筈なのに、両手は荒々しく、ルークの下衣を掴んで引き摺り下ろしていた。



[ To be continued... ]




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冬コミ新刊『Giver Lovers』より、第2話目『Lost Innocent』(ビショギャルク)プレビュー(→offline
2012.12.25

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