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Species-フラグメンツ- / Sugito Tatsuki






語られぬ話、
封じられた記憶、
記録されなかった言葉、
表層に浮かんでは深遠へ融ける、
その螺旋に刻み込まれた歴史だけが証で、
拾い集めた断片(フラグメンツ)が形成して
枝葉を伸ばすフラクタルの、
これはささやかな末端だ。



fragment-18



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したかったように、していい、とブルーは言った。

「僕はもう、命じない。強要しない。お前の自由だ。好きにしていいし、しなくてもいい」

ブルーの言葉に、ハーレイは、

――手を、のばした。
初めてかたちを知るように、ブルーの頬に触れた。
滑らかな肌をゆっくりとなぞる。頤から喉もとを辿れば、繊細な感覚を拒むようにブルーは身じろぎ、目を伏せて吐息をこぼす。か細い首筋を丁寧に探る指がある一点を過ぎると、びくりと身を竦め、長い睫を震わせて過敏な反応を表出する。わななく唇は、官能の予兆に、ブルーの内に抗い難い熱がこみ上げる過程を隠しきれない。

ブルーはハーレイの腕に触れると、躊躇いがちに掴んで、すがるようにした。
これまで何度もそうしたように、ハーレイにねだる手だ。
早く、押さえつけて組み伏せて、もっと烈しく、何も分からなくなるまで手酷く乱して欲しいと、訴える手だ。
首筋まで誘って、存分に絞めつけろと促す手だ。
幾度となく、その求めに従わざるを得なかった手だ。
ハーレイは、静かに、その期待と緊張で強張った指を外させた。そっと、しかし迷いない意思で、ブルーの手を押し戻して下ろさせる。初めて己の求めがゆっくりと拒まれる様子を、ブルーはぼんやりと見つめた。
その手が離れて、両者の接触が、途切れる。

――もう、やめにするのだ、とハーレイは思った。
お互いを傷つけ合うだけだ。
こんな接触は、もう、繰り返さない。

決意して、そしてハーレイは、両腕で、ブルーを抱き起こして、強く抱擁した。ブルーは矢張り茫洋として、されるがままに身を預けたが、暫しの静寂の後、ぎこちなくハーレイの背に腕を回した。


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ずっと、こうしたかった。
ブルーはずっと、こうして欲しいと求めていたではないか。
気付かぬ振りを装っていただけだ、お互いに。
その手をとることを、拒み続けた。
本当は、愛しく抱き締めたかったのに。
手をとってやりたかったのに。

ブルーにとって、首を絞めることも、抱擁することも、大した違いはなく、根底では同じ行為を受けていることになるのだ。 欲しがる理由はどちらも変わらない。 抱擁を求めることが出来ないから――それよりも、簡単に手に入る方を選んだだけだ。 愛しさゆえにその身を包み込まれるよりも、破滅的な衝動で細い首筋を締めつけられ、力任せにきつくその身を拘束される方を選んだのだ。

そうしたら、満ち足りたつもりになれる。

ブルーは、そういうやり方で、求めるしかなかった。
それ以外の方法を、彼は知らなかった。
許されなかったのだ。
愛撫も抱擁も、あってはならないと、ブルーは己にも、また己に思いを向ける他者にも規定していた。 『私の庇護に頼れ』と手を差し出す、彼は、同時に『私に触れるな』と禁止事項を置く。
誰も、彼には触れられない(............)

それは、前提であった。疑いようのない、前提だ。誰も疑問を持たなかった。そうした、彼の歪んだありようを、誰も正そうとしなかった。 彼は、そういうものだった。誰にとっても、そうであった。――それで良いと、思っていた。 認識は存在をかたちづくる。誰も皆、彼自身も含めて、ソルジャー・ブルーを規定していた。

ハーレイは追想する。
かつて、ブルーを、「生まれながらの指導者」と規定した。都合良く、彼を解釈し、理由づけて正当化し、罪の意識もなく彼に頼り、運命を委ね、我々の歩む道の責任を、彼ひとりに負わせた。
そのために生まれたのだから、
彼は我々のためにあるのだから、
構わない。
存分に利用していい。
初めから、彼をそういうものとしてみなしていた。 それが当たり前で、疑問も抱かず、そうして、あまりに愚かな過誤に、気付きもしなかった。ブルーは、そんな者ではなかったのに。彼が生まれたのは、我々のためなどではない。決して、そんなもののためではない。
ブルーは指導者として、また贖罪の仔羊として、結末を定められた生を果たすために、現れたのではない。 彼は、生まれながらの指導者などという、人々にとって都合良い、身勝手な命名によって表されるものではない。
指導者は、そうであるように定められて生まれるのではない。形づくられていくのだ――無力なる人々の純粋な願いと、必死の訴え、それと、圧倒的な渇望による、強要のもとに。

ソルジャー・ブルーは、集団の突出した頂点である。異質にして独自、唯一にして全能、絶対にして厳格、柔和にして至上、純潔にして純血。 その存在は他と一線を画す。 敬愛されつつ畏怖される、望ましい指導者は、現実味のない概念である。求められるのは、人々を従え、護り、導く力、人々の自由を保障する力。 だから、彼自身の自由は問題とされない。
彼の自由は考慮されない。
彼の自由は剥奪される。
彼の自由は搾取される。

人々のために、己を捧げた、彼は、それが当たり前とみなされた。

個としての意思も、感情も、情動も、認知も、行動も、全ては抑圧された。 彼は、それが他の人々の利になると確信出来る以外の行動を許されない。 人々は彼に指導者たることを望み、彼もそうであろうとした。 強く望まれたのは「指導者」だけで、誰もブルーを望まなかった。 ブルーは否定された。 ブルーは排斥された。

彼は役割に就くのではなく、役割になろうとしたのだ。代わりを選べるようなものではなく、彼自身こそがただ一人の指導者という地位と同一化しようとした。そのために失うものには、まるで拘らなかった。それは、手放してはいけない、大切なものであった筈なのに。

ブルーは指導者だが、同時に彼もまた、道標を必要として求める、迷い子なのだ。

それは不都合だった。その能力と容姿から、自然、集団内でも異質とみなされたブルーは、ただソルジャーとして在るがために、人々に与えられた、救いの道であることを望まれた。 人々を救うために、自らを贖うために、生まれた存在であると。
――本当は、それは逆の関係で、彼が異端たる能力を開花させ、初めて生まれた、その影響で人々もまた目覚めていったのだ。 ブルーはそれを知っている。自らが引き鉄であることを知っている。そのことに罪の意識さえ抱いている。だから、償わなければならないのだという意識に囚われる。

全て自分のせいだ。自分が悪い。だから、救わなくてはいけない。
何もかもの望ましくない事象は全て己に帰結させ、自分自身に還元する。 構造はとても単純化されている。実際は繋がりあって絡みあった、未だ計算だけでは表し得ない、複雑に構成した世界を、彼は走査して、相互に影響しあう事象の原因を探って辿り、自分に行き着いたところで打ち切る。だから、およそあらゆる事象は、やがては彼に行き着いてしまう。そうして彼は、全ての罪を負うことにしたのだ。人々の――贖いのために。



片腕でブルーの背を支えたまま、ハーレイは、一方の手でブルーのしなやかな腕を辿り、その手を捉えた。 僅かに躊躇い、強張るブルーの指先を、ハーレイの手のひらが包み込んで、優しく解きほぐす。 絡み合う指から、互いの熱が入り混じり、温もりが伝い感じられる。
その交感に、ゆっくり身を任せていく。 穏やかに交わっていく、愛しく優しい感覚に、ブルーは声を堪えた。それでも時折、抑えて吐く息に微かな振動の混じることは避けられない。 静謐な室内には、布ずれと小さな呼吸音だけが、起こっては深い水底へと沈んでいく。

ハーレイは、ブルーの繊細な指を緩く絡めて、何度も愛しく辿った。
この片手だけで、繋がっている。ほんの僅かな、儚い繋がりだ。それでも、いくら肌を重ねても持ち得なかった、安らぎを感じ得る。 勢い任せで、全てをないまぜにして圧倒する、苛烈な一時の情動によってするのではない。 何も考えることなく、感じることなく、通い合うことなく、満たされることない、そんな強迫的な行為の繰り返しではない。 ――もう、繰り返しではない。


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