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Species-フラグメンツ- / Sugito Tatsuki






語られぬ話、
封じられた記憶、
記録されなかった言葉、
表層に浮かんでは深遠へ融ける、
その螺旋に刻み込まれた歴史だけが証で、
拾い集めた断片(フラグメンツ)が形成して
枝葉を伸ばすフラクタルの、
これはささやかな末端だ。



fragment-01



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さあ首を絞めろ、首を、首を! 
何も考えないように! 
何も感じないように! 
不安、恐怖、絶望、そんなもの全てを押し流し、
行き場をなくして頭蓋に渦巻く血液の熱に抱かれ、意識が灰と化すように! 


---+



ブルーの欲動は、大きく破滅(タナトス)へと傾いている。
その奥底に抱く欲求は、あの日からもうずっと、それ(..)に囚われたままだ。


彼の切望は決して叶わない。
ソルジャー・ブルー(.........)は、死を許可されない。

彼は、彼に従う人々の、確かな道標でなくてはならない。
生の希望を与える存在でなくてはならない。
だから、その心が破滅へと惹かれていることなど、許されるはずもない。

彼は己を嫌悪し、劣等感に苛まれる。
孤独のうちに、救われることない苦悩に囚われる。

生きていくために、禁忌としての破滅に憧れるのか、それとも、
未だ知り得ぬ最期の瞬間の感覚を得たくて、それだけのために命をつないでいるのか、
もう分からない。


正常の範囲でない。
――異常だ。

ブルーを絶対視する者達の塞がれた目には決して、見えることはない。
彼が、どれほど危うい均衡の上にあって、その精神はどれだけ不安定で――歪んでいるか。

突出した能力の代償である、ブルーの抱える欠落は、色素欠乏や体質の虚弱、感覚の欠損といった身体面にあるのではない。 それらは分かりやすい、ほんの一部の表出に過ぎない。
本質は、彼の精神にある。
埋め合わせようもない欠落と、満たされることない渇望に苛まれ、 矛盾と、絶望と、罪責と、混沌とした熱にさらされて、ブルーは歪んでしまった。
自身を繋ぎとめていられないまでに。


--+-



僕は、自分がひどく醜悪なことを知っている。

誰でも良かったのだ。
それを、過ぎた罪を作り上げて、拒む術のない彼に強制した。
罪など無かったのに。

それは、彼の限りなく優しい心につけ入って、汚してしまうばかりだった。

彼を救い難い自責の苦悩に陥れて煩悶させて、その度に、
自分はなんてひどい者だろうと、痛みが胸を走る。
一方で、それを、その痛みさえも、欲してしまう自分がいる。

自罰、とは違う。
そうであったならどれだけ良かっただろう。

情動の生む身体反応が、失いつつある己の存在の実感を与える。

已まぬ苦痛が欲しい。
際限の無い苦悩が欲しい。

死にたくなるくらいに、生の感覚を、取り戻したい。


--++



──結局、自分は彼を感じさせる(.....)ことが出来なかった。
ハーレイは思った。
あれ程に切実に求めていた、ブルーの望みを、欠片も叶えてやれなかった。

何度繰り返したか知れない。ブルーの求めはいつも突然だった。
悪夢に魘されたから慰めて欲しいとねだる子どもと同じように、不可抗力でもって彼は渇望に陥り、呑まれぬよう何とか 代用品(...)で鎮めようとする。 それは一時の気を紛らわせるだけの効果しかなくて、次第に足りなくなって、過剰になる一方なのだと、知っていながら。

ハーレイはブルーに触れる時にはいつも、彼がこんな行為を真に望んでいるのではないことが読み取れてしまう。 彼は自分に、殆ど期待をかけていない。それが痛いほどに分かってしまう。
虚脱感を隠しもせずに寝台に身を投げ出した、ブルーが中空を見つめて思っているのは、毎回決まって、 しなければ良かった(.........)という後悔と失望だ。


ハーレイは、ブルーからこぼれた思いを拾い上げて、密かに探った。
とめどない切望、際限ない懇願、それから、

『あの時のように、 あの時ほどの、絶望を』

と求める声。

けれどハーレイには、それが何なのか分からない。



ブルーのことは、何ひとつ、分からない。


-+--



この自分は本当に自分かどうか、きっと考えてみたことがあるだろう。
いつもそうだった。
この思考は、他の誰かのものかも知れない。
この感覚も、他の誰かのものかも知れない。
いつだって外側から俯瞰する眼を感じる。
だったら、自分は身体に立脚していないのか。
感覚は各器官から生じているのではないのか。
情動はどこで感じているのか。
意思はどこにあるのか。
最後にいきつく根底は脳なのではないのか。

精神が、身体の外にある気がする。
この身に繋ぎとめられずに、自由なのだ。
自分は、自己は、自我は、それでは、どこにあるのだろう。

この醜悪な肉は、自分と同一だろうか。
それとも自分が支配している人形だろうか。
それともこれこそが、自分を宿す主なのだろうか。

連動する、血肉と精神は、どちらがマスターだろう? 
二つが離れてしまったら、どうなるのだろう。
そうしたら分かるのだろうか。
一体、自分はどこに存在するのか。
しかしどうして、かたちのない精神の有無が測れるだろう? 
だから、そんなもの、はじめから無かったのかも知れない。

僕の心はもう、僕のものではない。
誰かのものであり、皆のものであり、誰のものでもない。
僕は流し込まれ、望まれるままに、はるか昔に造りあげられた。
そこに意志はない。何もありはしない。

僕を僕たらしめるものは、何なのだ。

だから、感じたい。
確かに知りたいのだ。
感覚を与えて、痛みを教えて欲しい。

叫びをあげる、ひきちぎれそうな、痛みを幾度も幾度も、そうして次第に、失っていく。

触れるなら、圧倒的な痛みをもってするのが良い。
衰えた両目が捉える映像では確かに接触している筈なのに、同時に生起すべき感覚のどこにも存在しないことを 避けようなく突きつけられるのは耐え難い。
触れるときはいつも、確かな証を得たい。
こうしてある己を捉えたい。
――繋ぎとめるために。



だから、
触れるな(....)
そうして触れるな(........)! 

頭を抱いて緩く腕を回すな、 指の腹で撫でるな、 繰り返し舌を飽きず這わせるな!  違う、こんなものなら何もない方がまだましだ、 欲するのはこんなものではない、 まるで拷問だ! 
そんな風に、触れるか触れないかの微かな刺激を与えられるのは耐え難い。 得られるのは時折の僅かな感覚だけで、掴む間も許さずに、儚く消え失せるだけだ。 いくら求めても与えられずに、そして焦らされた挙句、決して達することはなく、 満たされぬ渇望は募り、自分で自分の首に手をかける。

腕を掴んで引き摺り倒せ!  関節を軋むまで押さえつけろ!  爪を立て肉へ食い込ませろ! 
噛みついて皮膚を裂け!  体液を、食い破り溢れる体液を啜れ! 
肉の中の肉、骨の中の骨、液の中の液、 一片も残さず、一滴も零さず、この身を食え! 
神経に活動電位を与え、感覚を呼び起こせ、
受容の限界までの痛みを、
鈍く尾を引く一瞬の鋭い痛み、
絶え間ない、
痛みを、
早く、もっと! 
与えてくれ、確かに知るように、
これが自分だ、
自分がまだ、在るのだと! 



重力に従って自由落下していくときの、少しずつ身体がばらばらに解けて奪い去られて、
激しく全身を弄って通過する風に表層は融け、
地に叩きつけられて砕け散る、
寸前に留まり、
圧倒的な生の喪失を疑似体験する。

または頚椎から脊髄に針を挿し入れて、神経束を直接に掻き回され、
強制的に生起させられた神経衝撃(インパルス)が線維を焼き切らんばかりに駆け抜ける、
境界を踏み越えてしまいそうなまでの継続する烈しい興奮の伝導、
脳裏にちらつく死の影への怯えさえも、
まさに今この時の生の証として、感じ得たいと求め続ける。

そうして死に肉迫するほど、強烈な快楽が沸き起こることを知っている。



そのとき、世界は融解する。



譬えるならば、あの日知った、破滅の炎、星を灼く業火、あれを――この身に受けたい。

罪人のように、熱にまかれ、身を焦がし、のたうち、焼き尽くされたい。
囚われて、逃れられず、抗ってもねじ伏せられ、拒みもがいても無意味なまでに、 圧倒的な力で、征服を受けたい。
骨まで恍惚にうち震え、末端から解けて、全てを包み隠す間もなく暴いて、 さらされ、最小単位まで分解して、拡散して、還元されたい。

破滅を知って、結末へとひた走る、加速を続け、そして最後に知る感覚、

どれほどに与えてくれるだろう。

どれだけ、感じられるのだろう。

知らず焦がれ、身を切る痛みのほどに追い求めてしまう。
心が向かうのを抑えられない。

あれを向けられて、
あれを撃ち込まれて、
あれに貫かれたい。

歓喜の涙を流し、そして滅びたい。

知ることを恐れ、
死ぬことを恐れ、
それを恐れ、
思うだけで戦慄が走るほどに、
恐怖するだけ心が囚われ、
焦がれ、
惹かれ、
求めてしまう。



ああ、僕はどんどん、おかしくなっていくようだ。


-+-+



ブルーは全てを記憶している。
ハーレイは改めて、それが途方もなく恐ろしいことと感じた。 過去を封じて逃げる術をとった自分などより、彼の記憶はずっと、 比べようもなく、苦痛に満ちている筈だ。 それを一つも手放さずにいる。 彼の精神は、引き裂かれてしまいはしないのか。

その疑問に対する答は、やがて明らかな形で、 ハーレイに直視し難い実情を突きつけた。

気付いた時、ブルーは既に、ひとりでは精神の安定を保つことが 出来なくなっていた。 その状態が進行すれば、彼の導く人々にとって、十分なまでに由々しき事態となり得た。牧人を失った羊たちは、散り散りに迷い歩き、やがて哀れにも崖より足を踏み出すだろう。

ソルジャー・ブルー(.........)は何としてでも、保持される必要があった。

そうして彼を支えるために用いられた手立ては、ことごとく、 彼の自ら立つ力を奪った。 全てはその場しのぎに過ぎず、継続されたそれは逆に、ブルーを打ちのめす兇刃となった。 真実の意味で、誰もブルーに為す術を持たなかった。

だんだんとひどくなっていく、彼を誰も救えない。

誰も、彼には触れられない(............)


これが、本当の罰なのだとハーレイは知った。
これは、己の無力が為した罪の、贖いなのだ。

少しずつ、少しずつ、彼を失っていくのを、 どうあがいても止められず、 手を伸ばすことすら出来ずに、 目の前で、ブルーはその内から蝕まれ、陵辱される。

この地獄を知っているのは、ブルー自身の他は、ハーレイだけなのだ。


-++-



僕に傷はない。
悲しみもない。
痛みもない。
そんなもの、(ソルジャー)には――持ち得ない。


-+++

















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