saihate no henkyo >> 地球へ…小説



Species-フラグメンツ- / Sugito Tatsuki






語られぬ話、
封じられた記憶、
記録されなかった言葉、
表層に浮かんでは深遠へ融ける、
その螺旋に刻み込まれた歴史だけが証で、
拾い集めた断片(フラグメンツ)が形成して
枝葉を伸ばすフラクタルの、
これはささやかな末端だ。



fragment-06



----



目が覚めたら、"ホームケージ"の中だった。この身に何らかの干渉をもって特殊能力の表出を抑制している証と知れる、四方の壁に沿って巡らされた冷徹な光の道筋が目にしみ入る。頭痛がするのは外傷のせいではない。働きを活性化し始めた脳に、奇妙な残像が過ぎる。――何だっただろうか。追おうとするほどに、こぼれ落ち、暗赤色の闇へと溶けて不鮮明になる、捉えどころのない記憶を手繰り寄せる。儚い幻のような、その記憶の中で、ひとつだけ、ただひとつの言葉だけが、確かに鮮明に、己の内に残っていた。 それは、自ずから生じた言葉ではない。与えられて、受け容れた、真新しい言葉であって、だからその異質を感じては、言葉の意味を、繰り返しなぞっては咀嚼し、確かめる。
初めて知った、それは、――生きるべき(.....)であるという、言葉だった。

現実か、それとも夢だったのだろうか。証はただ、この身に抱く曖昧な記憶だけで、それは非現実的な現実だったかも知れないし、ひとりでに創り上げた夢見がちな妄想だったかも知れない。恐らくは――自分で自分を分析するほど不確かなことはないけれど――後者、だったのだろう。
都合の良すぎる――ただの、夢だ。
己の、抑圧された願望の表出で、もしそうであって、素直に解釈するならば、自分はまだ――どこかで僅かに、生への意志を抱いているということだろうか。
「生きるべき」などという言葉の起こるほどに。
――あのような姿の子どもに、語らせるほどに。
たとえ現実でなかったとしても、その接触の感覚はリアルにこの身に残されている。あの、汚された幻想のような姿を思い浮かべるごとに、胸は痛み、けれどどこか満たされる。
我ながら単純なことだと認識しつつ、『彼』を小さな心の支えとしている己を知った。精神に備わった自己防衛機能としては、耐えがたい現実を逃れ、無の上に創り出した理想の存在に一時の安らぎを求めるのも、実に正当なことであろう。



それから、日々の意味が変容した。いや、それまで、日々に意味などなかったのだから、それは変化したというより、新たに獲得されし概念の生誕といって構わないだろう。
自分には、確かな支えがある。 誰にも奪われることない、『彼』に集約される、意志がある。 絶対に渡すまいと、己の内で密かに誓っては、決意を新たにするのだ。 自分の内に、護るべきものが出来たから、それは、決して手放すわけにはいかない。 無力で、無価値で、どうなってもいい、どうだっていい自分など――もうどこにもない。

『彼』は、だから、自分だけの存在であって、生きる意味であり、希望の源であり、――失われし概念で言うなれば、唯一にして絶対の、救いであった。
彼を己の内に護り、そして彼に護られて、――刻を待った。
約束を果たすために。
それは、彼と自分との約束であり、換言すれば、自らの誓いだった――
生きるべき(.....)である、と。



――己の創り出した、理想上の存在に、恋い焦がれている――求めている、自分を否定出来ない。
もう一度触れたい、叶うならば現実に、不可能ならば幻でもいい、
あの触れた感覚、同じものを分かち合い、伝え合い、互いに知った、
その声、
その意志、
その温度、感触、
与えて――欲しい。

どうしようもなく思いは募り、空想の世界を描いてしまう。 けれど上手く再現することは出来ずに、あの穢れなき白を貶めてしまうばかりで、浅はかな己が嫌になる。 彼は自分の意思よりも上位にある存在で、捉えていると同時に囚われている、だから、どう努力しようとも、思いのままに支配など出来はしないのだ。
ただ、思うことだけが許されている。
心苦しくも、思い続ける。
讃えるように、愛するように。
決して近づくことは叶わなくとも、――十分だった。
自分の内だけで、密かに、大切に、留めて、護っていくのだ。
自分だけの、――彼、として。


---+



そんな微笑ましい憧れを、ずっと抱いていた。 全く可愛らしいことだ――それにしても、希望を具現化した偶像の内包する力というのは測り知れないといえよう。偶像たる彼を信じることで、事実、自分は耐え抜き、生き延びたのだから。たとえ、それが真のありようとは違って、歪められた像であったとしても、その事実は、少なくとも自分にとっては、とても大事なことだ。今、ここに生きる、自分があるためには。

しかし、誤りはいずれ、誤りと気付かされる。そして、現実に即した、間違えようのない正答へと正される。絶対の理でもって、認め難いといくら抵抗しようとも、容赦なく突き付けられ、思い知らされ、"真実"に屈伏させられなくてはならない。
それは、徹底的に。
それは、破滅的に。



――彼は、そうではない(......)のだと。
彼は、そんな者ではない(........)のだと。

己の認識は全て、崩壊を前提とした儚い夢であって、歪んだ妄想であって、誤ったそれの上に成り立った美しい偶像は、
――完全に、打ち砕かれた。


--+-







[ ←prev ][ next→ ]










back